中鉄雑記帳

中国と鉄道(実物・模型)に関するあれこれ。

携帯狂奏曲はまだ続く?

2006-10-31 09:12:15 | Weblog
昨日、携帯電話のMNP(番号持ち運び)でソフトバンクが一人勝ちか?と書きましたが、
相次ぐトラブルで移動手続きが出来なくなっている中、
発表されたの他社への転出処理能力不足だということ。
結局、ソフトバンクは転入より転出の方が多く、システム的に想定していなかったトラブルとのようです。
ドコモも大幅な転出増。現在のところ一人勝ちしているのはKDDIだそうです。

ソフトバンクには泣きっ面にハチというか、例の「通話料、メール0円」広告に対して、
公正取引委員会が景品表示法違反の疑いで調査しているとの報道がありました。
まぁ、処罰については最終的にうやむやになるとは思いますが、
決してお得ではないという印象は、消費者に植え付けられる結果になると思います。

現在の結果は、携帯電話を選ぶ時、社会人等であれば、
料金プランとかを比較検討して選ぶということもあるが、
若年層ではブランドイメージと欲しい機種に
依存することが多いということなのでしょうか?


本当にお得なのかよく考えてみよう

2006-10-30 09:08:50 | Weblog
携帯電話のMNP制度が始まり、携帯市場に大きな変動が起きています。
このMNP、携帯電話のキャリア(ドコモなどの接続会社)を変えても
電話番号が変わらないという制度で、携帯を変えたいけど電話番号が変わると不便という人たちから、
長い間待ち望まれていた制度です。

各社ともこの制度による機種変更を目論み、さまざまなキャンペーンを展開しています。
そんななか、制度実施直前のサプライズでソフトバンクの一人勝ち状態のようです。
制度開始直前にどこかの雑誌だかで、ソフトバンク一人勝ち予想が出ていたのですが、
蓋をあけてみるとまさにその通り。
一人勝ちの原因となった0円プランはソフトバンク内でも上層部しか知らず、
末端の販売店では店員も寝耳に水という状態だったそうで、
この記事を書いた人は、上層部に情報ルートをもっていたのでしょうか?

さてこの0円。但し書きがごくごく小さく書かれているそうです。
早い話が、0円ではなく、ローンで購入した時最初の三ヵ月は支払いが始まらないことと、
頭金を割賦金に繰り込んでいるので、最初にお金を払う必要がないというだけ。
最終的には払わなければならないものなので、決して0円ではありません。
その他、ソフトバンクが圧倒的にお得なように見せている数々の割引制度、
ドコモやKDDIからも突っ込まれていましたが、
一定の条件をクリアしないと却って他社より割高になるというもの。
逆に、そのような不利な条件が事前に周知徹底されないよう、
突然発表したキャンペーンなのでしょう。

まぁ、保険などでも、消費者に都合の悪い条件は読みづらくなっているのがお約束。
だいたい、本当に0円などにしてしまっては商売が成り立たないのは明らかで、
何らかのウラがあるのは自明の理です。
甘い話には安易に飛びつかず、よく考えて賢い消費者になることを心がけたいと思います。





行徳防犯フェスタ2006

2006-10-29 22:44:35 | ライブスチーム
市役所・警察共同で行われた行徳防犯フェスタ。
会場が行徳駅前公園ということで、
市川蒸気鉄道クラブにも臨時運行の依頼がありました。

そんなわけで、本日は午後3時間ほど臨時運行。
ところが、事前の案内不足か好天で皆遠出をしてしまったのか、
運転会どころか、肝心の防犯フェスタの方も人出がまばらです。
いつもなら柵の外まで並ぶ乗車待ちの列も、
今日は待ち時間ほぼ0分。
乗客がいないため、満員にならずに発車する列車もあったほどです。

