阿部ブログ

日々思うこと

トッド・フランク法と紛争鉱物、及び米統合軍 AFRICOM の創設

2011年11月08日 | 日記
2010年7月、米国で「金融規制強化法」が議会を通過し成立した。この法案を提出した下院金融サービス委員長バーニー=フランクと上院銀行委員長クリストファー=ドッドの姓をとって同法は「トッド・フランク法」と呼ばれる。同法は証券取引法(Security Exchange Act of 1934)を改正する法律であり、米国で上場する企業に対する財務内容等の情報開示規制の一環として位置付けられるものである。

このトッド・フランク法は、条文が全部で1601条あり、全2307ページに及ぶ長大な法案であるが、同法には本来の財務内容開示規制には無関係な「紛争鉱物(Conflict Minerals)」に関する規定がある。
現在、米国市場に上場する日本企業は、ニューヨーク証券取引所に18社、ナスダックに4社あり、このうちの多くが規制対象となると考えられる。更に200社を超える日本企業の株式が店頭市場で取引されているが、これらの企業が規制対象となるかについては証券取引委員会(Security and Exchange Commission、以下SEC)の判断に委ねられることとなっている。

紛争鉱物規定によれば、米国の株式市場に上場する企業で、自社製品の製造過程において紛争鉱物を使用する場合には、当該紛争鉱物に係る以下の内容をSECへの年次報告に情報を記載する事が要求されている。

①自社で使用した紛争鉱物、即ちタングステン、金、錫、タンタルの原鉱、及びそれら派生物、またその他国務長官が定める鉱物、及び派生物がコンゴ民主共和国(Democratic Republic of the Congo、以下DRC)及びその隣国で産出されたものかどうか。

②もしDRC及びその隣国で産出されたものであった場合、その紛争鉱物がコンゴにおける紛争と無関係であることを、独立の民間監査機関による監査の下で、紛争鉱物の由来、流通経路に関する調査をSECの定める手続きに則って行ったことを証明し、2011年4月以降に始まる会計年度から財務報告書に記載する事。

この規定の場合、自社製品で使用した原材料のサプライチェーンを川上に辿らなくてはならず、調査には莫大な労力を要する事は想像に難くない。この為、DRCや周辺国からの紛争鉱物に指定された鉱物資源の取引に影響が及ぶ事が懸念され、当然のことながらDRC及び周辺諸国は同法同規定の適用に反対を表明している。

トッド・フランク法の紛争鉱物に関する規定の背景には、2000年以降の中国におけるアフリカ大陸における影響力の伸長がある。冷戦中は旧ソビエトがアフリカを赤い大陸しようと様々画策していたが、経済成長著しい中国はその旺盛なエネルギー&資源をアフリカに求めており、アフリカへのアクセスを安全確実なものとするために、インド洋にも進出、旧援蒋ルートに当たるミャンマーを経由してマラッカ海峡を経ることなく中国内陸部へ運ぶルートを鋭意建設中である。
但し、インド洋にはインド海軍がおり、米軍基地も存在する為、アフリカの中央部からインド洋、ミャンマーにかけての地域は地政学的にもホットであり、我が国のエネルギー安全保障、及びシーレーン防衛にも影響する事から適切な情報収集と分析&監視・偵察が必要である。

ミャンマーは、中国との蜜月が続いている。特に石油・ガスなどエネルギー関係での動向には注目。

2010年6月、中国の昆明に向けた石油と天然ガスパイプライン(中緬原油和天然気管道)の建設がスタート。
石油と天然ガスの両パイプラインほぼ平行に敷設するもので、総延長2,806km。
石油パイプラインのルートは、ミャンマー西海岸のRakhine 州Maday島(Kyaukpyu)から今後建設する原油埠頭を起点として、雲南省瑞麗から中国に入り、貴州省安順までは天然ガスパイプラインと並行する。

