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「空間」に充満するもの(その1)

 フランス南部アルデシュ県ヴァロン=ポン=ダルク近郊の切り立った崖の中腹の洞窟の中から、1994年、ジャン=マリー・ショーヴェさんらによって発見された、総数420点といわれる動物壁画。それらは放射性炭素年代測定により多くがBP31000年前に描かれたものであることが判明しており、2014年人類最古の洞窟壁画として世界文化遺産に登録されました。


「勇気があるなら入ってみろ!」と紹介されている断崖絶壁にあるショーヴェ洞窟。しかし壁画が描かれた31000年前は数10mの氷で覆われた氷河期で、その入口はもう少し入りやすい位置だったのかもしれません。
その後崖崩れでその入口は塞がれ、それが今日まで壁画が残された要因だったようです。ショーヴェさんらは上部に空いた岩の隙間を下りてこの洞窟を発見しました。


研究のために一度開けられた入口は今また保存のために閉じられ、最新の3D調査によって完全復元された展示館が一般向けに公開されています。
グロット・ショーヴェ復元センター

 このショーヴェ洞窟に描かれた動物画は様々な意味で衝撃的です。ピゾン(野牛)やサイ、クマなどそこに描かれた動物たちはその特徴が実に詳細に描き分けられています。特にホラアナライオンは、その存在自体は知られていましたが、雌雄の違いなどがここに描かれた詳細な絵によって初めて明らかになったのです。
 
そしてマルセル・デュシャンを彷彿とさせる動体表現。たとえばビゾンのがっしりした体躯には、小さな脚が七本描かれていて、動物が疾走しているところを表しているといわれています。また一頭のサイの角が幾重にも描かれている絵は突進するサイの動きを表し、横から見たサイの角の列が、手前から奥へと小さくなっていく表現が、時間軸を加えた一種の四次元的パースペクティヴを生んでいます。


ビゾンの疾走する足


突進するサイ

 
またほとんど一筆で描かれたクマの胴体、特にその頭部から背中にかけて流れる線は、見事にクマの特徴を描き出していて、その輪郭線の表現は、いま私たちが美術館で知っている有名画家たちのデッサンに勝るとも劣らない、非常に現代的な感覚を与えてくれます。


「クマのプーさん」を彷彿とさせる一気に描かれた輪郭線によってクマの特徴を見事に表現しています。

 
さらにこれらの壁画は洞窟の壁の自然の凹凸を巧みに利用して描かれていて、壁の丸みを利用して胴体のヴォリュームを強調し、壁の曲面に頭部が来るように配置するなど、二次元的な絵というよりは彫刻に近い立体絵画と呼ぶにふさわしいものとなっているのです。
 
そしてそれらが31000年前に描かれたものであるということ。その時代は、マンモスが闊歩し、旧人といわれたネアンデルタール人がほぼ全滅し、現生人類であるホモ・サピエンスがその勢力を拡大し始めていた時代です。したがってこの壁画も現生人類の手になるものといわれているのです。

 

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