今日来場されたお客さんはラッキーでした。
次回は11月の定例運転会。
12日の日曜日になります。

おめでとうございます

2006-10-27 09:36:28 | Weblog
プロ野球日本シリーズで、日本ハムファイターズが、前身の東映フライヤーズ時代から数え、
44年ぶりに優勝。とりあえずおめでとうございます。
東京ドームでの巨人との同居で、これといって特色のなかった日本ハムが、
北海道に移り地域密着型球団として人気を集め、
3年で日本一にまで登りつめたことは喜ばしいことでしょう。
近年、大陽ホエールズ(現横浜ベイスターズ)の横浜移転をきっかけに、
千葉ロッテマリーンズ、東北楽天ゴールデンイーグルスと、
地域密着型球団が地元民に愛されて発展するというのは、
テレビ放送の多い特定球団に人気が集中するよりいいことだと思います。

ただ、市民球団である広島東洋カープが、その都市圏人口の少なさから
観客動員に悩んでいることなど、地方都市では経営的に難しいかもしれません。
また現在のような、娯楽の多様化した時代では、
戦力不均衡やレベル低下の今のプロ野球では、
かつてのファンにすらそっぽを向かれる状態で、
何らかの抜本的解決が必要だと思います。

さて、この日本シリーズ。
今回日本ハムは44年ぶりの日本一でしたが、破れた中日はなんと52年ぶりの
日本一を逃したことになります。
7度日本シリーズに出場しながら、日本一は1度だけ。
半世紀以上日本一になっていません。

意外なことに阪神タイガースも、5回日本シリーズに出場しながら
日本一は1度だけ。21年間日本一から遠ざかっています。
広島東洋カープが22年間日本一なし。
他の8球団は10年以内に日本一になっています。

以外なのは横浜ベイスターズ。
日本シリーズへは、出場経験のあるチームの中では最小の2回。
しかし日本シリーズではなんと11球団中最高の勝率8割を誇っており、
2度とも日本一になっています。

唯一日本シリーズ出場経験がないのが東北楽天。
チームができたばかりなので仕方がないこともあるのですが、
前身ともいえる近鉄バッファローズ時代は4回出場して日本一はなし。

名将と呼ばれた西本監督時代にも、日本シリーズだけはなぜか勝利の女神にみはなされていました。

パリーグでは、ここ数年、チーム力自体ではホークスと西武ライオンズが
一歩抜きん出ていますが、プレーオフのおかげで優勝は年替わりになっており、
人気が出る元にもなっています。

セリーグでもチーム力では中日と阪神が一歩リード。
シーズン前にだいたいの順位が予想できてしまう状態です。
来シーズンからのプレーオフ導入により、
いい方向でペナントレース争いが面白くなることを期待します。



なんでこんなことに?

2006-10-26 09:24:25 | Weblog
富山の高校で発覚した必修科目未履修が、
全国でも続々と発覚、1万名以上の生徒が該当しているそうです。

これは、社会の科目が学習指導要領の「世界史必修と他一科目履修」という規定を、
合計で一科目しか取得していなかったり、世界史を履修していなかったりということで、
このままだと高校卒業の所用単位がとれず、高校卒業資格がもらえないということになります。

今回の騒ぎは、学校側がそもそも必要所用単位を考慮した時間割設定をしておらず、
生徒には何の責任もないというのが問題のようです。
学校側はゆとり教育や週5日制の導入でそもそも授業時間が足りず、
受験に影響度の少ない課目は切り捨てざるを得なかったということですが、
中には必要講座を履修させたように虚偽の申告をしている学校もあり、
単なるミスではなく、承知の上での行動だったようです。

学習指導要領は時代に連れ変わっていくものなので、今がどうなっているのか
よく分りませんが、私の頃は社会は必修という課目はなく、
倫理・社会/政治・経済/世界史/日本史/地理から2課目選択でした。
いつのまに世界史が必修になったのかは知りませんが、
むしろ(正しい)日本史を必修にする方が必要だと思います。

