扇子と手拭い

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文七迷人会が活動再開(落語2-42)

2011-04-30 22:00:11 | 日記
▼相次ぐ出前の依頼
 東日本大震災の後、休眠状態だった社会人落語集団「文七迷人会」が、5月から活動を再開する。このところ出前寄席の依頼が相次いでおり、会で協議の結果、再開が決まった。

 文七迷人会としての落語会は、2月18日の「茶や あさくさ文七」での定期落語会が最後。その後は、新装なった資料館の「こけら落とし」を兼ねたチューリップ祭りでの「わかば寄席」に向けて準備を整えていた。その矢先に3・11大災害が起きた。

▼反響の凄さに驚く
 このあたりの事情については、前回のブログ(落語2-41)で綴ったので省略するが、その後も出前寄席の希望が寄せられた。すべて「地域新聞を見たのですが」と言って電話をかけてくる。反響の凄さに驚かされた。

 デイケアサービスから地域の婦人会、キリスト教など宗教団体、(憲法)九条の会、はては小学校の同窓会までさまざまだ。どこも出演料無料というのが魅力のようで、必ず確認してくる。


▼6月半ばに定期落語会
 出前寄席の再開について30日夕、浅草で臨時役員会を開き話し合った。その結果、被災者慰問については、まだまだ息の長い支援が必要として、「今は時期尚早」となった。

 文七迷人会の定期落語会は6月半ばをめどに開催することとした。休眠中に要請があった出前寄席については、可能な限りリクエストに応えることにした。

▼「岡持ち」に笑い詰め込んで
 いまなお余震が続く中で、落語をやって果たして、どれだけの人が笑ってくれるか気がかりだが、たたずんでいても仕方がない。出前の「岡持ち」に笑いを詰め込んで、走り出すことにした。

緊張の糸が切れた時こそ(落語2-41)

2011-04-18 19:52:17 | 日記
▼すべての落語会を中止
 あまりに酷い自然の仕打ちに神を恨んだ。大津波が瞬時に町を、村を、押しつぶす・・・。映し出されるテレビ画面を正視できなかった。未曽有の惨事、東日本大震災。私たち社会人落語集団「文七迷人会」は、予定した落語会すべてを中止した。

 震災発生から40日近くなる。電気はどうにか回復したものの、水道、ガスが使えない被災地がいまだあるという。行方不明者は17日現在、1万4000人を超えている。肉親の安否も定かでない中で、被災者の皆さんは瓦礫に囲まれながら耐え忍んでいる。

▼衝撃で気持ち萎える
 未曾有の大惨事でチューリップまつりが中止となった。このまつりは毎年、2日間で10万人を超す入場者があると知り、期間中4回の落語会を企画していた私たち文七迷人会は、万全の構えでその日を待った。が、震災で祭りそのものが中止となり、落語会もなくなった。

 その後の、つくも寄席、旧吉田邸での落語会、佐倉市でのホール落語会など私が企画した落語会を軒並み中止した。気持ちが萎えた。目の前で起きた衝撃が大き過ぎて、とても落語を話すような気分にはならない。メンバーの誰もがショックを受けた。

▼今は、その時期ではない
 発生数日後、惨状を目の当たりにした落語仲間であるタンクローリーの運転手からメールが届いた。「落語で被災者に笑いを届けたい。元気を届けよう」。思いは同じだ。だが、「今は、その時期ではない。出番を待とう」と返信した。

 地震のエネルギーが阪神大震災の1480倍という大地震が発生。そこへ高さ40㍍近い津波が押し寄せた。そして原発事故。災害現場は落語どころではない。救出、救援が先だ。水、食べ物がない、衣服がない、暖を取る灯油がない、薬がない。すべてが不足している。物資の補給が先決だ。

▼日本中が立ち上がる
 モタモタする政府を通り越して全国のNPOが走った。神戸をはじめとした自治体が動いた。民間人が、企業が救援活動を開始した。地震、津波、原発の三重苦に襲われた東北を支えようと日本中が活動を開始、立ち上がった。「まけるな東北」「ひるむな東北」。日本人みんなが心の中で、そう叫んでいる。

 こんな中へ私たちが出かけていっても、救援作業の妨げになるだけだ。第一、赤ちゃんのミルクに事欠く状態で、落語を聴くような心境にはとてもならない。我慢して出番を待とう。

▼緊張の糸が切れた時に
 被災者の皆さんも今は、気が張っていると思う。が、やがて激励にやって来るタレント、スポーツ選手らの数が次第に減り、その緊張の糸が切れた時、ドッと疲れが出て、不安と孤独にさいなまれよう。そんな時こそ、笑いが、癒しが必要だ。私たちの出番だと考えている。

 「笑う門には福来る」というが不思議なもので、どなたも笑うと元気になる。笑顔を取り戻して欲しい。被災者の皆さんにも、思い切り笑っていただいて、元気を取り戻していただきたい。