1週間

2006-01-29 22:13:14 | インポート

新しい勤務地に移動して、1週間が過ぎた。片道1時間半の通勤時間である。電車にしても、車にしても1時間半掛かるのだ。一日目は車、二日目以降は電車で通勤し、比較してみた。車より電車のほうが楽だと分かった。特急電車に座ることができれば、車より明らかに楽だ。昨日は車で通勤。

今は、パートの大釜さんからの引継ぎで、仕事を教えてもらっている。大釜さんは2月7日で辞める。大釜さん自身、2年前にこの会社に入り、メンテナンス部門に居たが、つい2ヶ月前に今の仕事に移動になったので、それほど詳しくない。

辞める理由は、ご主人の自営業を手伝うためだ。機械設計のお仕事。この部署は月末に忙しく、ご主人の自営業も月末に忙しいそうなので、自営業を優先したいからなのだそうだ。

昨日、昼の弁当を買うため、駐車場でバックする際、大釜さんの車にぶつけ、損傷。ボコッ!と音がしたので慌てて、車を降りて見ると、右ドアの後ろ、フェンダー部分に大きな、大きな凹みができている。

僕の車はバンパー右後方が1cmずれている程度で、見た目の損傷はさほどではない。

すぐに保険会社に℡する。警察に来てもらう。保険会社の対応は早く、代車をすぐに手配してくれた。

月曜日に担当者から連絡が入る。保険は使いたくない。修理費は20万をくだらないであろう。

痛い出費だ。

事務所の管理者は林さん。40代?女性。肩より長い髪には白髪が混じっている。いろんなところに気が回る人で、頭の回転が速い人。

後は、全員配送業務の男性9名だ。全体の管理者は配送の花尾さん。

配送の人で、みんなからお父さんと呼ばれているのが井上さん、なんと67歳。この人と同行して、葬儀場へ納品に行った。長い間、銀行に勤めていて、定年後にこの会社に入った。いろいろと話して下さった。ここの会社、給料安いし、待遇悪いから、皆辞めていきよる。ワシの入った5年前は、もっと給料良かったんやけど、どんどんどんどん安くなった。レンタル会社やったら、在庫をもたず、商品の早い回転で儲けを出さんといかんのに、無駄な在庫を抱えて、メンテナンス部門が機能してない。負債が多いので、金利が上がったら大変やで。とのこと。はぁ~。

この間、人材会社から、連絡があり、一件面接に行く。しかし、週に二日程、かなり体力勝負の仕事をこなさなければならない。半端じゃない体力・筋力。

う~む。

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今日は非喫煙者と同行

2006-01-18 22:13:14 | インポート

久しぶりに非喫煙者と同行して営業配送をした。ここの会社は喫煙者がとても多いのだ。時代の流れに合っていない。店舗内での喫煙は禁止されていて、喫煙コーナーがあるけど、喫煙者と一緒に車に同乗するとなると、タバコを避けることができない。

昨日から、咳がでるようになった。

入社して以来、毎日のように狭い車の中で、タバコの副流煙を吸い込まされてきた。始めの頃はハンカチで口を押さえたり、衣服を上に持ち上げて顔を覆ったりしていたが、ここ二週間ばかり油断していた。