この日本史、私の高校ではちょっと変わっていて、江戸時代後期あたりから始め、
現代まで行くとぐるりと回って古代へ戻り、江戸前期で終わるというものでした。
これは、文部省(当時)の意向により大学受験では近現代史は出題されないので、
忘れてしまいやすい前半にやってしまうという受験対策授業でした。
もっともそのおかげで、通常は時間がなくてほとんどできない
(古代から開始すると、通常江戸後期くらいまで1年が終ってしまう
これを考慮して文部省では受験範囲から外すよう指導しているそうですが、
本音は日本の近現代の黒歴史を隠したいのだろうと思います)
出近現代史の授業をきちんと受けられたということは、
却ってよかったと思います。

気になるのは、この必修単位未取得が今年からの話なのか、以前からあるのか?
以前からあるとしたら、当然厳密には高校卒業資格を満たしていない卒業生が存在するわけで、
そうなると、大学入学資格すらなかったことになってしまいます。

何らかの特例措置で生徒には不利益が生じないような方策を考えて欲しいものですが、
そもそも、文部科学省の指導要領自体が生徒のことを考えたものに、
速やかに是正されることを望みます。


特別攻撃隊

2006-10-25 09:26:05 | 薀蓄
1944年10月25日、関行男海軍大尉率いる神風特別攻撃隊敷島隊が、
フィリピン近海でアメリカ海軍艦隊に体当たり攻撃、
護衛空母他数隻を撃沈するという特攻による初戦果を上げました。

もともとこの特別攻撃というのは、命令を出した大西滝治郎海軍中将の心積もりでは、
連合艦隊のレイテ海戦において、アメリカ空母を傷つけ艦上機を一時的に使えなくする
という目的のために行なったとされています。

ところがそのころの練度の落ちた日本軍の航空隊では、
アメリカ軍の防空体制の充実もあって、敵艦隊上空にたどり着くことすら難しい、
ましてや戦果など望むべくもないところへ、わずか数機のゼロ戦が大戦果を上げてしまったので、
思考の膠着した陸海軍首脳部が、他に有効な戦術も思いつかないまま、
安直に一億総特攻という兵士どころか
国民の命まで弾代わりにするという暴挙に出、
最終的に6000人以上(諸説あり)の人間が、考えつく限りの方法で
殺されました。

この特攻第一号とされたのは、海軍兵学校出身の関行男大尉(戦死後中佐)。
先に特攻出撃・未帰還になったのは、予備学生出身の久納好孚中尉が先なのですが、
戦果確認がされていないということで、関行男大尉が第一号とされました。
これは兵学校出身の職業軍人が率先して体当たり攻撃をしたという事実を
国民にアピールしたかった大本営海軍部の思惑とも言われています。

その後は予備学生や予科錬出身搭乗員を専ら特攻に用い、
兵学校出身者は温存したという批判もあるようですが、
全員が操艦技術を身に付けている兵学校出身者を安易に特攻に使えなかったという
事情もあるようで、戦死率ということであれば、予備学生や予科錬以上であった
年代もあります。

いずれにせよ創始者の大西中将が自ら言った通りの「統率の外道」。
責任者の失敗のつけを安易に末端の人間の命で払うという構造は、
今日の企業社会においても変わっていないかもしれません。

さて、そんな特攻の指導者たち。
大西中将は終戦の翌日、責任を取り割腹自殺しました。
介錯無しの切腹だったため、絶命まで十数時間も苦しんだ跡があったそうです。
第五航空艦隊司令長官として、海軍部隊では最大数の特攻隊を送り出した宇垣纏海軍中将は、
8月15日夕、沖縄のアメリカ艦隊に特攻出撃。
停戦命令が出ていなかったとはいえ、ポツダム宣言受諾後に多くの部下を道連れにして
アメリカ艦隊に体当たりを行なったことは、多くの非難もありますが、
形としては自決の道を取りました。
(実際には機長の中都留大尉の判断で艦船突入はさけ、何もない陸地上に自爆したという説もあります)

