認知科学者のフィリップ・ジョンソン=レアードさんは、われわれは、日常的に推論をおこなう際に、当の事態と同一の構造を持つ具体的なモデル(メンタル・モデル*01)がこころの中に作り出されていて、それによって当の事態を検証している*02と述べています。そのメンタル・モデルは、様々なレベルの構成要素が同時に処理される並列構造をなしていて、処理を高速におこなうことができるだけでなく、ある処理機構が故障しても他が補うことで様々な障害に強いといったメリットがあります。その半面、単純な並列システムの場合、容易に相互衝突による病理的状況が発生してしまうというデメリットも持っています。そのためそれらを上位から管理し保護する機構が必要となるのですが、このような病理的相互作用をコントロールするためにつくられた管理機構こそが、われわれの「意識」の起源なのだ*02と、ジョンソン=レアードさんは主張するのです。
彼は、意識の基本的システムとして、並列性を持った処理機構の上で、中央の機構が全体を管理する並列的で階層的なシステムを「こころのオペレーティング・システム」*02と呼んでいます。
こころのオペレーティング・システムと下位機構の関係は一種の情報隠蔽関係によっておこなわれていて、管理機構であるこころのオペレーティング・システムは、下位機構が何をなすべきかという指示のみをおこない、実際にどのような方法で処理をおこなうかについては一切指示しません。すなわち上位のオペレーティング・システムは下位機構の詳細については何も知らず、内部の処理方式については関与しないのです。それは並列システムの中のひとつの処理機構が直接他の内部機構を変えると、相互作用によって不安定で予測できない結果をもたらす可能性が大きくなるからで、信頼できる相互作用方式は処理機構間のメッセージの受け渡しにのみ依存するものとなる、というのです。
The Computer and the Mind: An introduction to Cognitive Science/1989/1/1/Philip Johnson-Laird
*01:メンタルモデル-言語・推論・意識の認知科学/P.N.ジョンソン=レアード/海保博之監修 AIUEO訳 産業図書 1988.09.30
メンタル・モデル(mental model)とは、実世界で何が、どのように働いているか、について人間が思考する際に、こころの中に構築されるモデルのことで、1943年、Kenneth Craik が著書 The Nature of Explanationで初めて提唱したとされています。それはこころを情報処理システムの複雑な例とみなす心理学の用語ですが、ジョンソン=レアードさんらがコンピュータ・システムとの関連で再提起したのです。
*02:心のシミュレーション-ジョンソン=レアードの認知科学入門/フィリップ・ジョンソン=レアード/海保博之・中溝幸夫・横山詔一・守一雄訳 新曜社 1989.11.10