タバコの煙を逃がそうと窓を開けると排気ガスが入ってくる。排気ガスも毎日吸い込んでいる。

ハイエースは直射日光がまともに当たるので紫外線からも逃れられない。日焼け止めは塗っているけど。

環境は最悪だ。

でも、ここの店とも残り二日でお別れだ。23日から白浜に勤務することになる。

しかし、白浜の人も喫煙者が多いだろう。

タバコから身を守らなければ。白浜の仕事は基本的に遅くならないと専務から言われたが、実のところ怪しい。

今日、同行した人は元家具屋さんの店長、48歳。営業配送をしなくて良かったな、向いてないよ、僕も車の運転なんて危ないから本当はしたくないのだけど、と言われる。

兼ねてから、ここの会社の待遇の悪さを指摘していた。まぁ、次の就職先を探しながら、ここにおったらええやん、と言われる。

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去年の新聞から

2006-01-15 11:56:07 | インポート

三菱総合研究所の白石浩介主任研究員の試算、会社員が60歳で定年を迎えた時から亡くなるまで夫婦二人で生活するのに必要なお金を世代別に見てみる。

1930年生まれ(70歳)、受け取る年金総額5700万・不足額1764万

1945年生まれ(60歳)、受け取る年金総額5400万・不足額2915万

1955年生まれ(50歳)、受け取る年金総額5700万・不足額3755万

1965年生まれ(40歳)、受け取る年金総額6600万・不足額3937万

1975年生まれ(30歳)、受け取る年金総額7500万・不足額4242万

1985年生まれ(20歳)、受け取る年金総額8500万・不足額4585万

1995年生まれ(10歳)、受け取る年金総額9600万・不足額4982万

「年金だけで老後の生活を賄える時代は終わった」と白石氏が指摘するように、試算の結果は厳しいものだ。

不足額が最も少ないのは1935年生まれの1764万円。総務省の家計調査では、無職の高齢者世帯の平均的な貯蓄額は2300万円程度なので、この世代は不足額を貯蓄だけで穴埋めでき、辛うじてお釣が出る。

しかし、今年60歳になる45年生まれ以降の世代は、不足額がいずれも2900万以上。僕の世代だと4000万ぐらい足りない。2025年に60歳になる65年生まれ以降の世代は、物価が上昇するので受け取る年金額は増えるものの、それ以上に必要な生活資金が増えるため、不足額は若い世代ほど増えていく。今年生まれる世代の不足額は5551万で、今の70歳に比べ3.1倍に達する。

しかも、今回の試算の対象は、夫が平均的な給料をもらって厚生年金に40年間加入し、妻が専業主婦というモデル世帯が平均寿命で亡くなる場合で、経済的に比較的恵まれているケース。年金の加入期間が短い、平均より長生きしたなど、条件が違えば不足額はさらに膨らむことになる。

なぜ若い世代ほど不足額が膨らむのだろうか。

試算からわかるように、平均寿命が延びて必要な生活資金は増えていくのに、年金の水準が下がっていくためだ。水準が下がる理由は、大きく分けて二つある。

一つは年金の支給が始まる年齢が3年ごとに1歳ずつ引き上げられるため。政府は厚生年金を定額部分と報酬比例部分に分け、01年度から60歳だった定額部分の支給開始年齢を引き上げ始めた。

45年生まれの人は62歳にならないと定額部分はもらえない。定額部分の開始を65歳まで引き上げた後、13年度からは報酬比例部分の引き上げも始まる。25年度以降はすべての男性会社員は65歳にならないと、公的年金を受け取れない(女性は5年遅れ)。若い世代は5年間分、年金額が減ってしまう。

さらに、今年60歳を迎える人たち以降の世代を直撃するのが、「マクロ経済スライド」という支給水準の抑制策だ。これまで物価や賃金の上昇に応じて引き上げてきた支給水準を抑える仕組みで、昨年の制度改正で盛り込まれた。厚労省の計算では、抑制は20年程度続き、支給水準は15%程度抑えられる。

「現在30~40歳代の方には、『年金はあまりあてにしないほうがいい』と助言しています。自力でお金をふやす姿勢を見につけてほしい」とFPの本鳥さんは話す。

総務省の調査では、勤労者世帯の貯蓄率(手取り収入から貯蓄に回した割合)は、03年は16.7%。約30年前比べ3ポイント程度の上昇だが、29歳以下以下では24.7%で13ポイント上昇、30歳代では20.4%で8ポイント上昇し、若い世代での貯蓄志向の高まりが際立つ。

介護が必要なお宅に伺うが、みなさんつづまやかに暮らしておられます。あくまでも、それなりの高い生活レベルを維持するためには4000万ぐらは必要ということのようです。厚生年金加入期間が短い僕などは5000万以上は不足しています。貯蓄に励みますか。