うってかわって陸軍の場合、フィリピン戦線で多くの特攻機を出した富永恭次陸軍中将。
「諸子だけを送り出すのではない、最後には我も後に続く」といってさんざん特攻隊を
送り出しておきながら、旗色が悪くなると多くの部下を現地に残して、
自分だけ命令もなしに飛行機で内地へ敵前逃亡。
本来なら軍法会議で銃殺ものですが、東条英機の腰巾着だったため、
予備役編入だけでうやむやにされてしまいました。

ところでこの「神風特別攻撃隊」。
一般に「かみかぜとっこう」と言われていますが、
正式には「しんぷうとくべつこうげきたい」。

徴兵でかき集めた兵士や一般国民の命を盾に自分たちだけの保身を図るような連中が支配する国では、
あきれて神様も風をふかす気にはならなかったでしょう。


尻押し部隊

2006-10-24 09:00:26 | 鉄道関連
1955年の10月24日、当時の国鉄新宿駅でアルバイト学生による旅客整理係が登場しました。
俗に言う尻押し部隊です。
尻押し部隊は他駅や事務職員の助勤もあり、
アルバイト学生だけという訳でもなかったのですが、
数が多かったためか、大学生によるアルバイトというイメージが強くありました。

民鉄各社の場合は知りませんが、旧国鉄では時給は最低賃金ギリギリという薄給で、
やはり鉄道が好きという人でないと、なかなか務まらなかったと思います。

「学生班」と呼ばれた旧国鉄でのアルバイト学生の勤務には、ホームでの乗客整理の他、
けっこう多岐に亘った業務を担当していたものです。
前述の尻押し部隊でも、徒手でただ乗客整理に専念するものから、
フライキと呼ばれる赤旗(夜間は合図灯)を持って、戸締め合図をするもの、
ホームでの案内放送など、その駅や雇用形態によって、いろいろな仕事をこなしていました。

現在では、列車本数の増加や迂回ルートの増加で、当時よりは首都圏の通勤時間の
混雑率は多少減少していることと、乗客・荷物が挟まった扉のみを小開扉する機能が
できたおかげで、尻押し部隊の出場機会は減ってきたのではないでしょうか。

私も以前、旧国鉄山の手線内の某駅でアルバイトをしていたことがありますが、
当時は通勤客も、最後は押してもらうことを前提に、強引に乗り込んでいた感があります。
その分、体や荷物にこちらの手が触れても当然文句など出ませんでしたが、
今だったら、さわりどころによっては「セクハラ」だのなんだのと、
大騒ぎになるかもしれません。

その他、整列乗車ができなくなったとか、降りる人間を押しのけて空席めがけて
突進するとか、何かトラブルがあると居丈高にやたら職員にあたりちらすとか、
乗客としてのマナーが著しく低くなってきている気がします。

日の丸・君が代に強制的に敬意を払わせるより、社会生活の最低限のマナーを徹底させる方が、
よほど「美しい国」創りに相応しいと思います。




新潟中越地震から2年

2006-10-23 09:02:28 | 薀蓄
2年前の今日、10月23日の午後6時頃、新潟中越地震が発生しました。
ちょうどその時はテレビを見ていたのですが、
自宅でもかなりの揺れ。「これは大きいな震度4くらいかな?」と思って、
テレビの速報を待っていたら、震源は中越地区でかなりの大規模な地震という
報道にびっくりしました。

結局、殆どの局で通常の番組はキャンセル、特別番組にさし変わりました。
事態がはっきりするに連れ、被害の大きさも伝わってきましたが、
感心したのは、被災者の方々が、諦観と言うか「天災じゃ誰に恨み言言っても仕方ない」と、
事態をあるがままに受け止めていたこと。
阪神大震災の時は、被災者が「全て国が個人的被害を補償しろ」と声高に叫ぶ姿を
仄聞していましたので、やはり土地柄の違いかなと思いました。

