(湯ノ本湾/壱岐)
H,Uさんがバックの中から何やら品物を取り出した。
「ハイ、君の分---」。セロファンに包まれている。単行本サイズだ。福岡空港に着いた際の出来事だ。
「今日も酷いんだ。眼が痒い」。天神に向う地下鉄の中でH,Uさんは盛んにボヤいている。周囲を眺めればマスクをしている人が30%は居る。
翌朝の天気予報でも『今日は70を越えています』。アナウンサーの『洗濯物は室内に干したほうが良いでしょう』と淡々とした声が流れていた。PM2.5の表現ではなく、光化学オキシダントと言っている。聞けば昨日も数値が70を越えたため、有田のある小学校では、運動会の練習を運動場ではなく、予定変更して体育館で行ったそうだ。気温30度を越した環境では、マスクをして飛んだり跳ねたりするのは子供達にとっては違う辛さがあるだろう。
全ての景色が白っぽく霞んで見える中、壱岐島に渡った。
壱岐島は博多や唐津からより大陸に近いためか、空も近くの島々も、まるでオブラートに包まれているかのようだ。ただ海だけは透明度が高い。20メートルぐらいの深さでも、手を伸ばすと海底の砂が掴めそうだ。太陽を背にして、底を見下ろすと魚が群れをなしている。
今回の旅の目的は、数年にわたり尋ね歩いている元寇の跡を確かめる事と、日本神道の発祥の地とされている月読神社を、どうしてもこの眼で観たかった。
祭神は月読神(ツクヨミノミコト)だが、今まで余り知らなかった。誰でも知っている天照大神(アマテラスオオミノカミ)や素戔男尊(スサノオノミコト)とは三兄弟でありながら日本の神話にも殆ど登場しない。また天照大神や素戔男尊を祀る神社は日本中に数十万社あると言われているが、月読神社は数えるくらいしかない。何故だろう。尋ねてはみたが新しい知識は殆ど得られなかった。「古事記」や「日本書紀」などを読み直す必要がありそうだ。
社殿は木々に覆われ、月の神を祀る神社らしい風情はあった。
しかし、昼食時に妙に納得できる句が軒下に吊るしてあった
食堂のオヤジさんの作句なのか、或いは旅人が書き残したものなのか、♪日帰りで 行ってみたいね 神の国♪
夕食は、今朝、獲れた島名物の雲丹と烏賊、それに鮑のフルコースだった。放射能の心配をすることなく堪能した。凪の海の黒崎半島に沈む太陽は、オキシダントを含んだ黄砂のためか、空と真珠の養殖筏が浮かぶ海面を鮮やかな茜色に染めていた。
人間が自然と共生するのは永遠のテーマなのか。