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二人だけの送別会

2006-01-08 20:47:05 | インポート

昨日は送別会だった。というのも、会社の方針で白浜の仕事に就くように言われ、承諾したのだ。近々、勤務地が変わる予定。ここの会社は急に配置転換がある。

営業配送の人と二人だけの送別会と相成った。50歳前後の彼は、人生の底辺を歩んできたそうだ。放火・婦女暴行、刑務所行き・・・

前の会社をリストラ。この人、冗談が多くてどこまで本当で、どこまで嘘なのか分からない。しかし、風貌・品行を見ていて、あながち嘘とも思えないのであった。酒に誘われたので、あまり気乗りはしなかったが、後が恐いので飲みに行った。ここの会社におっても、ええことあれへんで、という。辞表書きぃな、という。何も白浜まで行って、安い給料で、こんな会社におらんでもええ、という。

こんな仕事せんでも、君の未来は前途洋々や、と言う一方で、この仕事ができへんかったら、何やってもできへんで、仕事するときはする、メリハリを付けないと、今の君だったら、何処行っても通用せんで、という。

男前やな、ホストになりぃな、という。

飲みたくもない酒を勧められ、正直に断る。居心地が悪い。怒りモードに入るのを抑えるため、姿勢を低くし、肘を付いた両手でハンカチをいじる。君はオカマかと言う。

いや、ノーマルですよと応える。

店を出て、スナック行こと言われるが断る。

でも、彼から学んだことは意外に多い。

今のところ、白浜に行く予定だが。

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謹賀新年

2006-01-01 23:04:44 | インポート

明けましておめでとうございます。

母は身体の調子が悪かったので留守番、父と近くの厄除け神社に車で出かけるも、車は満車。臨時駐車場も満車。父も、数日前から、めまいと嘔吐を繰り返しており、混雑した所は避けたいということで自宅に戻ることに。前に、メニエール症候群ではないかと思い、「めまいの正体」という新書を買って渡したことがあります。読んでくれたのだろうか。父は20年ぐらい前から、漢方薬の研究らしき事をしていて、西洋近代医学によらない治療にこだわっています。県立尼崎病院の東洋医学科に掛かり付けの医師がいて、近くの病院には決して行きません。

今でこそ、漢方薬や東洋医学が注目されていますが、20年ほど前はそれほど認知されていませんでした。そのころから、自宅で生薬を天秤に載せて重さを量り、薬を調合したものを土瓶でぐつぐつ焚いていました。漢方薬専用の冷蔵庫にはいっぱい薬が詰まっています。薬に頼りすぎのきらいがあると思うのですが。

自宅に戻りたいのかと思ったら、別のルートに行くように言われて、村の中へと。ひっそりとして、人もおらず。急な坂を上がると小さな神社が山を背にして建っていました。人は、犬を連れた女の子が二人、走り屋の若い男が一人で、車いじり。僕の出身小学校の裏に村があって、かつて村が栄えていた頃にあった小学校の跡地に、神社があります。今は小学校の校門だけ残されていて、横は休耕田となっていました。神社前の広場には、一本の樹齢何百年かと思われる大木があります。雲ひとつ無い空に、緑豊かな山、空気も澄んで気持ちよかった。賽銭はご遠慮下さい、と書いてある。一升瓶の御神酒に紙コップが3つ乗せてあり、瓶を持ち上げると、もう、空っぽ。

子供の頃は、この村によく遊びにいっていたものです。クワガタ・カブトムシ・ザリガニ・カメ・メダカ・カエルなど取りに行ったものです。

父と焚き火の残り火に当たり父の話を聞いていました。脳内出血しているかもしれない・・・。トホホ・・・。車に盗聴器が仕掛けられている。電車に乗っていてスタンガンで撃たれた。被害妄想なのか、事実なのか。

京都八坂神社のおけら祭りじゃないけど、焚き火の残り火を持ち帰って雑煮を煮る習慣がかつてはあったのだと教えられる。

2006年がスタート! ホッ。

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