私の親の世代では、辛い仕事をやっているのは新潟出身者が多い、
新潟出身者の忍耐力と頑張りは尋常じゃないという認識があったそうです。

我が市川蒸気鉄道クラブでは、そんな被災地の方々に少しでも明るい話題を提供しようと、
会員の発案により翌年の5月に長岡市で復興支援運転会を行ないました。
この時は関越自動車道や、会場となったハイプ長岡周辺でも、
地面の亀裂や歪みなど、地震の爪あとが数多く残っていました。

この運転会が縁で、今年の5月にはイベントの一環として長岡市から
ミニSL運転会を依頼され、2年連続で長岡での運転会となりましたが、
加熱自動車道はほぼ修復が完了し、地元でも徐々に復興が進んでいるのかな
という感じがしました。

もっとも、長岡市内しか見ていませんので、周辺の過疎地区ではまだまだ地震以前の
状態に戻るのは先と思われますし、残念ながら中には二度と元に戻らない場合もあるでしょう。

思えば長岡と言うのは戊辰戦争のころから、たびたび戦禍に巻き込まれたところ。
今回も悲しみや苦しみを乗り越えて、大きく発展して欲しいと思います。


片付け

2006-10-22 23:18:19 | ライブスチーム
今日は市川蒸気鉄道クラブの作業日。
久々に第2レイアウトである高松鉄道での作業となりました。
まずは線路清掃。5ヶ月振りということで、線路も落ち葉で埋まっています。
竹箒で落ち葉を掃き集めるだけで、見違えるようにきれいになりました。

その後は本日の主目的、クラブハウス内の片づけです。
このクラブハウス、物置と化して幾星霜、容易に中にはいることも出来ない
状態になっています。
今回は、これを片づけ、小屋内で簡単な工作等が行える状態にしようというものです。
まずは、物品の搬出。とりあえず絶対に必要なもの以外は一度外に出します。

模型工作をやっていると、半端な板きれや金属片でも、
「何かに使えるかも」と、ついつい棄てずに取っておいてしまいます。
しかし、実際には有効利用されることはまれ、場所塞ぎになっていることが多いもので、
今回も、当面必要のなさそうなものは、思い切って棄てることにしました。

結局小屋内の収納物が半分くらいに。
まだ整理できてない部分もありますが、
やっと、小屋内に工作機械を設置する目途が付きました。

よく言われていることですが、片づけの極意は「棄てること」。
この伝で行けば自宅もかなり広くなるはずなのですが、
棄てるに忍びないものが多すぎて、こちらは全く片づけが出来ません。


ナイアガラ

2006-10-19 14:19:59 | 鉄道関連
仕事で出かけたついでにナイアガラに寄りました。
といっても、もちろん北米出張などではなく、
祐天寺へ行く用事があっただけです。

このナイアガラ、知ってる人には今さら説明の必要もありませんが、
鉄道ファンであれば店の名前は知らなくても、
そんな店があるということくらいは噂に聞いたことがあると思います。

で、一応説明しますと「カレー店」です。
ただ、外装内装が鉄道グッズで固められているだけ。
店の前にはD51の煙室扉が。店内は壁一面に蒸気機関車のナンバープレートと
サボ、色紙(日本全国の駅長の色紙がほとんど)。
座席は近郊型のボックスシートをそのまま使っており、
1A(窓側)・1B(通路側)などの座席位置プレートもそのまま使われています。

カウンターもありますが、基本はこのボックス席。
店内を半周する模型機関車がカレーを運んできます。
また、ここではマスターを店長ではなく駅長と呼ぶお約束。

味の方は高級店や専門店並みというわけには行きませんが、
話のタネにはなる店であることには間違いありません。