社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

藤岡光夫「センサスデータによる産業=職業別労働移動の推計」『経済研究』(静岡大学)第5巻第4号,2001年

2016-10-09 21:52:18 | 7.統計による実証分析
藤岡光夫「センサスデータによる産業=職業別労働移動の推計」『経済研究』(静岡大学)第5巻第4号,2001年

バブル崩壊に前後して,日本の労働市場は劇的に変化した。それを一言で表現することは難しいが,特徴的だったのは労働移動(産業別,職業別,性別,年齢別,地域別)の顕在化とそれに伴う労働者の健康破壊である。統計によってこれらの状況を把握することが重要な課題であるが,制約が多く,実態に迫ることが難しい。そこで筆者は既存の政府統計などを利用して,労働と健康の問題を検討するために必要な,男女別,年齢別,産業・職業別の労働移動に関する推計を行うための基礎的統計の推計と整備に取り組んだ。具体的には,人口センサスデータを用いて,上記指標による詳細な労働移動の実態分析である。また,その推計結果としての大量の情報を要約し,観察,分析するためにSPA(Statistical Pattern Analysis)法を使い,資料整理を行った。本論稿はその成果の一部である。

 最初に「雇用動向調査」「労働力調査特別調査」「転職者総合実態調査」などを用いての,バブル期前後の労働市場の動向のサーヴェイ,樋口美雄,今野浩一郎,日経連レポートなどによる研究報告の紹介がある。それらでは,バブル崩壊後の経済の長期低迷のなかで,中高年齢層を中心とした雇用環境が著しく悪化していることの分析がなされているが,男女別,年齢別,産業・職業別の労働移動に関する統計分析がなく隔靴掻痒の感は否めない。
筆者は次いで,労働移動に関する主要な統計を,その調査内容,長所,短所にそくして言及している。取りあげられている統計は,「雇用動向調査」(労働省),「就業構造基本調査」(総務省),「労働力調査特別調査」(総務省),その他(「国勢調査」「求職状況実態調査報告」「労働経済動向調査」「雇用管理調査」)である。これらの統計を活用した労働移動統計の加工,利用の既存研究は多数ある。職業間労働移動の現況を詳しく捉えるには,ミクロデータの再集計が望ましいが,日本でのその利用には制約が大きい。

 筆者は以上のように労働移動を統計で分析した先行研究のサーヴェイの結果から,次の結論を導き出している。すなわち,労働移動統計に関して,ミクロデータの一般的利用はできない状況にある(当時)。また若干の移動統計があるにしても,それらは標本調査なので詳細なクロス集計を試みるとなると標本誤差が大きくなる。したがって,男女別,年齢別,産業・職業別の労働移動に関する統計の作成はきわめて難しい。そこで独自の推計方法を考えて,それに基づいてクロスデータを作成し,分析を試みることにした,と。
以下,筆者は独自の手法(コーホート分析)で日本国内の全ての就業者に関する男女・年齢別,産業・職業別にみた労働移動の実態を解明している。使用データは,「国勢調査」の「男女,年齢別,産業,職業別就業者数」(各年版)と「人口動態調査」の個票再集計による「男女,年齢別,産業・職業別死亡数」(法政大学日本統計研究所)である。対象期間は,オイルショック後の1975年からデータ利用が可能な1995年までである。

 コーホート分析による推計結果では,労働移動の入職や離職,転職そのものの情報がなく,産業,職業別でクロスされた当該分野への労働力の流入と流出の結果としての流入超過数あるいは流出超過数,つまり純労働移動に関するデータだけが得られた。転職など労働移動の方向に関する情報はない。このような条件のもとで純労働移動率を計算し,流入超過,流出超過の程度の比較方法も示されているが,移動に関するデータとしては難がある。また死亡数の推計,外国人の移動の影響によって誤差が生ずる可能性があり,データとしての正確性に制約があることは否めない。

 筆者は,それにもかかわらず,自らの推計が日本に居住する全ての就業者を対象とし,既存の労働移動統計では把握しえなかった層(山村漁村地域,自営業主層)の総合的な観察と分析になったと自負している。さらにセンサスデータの利用によって,男女・年齢別,産業・職業別の詳細なクロス集計が出来たので,標本誤差を回避することができ,引き続く分析に期待をこめている。

 筆者の推計では,SPA法が使われている点が特徴である。この論稿の目的はSPA法による分析方法の提起と分析結果の妥当性の確認にある,とまで言っている。厖大な表が本論稿には掲げられているが,<表3>ではこの方法で推計した男女,年齢5歳階級別,産業・職業別の就業者の流入,流出の結果としての,1975-80年,1980-85年,1985-90年,1990-95年の4期間の純移動数と純移動率を男性の50-54歳層に関して部分的に示され,<表4>は男女,年齢5歳階級別,産業・職業別の増減と流出入方向,純労働移動数および純移動率について,各年齢階級のクラスデータに変換し,パターンデータとして組み合わせたものである。

 以下,職業別の労働移動,専門技術職従事者,事務職従事者,販売従事者およびサービス従事者,生産作業職従事者の労働移動の特徴がまとめられている。

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