NJの山花旅

山花旅の写真が多数。環境問題と歴史、時事も加えます。

アンディー&ウイリアムズ花園 1

2016年07月28日 10時19分28秒 | ◎花賛歌-バラ・蘭・花菖蒲・蓮等

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今年の5月31日、早朝から走り、9時、群馬県利根川の先のアンディー&ウイリァムズ ボタニックガーデンに

行きました。東武線太田駅の西6km、木崎駅の北4kmです。ジョイフル本田の経営です。550円。

 

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ネギ坊主に似ていると思ったら、ネギ科でした。

アリウム ギガンチューム

 

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バラと様々な花でにぎやかです。

 

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ゼニアオイに似た洋種でしょう。

 

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明治神宮 ハナショウブ その3

2016年07月16日 10時51分41秒 | ■東京散歩(新宿、皇居、浅草、音羽等)

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花ガラの摘み取り

 

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都心とは思えない広い森

全体が杉林にならなくてよかった。専門家の先見でした。

 

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あずまや、森、池、花園と、素晴らしい神社です。

 

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かつて加藤清正が尽力した下屋敷の井戸。今でもこんこんと清水が湧き出ている。

一年中15℃前後です。断って横に手を入れました。

 

 

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スイレン池

 

 

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JR東によると、現駅舎は1924(大正13)年に建てられた洋風の木造2階建てで、都内の木造駅舎としては最古とみられる。
 2014年度の1日の平均乗車人数は約7万人。駅構内の通路が狭く、近くでコンサートがあると駅を入場規制する日もあり、五輪に向けて建て替えを決めた。
 新駅舎は現駅舎の南西の隣接地に線路をまたぐようにつくる。ホームを一つから二つに増やし、東側にしかない出入り口を西側にもつくる。乗客の使うスペースは2倍になる。
 現駅舎を取り壊すかどうかは、まだ決めていないという。JR東の冨田哲郎社長は「地元の皆様や渋谷区の意見もうかがい、検討したい」と話した。工事は早ければ今年中に始める。(石山英明HP)
 

 

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この駅の線路とホームは複雑です。

貨物線、山の手線、めったに使われないサビ付いた皇族専用ホーム。年末年始の明治神宮直結の改札。

どのように改造されるのでしょう。

 

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線路上の美しく広い歩道。ここに駅の出入り口ができるそうで。

 

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明治神宮鳥居に近い改札もできる。森が美しい。

次のブログをお楽しみに。

ご来場ありがとうございます。 


明治神宮ハナショウブ その1

2016年07月01日 10時03分36秒 | ■東京散歩(新宿、皇居、浅草、音羽等)

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去る6月17日 好天の日に東京原宿の明治神宮御苑、ハナショウブを鑑賞しました。

かやぶきのあずまやと外国人が印象的です。

ハナショウブは野生のノハナショウブを改良したものです。アヤメ科

アヤメ科は多くの花があります。西洋でもアイリスとして改良が進んでいます。

マイガーデンにはジャーマンアイリスとアヤメがあります。

以前は屋上ガーデンでハナショウブを数種類栽培していました。乾燥にも耐えていました。

 

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ハナショウブは江戸時代に改良が進みました。

江戸系、肥後系、伊勢系、その他があります。

ここにあるのは江戸系150種です。株数は多くはないが、背景の緑が価値を高めています。

 

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色は豊富です。

 

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明治神宮の場所は明治天皇が詠まれた 「うつせみの代々木の里に・・・ 」 の代々木が選ばれました。

代々木とはここにあったモミの木の大木で、灯台のように旅人の道しるべになっていました。

戦火で焼失しました。

ここはかつて加藤清正などの由緒ある場所でした。近江、彦根藩井伊家の下屋敷になったこともあのます。

明治維新後、井伊家は献上して、南豊島御料地となっていました。一部に御苑はありましたが、

荒涼とした池や荒地がほとんどでした。一部に赤松の大きな木の林がありました。

以下HPより ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

1915(大正4)年4月、日比谷公園の設計などで知られる林学博士の本多静六、

やはり日比谷公園の設計に携わった造園家の本郷高徳、日本の造園学の祖とされる上原敬二といった

そうそうたる顔ぶれを集め、実行機関である「明治神宮造営局」が発足。森の造成計画が本格的に始まった。

古代の神社には社殿のような建物はなく、動物や植物を神霊としたり、森そのものを神社と考えていた。
 
「神社の森は永遠に続くものでなければならない。それには自然林に近い状態をつくり上げることだ」
――これが基本計画の骨子となった。
計画の中心を担った本多、本郷、上原の3人が主木として選んだのは、カシ、シイ、クスノキなどの
常緑広葉樹だった。もともとこの地方に存在していたのが常緑広葉樹であり、各種の広葉樹木の混合林
を再現することができれば、人手を加えなくても天然更新する「永遠の森」をつくることができると考えたからだ。
 創建時のアカマツが主木の林から、カシなどの常緑広葉樹が主木となり、人手を介さずに自ら世代交代を繰り返す
「天然林相」になるまでの変化を4段階の林相予想図として描いた。
 
ところが、この構想に当時の内閣総理大臣・大隈重信が異を唱えた。「明治神宮の森も、伊勢神宮や日光東照宮
のような荘厳な杉林にすべきである。明治天皇を祀る社を雑木の藪やぶにするつもりか」
学者たちはいろいろ調査し、個々の土地が杉には合わないことを丁寧に説明して説得した。
全国から多くの樹木が運ばれた。
NHK TV が特集したが、期待した以上に早く天然林化は進み、生物相は珍種、新種など、都心とは思えない
不思議の森になっているそうです。
私も鑑賞中、池の上を大きな鳥が飛んだ。皆さん見とれいてた。アオサギでしょう。体長98cm
 

 

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天然林のようになった不思議の森

 

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お釣り台付近 睡蓮と左はコウホネの葉(スイレン科)

 

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隔雲亭

かつて昭憲皇太后のお休み場  数寄屋造り 茶室風