
41 山の手線 田端駅北口から西へ10分ほど歩いた八幡様の隣です。

42 三つ葉葵のご紋の寺は豪華です。

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45 戒名 子規居士 が真ん中。右は妹の律。左は正岡家。

46 今は住宅街で、更に歩くと駒込駅です。線路も近い。
子規は、自然の豊かな場所に葬ってと頼んでいた。竹の始末も大変なようです。

41 山の手線 田端駅北口から西へ10分ほど歩いた八幡様の隣です。

42 三つ葉葵のご紋の寺は豪華です。

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45 戒名 子規居士 が真ん中。右は妹の律。左は正岡家。

46 今は住宅街で、更に歩くと駒込駅です。線路も近い。
子規は、自然の豊かな場所に葬ってと頼んでいた。竹の始末も大変なようです。

32 昭和2年に土蔵ができた。おかげで小さな机など本物の遺品は戦火で焼けなかった。
蔵書、遺墨は国会図書館へ寄付されたものも多い。

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34 井戸

35 見学者と子規の机

36 フヨウ

37 ムラサキシキブ

38 マンリョウ 12月15日

39 12月の庭

40 モミジも色づいた。

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ほんとにごてごてとしている。 和風のイングリッシュガーデン?

23 ススキ 白ハギ

24 フヨウ

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26 ケイトウ フジバカマ

27 フジバカマ

28

29 鼠骨

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16 正岡子規は明治35年(1902年)9月に死去。享年34。
庭にはへちま水を採るためのヘチマがたくさんあった。
力を振り絞って、死の直前に句を書いた。
辞世の句
「糸瓜咲て痰のつまりし仏かな」
「痰一斗糸瓜の水も間にあはず」
「をとゝひのへちまの水も取らざりき」
休み休み書き、ばたりと筆を落とした。妹や河東碧梧桐がいた。
子規の忌日9月19日を「糸瓜忌」といい、雅号の一つから「獺祭(だっさい)忌」ともいう。

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18 キキョウ

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21 シュウカイドウなど

8 子規の家は昭和20年の戦災で焼けたが、25年に寒川鼠骨らによってそっくり再建された。
ブロック塀はふさわしくない。

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10月の時は緑と花だった。

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11 NHKのスペシャルドラマ「坂の上の雲」は平成21年~23年の大河ドラマの後に特別放送した。
大河ドラマよりはるかに多くの資金を使い、海外ロケも多く、大作であった。
司馬遼太郎のこの作品の映像化は、至難であった。司馬は右からも左からも批判され、軍国主義の誤解も恐れて映像化を断っていた。
司馬の亡き後にNHKは奥様を説得して許可を得た。その後制作首脳の死去などもあって遅れたが、昨年末で完了した。
日露戦争などむごたらしい場面も多かった。有名な配優の配置はよかった。
誠に小さな国が・・・で始まるナレーションは印象的です。
子規庵のカラーポスターは日に当たって色あせた。

12 司馬は正岡子規に興味を持っていた。
日露戦争に貢献した秋山兄弟は松山の子規の家の近所に住んでいた。
それがヒントになって坂の上の雲を書いた
日本が一等国を目指して登って行ったあたりを、リアリズムに徹した子規と軍隊へ進んだ秋山兄弟などを描いた。子規は35歳直前に肺結核、カリエスで没するが、彼の健康なリアリズムがどんなに大切かを教えている。坂の上の雲を正しく見れば、今の日本に教訓となる。
いつの頃からか、天皇を神格化し、大和魂など精神主義でプロパガンダが進んだ。大切なのは健康なリアリズムです。
子規の写生文の精神は、単なる俳句の問題ではない。世の中をしっかり正しく見つめ考えるリアリズムがまず大切なのです。

13 子規は従軍記者の帰路に船内で喀血し、退院後、漱石の家に転がり込んだ。

14 子規庵にて ハギ

15 ケイトウ

1 子規庵 正岡子規が住んだ東京根岸の家です。ヘチマがぶら下がり、小さな机もあります。
昨年の10月9日と12月15日に、鶯谷駅北口近くの子規庵と、田端駅から駒込方向へ10分の大龍寺の正岡家の墓を詣でました。

2 駅を降りるとすぐ根岸小学校です。

3 老舗の豆腐料理、笹の雪。 料理は2100円から。日曜だったので最低2600円でした。
ゴマ豆腐はおいしいが、数年前の高野山の宿坊のも更においしかった。近所のスーパーのもおいしい。

4 ゴマ豆腐 みそだれの味で価値がかわる。

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JR山の手線大塚駅北口の坂はソメイヨシノ ロードです。
空蝉橋を頂点とした坂になっています。染井吉野発祥の地にも近く、城北地帯はソメイヨシノが多い。
将軍が桜の名所にした飛鳥山公園も、生き残った都電ですぐ行けます。
4月11日 少し散り始めです。

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このあたりは高層マンションも多い。住人は楽しいでしょう。

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ソメイヨシノはクローンで増えました。比較的寿命は短い。全国に広がっています。

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右は羽田空港。頻繁に離着陸するジェット機が見られます。

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離陸した航空機。下は国際展示場。

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東の窓から葛西臨海公園の観覧車電飾が見られます。

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夕日が反射しています。

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夕方のビル群。

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有明のこのビルはB2~12F エレベーター室には飾りがあります。時々季節のものに替ります。
東京湾臨海部は大都会を背景に埋め立てが続いています。
江戸時代には銀座まで海でした。後に築地 月島 晴海 豊洲 有明 台場 辰巳
東雲 青海 東海 若洲 城南島
勝島 平和島 昭和島は造った時代を反映しています。
羽田空港は先日も第四滑走路ができました。
川崎浮島 東扇島・・・
これからも東京湾は発展するでしょう。環境問題も大切にしてください。
長々とこのシリーズにお付き合いありがとうございました。

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遠くの高層ビルはサンタさんか子供の顔でしょうか。12月24日

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右は様々な照明。高層マンションでしょう。

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大都会の夜景です。
東京タワー、新橋、銀座方向をみる。手前はゆりかもめ。

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スカイツリーも見えます。 望遠レンズ 11月5日

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12月17日にはかなり変貌しました。

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12月22日 16:00

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12月24日には工事用照明を利用してライトアップ 18:30