天然ガスパイプラインは安順から貴州を経て広西に向かうが、石油パイプラインの方は、安順から貴州を経由して終着・重慶に達する。製油所は、安寧と重慶に建設予定で、両製油所も20万b/d 規模とされる。
ミャンマーから中国への石油&ガスパイプラインは、2013年完成予定で工事が進められており、この石油&ガスパイプラインで、石油を年間2200万トン(約44万b/d)、天然ガスを年間120億立法メートル相当を中国に輸送する。
パイプラインの建設は「東南亜天然気管道有限公司」と「東南亜原油管道有限公司」が、石油パイプラインだけでもミャンマー国内771km、中国国内1,631kmの総延長2,402kmを敷設する事となる。

中国の狙いは、マラッカ海峡を経ずして国内へ石油&天然ガスを輸入できないか?と言う課題解決の方法として検討されてきた。つまり、中東やアフリカの石油を、前述のミャンマー西海岸Kyaukpyu に建設される60万立法メートルの原油埠頭を経由して、ミャンマーを横断し中国に搬送する。見事にマラッカ海峡をカットできるエネルギー輸送ルートが完成する。
中国政府は、ミャンマー軍事政権に対して、首都移転や発電所、港湾など社会インフラの整備に積極的に資金を投下し、90年代から政治・経済的関係を着々と構築してきた。これが実を結んだ。

ミャンマーが、ビルマと呼ばれ、先の戦争では日本軍がビルマを占領した時代もあった。
イギリス・ウィンゲート准将の「チンディット作戦」、インパール作戦での第15軍の崩壊、その後の連合軍の本格反攻により、戦力はボロボロ状態で敗戦を迎えたが、今回の中国国内に向けたパイプライン敷設は、蒋介石を援助する、所謂「援蒋ルート」と重なるのは偶然ではない。

日本軍は、この「援蒋ルート」を断ち切る為、北部ビルマ(拉孟、ミートキーナ、フーコン、騰越-北ビルマ)で作戦を実施し、勇戦敢闘している。これは広く知られて良い歴史的事実だ。
この地域で戦ったのは、第18師団(通称菊兵団)と第56師団(通称龍兵団)。
彼らは圧倒的戦力差のある状態で、かつ貧弱な装備と食糧も殆どない状態で戦った。フーコンでの戦闘は、1万2000対10万、拉孟では1290対4万、騰越2025対5万。
流石、尚武の地、九州の部隊だ。

今度は、インド軍が戦って欲しい所。中国は『真珠の糸』と呼ばれる対インド戦略を進めている。これはインド周辺国に拠点を作り、インド包囲網を構築するもの。例えばスリランカ南部のハンバントータと、パキスタン南西部のグワーダルの港湾は、中国の原子力潜水艦や空母など大型艦の利用が可能であり、ミャンマーにおいては近代的な海軍装備の供給を見返りに、ベンガル湾側のココ島、チャウッピュー、シットウェの港湾施設の利用権を得ている。
またヒマラヤを巡るマクマホンラインでは、今だ中国とインドとの国境は確定しておらず、今回またミャンマー経由での直接中国国内へエネルギー供給を行なうと言う状況を、現状インドは静観しているが、何れ両軍が戦う事も無いともいえない。

インドも中国同様、国内経済の驚異的な成長に伴ってエネルギー輸入が増加している関係から、石油・天然ガスの輸入ルートの安全確保は重要な課題である。

このような地政的状態を考えるとインド海軍を増強させる必要がある。特にアンダマン諸島の海軍基地を充実させ中国海軍を排除し、ベンガル湾での制海権を確立する事でニコバル諸島からベンガル湾一帯に存在する石油・天然ガス資源へのアクセスを確実にする事が重要。

新たな「援蒋ルート」である石油・ガスパイプラインや、青海省西寧とチベット拉薩を結ぶ「青蔵鉄道」など中国周辺地域から中国国内へ至る交通、資源・エネルギーインフラの情報を様々収集し、いざと言う時にはそれなりの対応が出来る体制は必要と考える。

