そのラジオ局にはとても期待していた。
だが、最初は(一部の番組を除き)面白さを感じなかった。
もちろんこの面白さは笑いだけを指しているわけではない。
であるので、2017年の朝晩の通勤の一部で社用車を使えるときは他の局を聴いていた。
だが、2018年の春頃に聴いてみた。
そうしたら、朝晩共にはまってしまった。
おまけにバラエティー番組だけでなく、その局の趣旨でもある昼間の番組も大好きである。
2019年今年の4月からはオールマイカー通勤。
家を出るとき、ラジオからカーナビのMP3やMP4等で外国語の勉強をしている。
これは3月までも駅に行くまではそうであった。
だが、この2か月は途中からそのラジオ局に切り替える。
ある曜日のある時間帯。
パーソナリティーのその方の声の微妙な変化から感動することがある。
私はその瞬間に幸せを感じる。
この2か月早く帰宅できている。
そこでけっこう様々な勉強ができている。
しかし、本日はまず吉本ばなな氏のある短編小説を読んだ。
途中登場人物の男性の描写にボロッと泣きそうになった・・・。
私は少女時代がけっこう好きなのだが、その中でも一押しの方がいる。
この5月になってからその一押しの方が主演の吉本ばなな氏原作の映画を見た。
映画の中で(韓国ドラマでその演技力の凄さを良く知っている)その方とある男性の演技に圧倒された。
そしてロケ地は愛知県に長く住んでいる私が良く知っている数々の場所。
その中にはある意味私にとって思い出の場所も含まれていた。
主演女優の凄さといくつかの私の思い出が重なったその映画。
ある場面でドキッとした。
私の過去の出来事を思い出したのであった。
そのストーリーとは関係ない私の過去の出来事を。
映画や原作と同じ部分であるのは「誰にも言ったことがない内容」であるということ。
そう、本当は私も言って楽になりたいのである。
もちろん誰にでも言える内容ではないのだが。
偶然は必然。
そんな考えさせられる作品に出逢うことも幸せのひとつ。
名古屋という街。
遊びでも、ある勉学でも、仕事でも通っていた時期がある。
私が中国という外国にはばたくきっかけを作ってくれた街でもある。
話は変わる・・・。
帰国後の私は仕事上の出没エリアがかなり広がった。
そうなると、日本全国の方々と仕事をすることになり、今までよりも勉強になった。
もちろん中国にいた頃は、日本人も含めて、実に様々な地域出身の方々と接していた。
それはそれでとても勉強になった。
だが、帰国してからの約5年間もとても私のためになった。
しかし、来月からの私はほとんど自分の地元と言っても良い場所へ飛ばされることになる。
(変な表現をしてみたが、ずっとそれを願っていたのである!)
私は今でも思いっきり外国かぶれである。
ただこの機会にしばらく心が離れていた地元を満喫しようと思っている。
だが、最初は(一部の番組を除き)面白さを感じなかった。
もちろんこの面白さは笑いだけを指しているわけではない。
であるので、2017年の朝晩の通勤の一部で社用車を使えるときは他の局を聴いていた。
だが、2018年の春頃に聴いてみた。
そうしたら、朝晩共にはまってしまった。
おまけにバラエティー番組だけでなく、その局の趣旨でもある昼間の番組も大好きである。
2019年今年の4月からはオールマイカー通勤。
家を出るとき、ラジオからカーナビのMP3やMP4等で外国語の勉強をしている。
これは3月までも駅に行くまではそうであった。
だが、この2か月は途中からそのラジオ局に切り替える。
ある曜日のある時間帯。
パーソナリティーのその方の声の微妙な変化から感動することがある。
私はその瞬間に幸せを感じる。
この2か月早く帰宅できている。
そこでけっこう様々な勉強ができている。
しかし、本日はまず吉本ばなな氏のある短編小説を読んだ。
途中登場人物の男性の描写にボロッと泣きそうになった・・・。
私は少女時代がけっこう好きなのだが、その中でも一押しの方がいる。
この5月になってからその一押しの方が主演の吉本ばなな氏原作の映画を見た。
映画の中で(韓国ドラマでその演技力の凄さを良く知っている)その方とある男性の演技に圧倒された。
そしてロケ地は愛知県に長く住んでいる私が良く知っている数々の場所。
その中にはある意味私にとって思い出の場所も含まれていた。
主演女優の凄さといくつかの私の思い出が重なったその映画。
ある場面でドキッとした。
私の過去の出来事を思い出したのであった。
そのストーリーとは関係ない私の過去の出来事を。
映画や原作と同じ部分であるのは「誰にも言ったことがない内容」であるということ。
そう、本当は私も言って楽になりたいのである。
もちろん誰にでも言える内容ではないのだが。
偶然は必然。
そんな考えさせられる作品に出逢うことも幸せのひとつ。
名古屋という街。
遊びでも、ある勉学でも、仕事でも通っていた時期がある。
私が中国という外国にはばたくきっかけを作ってくれた街でもある。
話は変わる・・・。
帰国後の私は仕事上の出没エリアがかなり広がった。
そうなると、日本全国の方々と仕事をすることになり、今までよりも勉強になった。
もちろん中国にいた頃は、日本人も含めて、実に様々な地域出身の方々と接していた。
それはそれでとても勉強になった。
だが、帰国してからの約5年間もとても私のためになった。
しかし、来月からの私はほとんど自分の地元と言っても良い場所へ飛ばされることになる。
(変な表現をしてみたが、ずっとそれを願っていたのである!)
私は今でも思いっきり外国かぶれである。
ただこの機会にしばらく心が離れていた地元を満喫しようと思っている。