話を戻す。

アフリカにおける中国の典型的な動きとしては、資源開発だけでなく周辺住民の福利厚生を含めた社会インフラを一緒に構築してしまうパターン。

この手法が有効なのは、新興の発展途上にある国にとって鉱物資源の開発とその輸出が重要な外貨獲得手段である場合が多い事があり、かつ最近は電力不足がネックとなり、その鉱業生産自体に支障をきたす場合がアフリカでは多発している現状がある。このような電力不足は南米でも共通の課題となっており経済発展の足枷になっている。これを克服する為に中国の資源開発は、電力や交通インフラの整備を併せで鉱山開発の権益の確保を行っており、アフリカにおける近年の中国政府・企業のアフリカにおけるプレゼンスは圧倒的である。2008年~2009年の中国のアフリカ投融資額は約200億ドル(約2兆円)を超える。

中国の資源獲得の典型は、ガボン共和国における開発で、5億6000万トンの埋蔵量を誇る今世紀最大の鉄鉱石鉱山を開発し、年間3000トンを中国に輸出するために560kmの鉄道と50Mwの水力発電所3基を建設し、かつ大型鉄鉱石輸送船が接岸可能な港の建設も併せて行っている。このガボンの鉄鉱石鉱山の権益は、鉄鉱石最大手のバァーレ社との一騎打ちで中国機械設備進出口総公司が獲得したもので、最大のポイントは鉄道建設と発電所建設などインフラ整備にあった。

最近のアフリカにおける中国の資源・エネルギー及び胡錦濤主席など首脳外交の展開を尻目に、イラク戦争と占領下のおける治安維持、アフガニスタンなどで手をこまねいていた米国は、急遽2007年6月、アフリカを担当するアフリカ軍を創設。司令部をドイツ・シュッツガルトに置いた。
更に2008年10月1日には、新たな統合軍としてAFRICOM(アフリコム)を改めて立ち上げアフリカ53カ国における軍事関係及び様々な調整に当たる。
設立間もない10月27日、AFRICOM 司令官キップ・ウォード将軍は任務をこう語った。
『AFRICOMは、他の米国連邦機関や国際的パートナーと連携し、米国の外交政策を支援する形で、安定・安全なアフリカの環境を促進する事を目的とし、軍対軍のプログラム、軍が後援する諸活動、その他軍事活動を通じた息の長い安全保障を任務とする』

AFRICOMが、アフリカにおいて注目する地域は、①前述のDRC、②ギニア湾、③ダルフール、④ソマリアである。この中でも特に重要視されているのが、DRCのギヴ地域。このギヴ地域は世界でもまれな戦略的に重要な鉱物資源が埋蔵されている地域と言われており、米軍及び米国政府は、この地域を「戦略的拒絶地域」とする強い意志を持つ。この拒絶の為には軍事力を行使する事となる。

特にDRCには、コロンバイト・タンタライト、若しくはコルタンと呼ばれる資源が世界潜在埋蔵量の80%以上を占める資源量があると推測されている。このコルタンからは貴重なタンタルが産出する。一時ワンセグ対応の携帯電話が急速に普及した際には、タンタルコンデンサの需要が伸びていた。現在はコンデンサ技術の進展によりタンタルを使わないコンデンサが開発され2006年をピークに生産量は落ちてはいるが、以前として自動車電子部品、ノートパソコン、航空・宇宙、軍事関連製品には欠かせない資源である。

2008年当時、中国はDRCと90億ドルにも及ぶ取り引きを模索している最中だった。中国は、60億ドル相当の社会インフラの構築、即ち道路建設、2つの水力ダムと発電&送電施設、学校、病院。圧巻なのは大西洋のマタディ港につながる鉄道敷設。残りの30億ドルは、資源開発に向けられ、中国はこれでコバルト40トン、銅1000万トンを得と言う内容。

胡錦濤国家主席は、今までに3回もアフリカ諸国を歴訪しており、今までに50億ドルの援助を約束し実行してきた。中国のアフリカにおける資源アクセスは、これまでに無い程、米国に潜在的脅威を与える事となった。
AFRICOM のターゲットは中国である。但し、ロシアや日本など米国の潜在的に脅威と思う国家が、米国の指定した「戦略的拒絶地域」における資源開発を許容する積もりは毛頭無い事は明確だ。

紛争鉱物とはアフリカ中部で長引く内戦に苦しむ発展途上国で産出される鉱物を指すが、米国によるトッド・フランク法の制定と、AFRICOM の創設は密接に絡み合っている事が分かると思う。

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