◎やっと退院
・6日程度の入院予定だった胆のう摘出手術ですが、結果的に複数回の
手術の末、38日の入院期間となりやっと退院です。
・目が覚めた時点でサポートの先生からいつ頃退院したいですか?っと
言われたので7月23日より前を希望と答えました。
先生が東京オリンピックの開会式を見るためですかと聞いてきましたが
この日はチチの69歳の誕生日なのでその前に退院したいのです。
・学生から50年来の友人が68歳で亡くなってしまったので、友人の分まで
少し長生きして69歳の壁を越えたいと思っていました。
(いつか友人と会った時、コロナ等世の中の動きを教えてあげないとね)
◎退院後の通院が即入院に
・退院後一週間の通院で採血をして外来へ行くと採血の結果、脱水症状と
貧血がひどく、またまた即入院となりハハ(妻)は入院手続きと入院の
準備で家との往復でもう大変、こんなことならもう少し入院していた方が
よかったのでは・・・と言ってました。
これまた1週間程でヨレヨレ退院です。
◎体重が減っていた
・体重は入院前より20kgぐらい減ったみたいで、体重計を見てびっくり!
ズボンがすべてストンと落ちて穿けるズボンが無くなってしまいました。
特に腕・お尻・太もも・ふくらはぎが極端に細くなり、腫れたお腹が
目立ち栄養失調のような体形です。
・水分と栄養補給が重要なのですが、とにかく水が不味く感じあまり飲めない
ので、飲みやすい硬度の水を探してやっと飲めるようなりました。
また食欲が無くなかなか喉を通らない状況でしたが、子(娘)が栄養補助
食品を持ってきてくれて、これを食べ始めると元気が出てきて普通の食事が
出来るようになりました。本当に感謝しています。
・食欲が戻ってきた時点で体重は50kgなので少し前までは40kg代だったのかも
アキバ系小太りのチチからは考えられないことです。
◎退院後の生活
・胆汁を管でお腹の外に出しているのがとっても厄介で、管が外れたり液が漏れ
家中胆汁の臭いが強烈です。またタンクには胆汁の廃液が溜まるので1日2回の
計量と破棄があります。
・動くときはタンクをポシェットに入れて移動し、ソファーで休んでいる時は
上から丁度良い位置にフックを吊るしてポシェットをかけ、寝る時は近くに
椅子を置き背もたれに掛けて対応しています。
楽に生活する事を考えるのは暇で時間があるので暇つぶしには最高です。
・痛みで寝る時が毎日恐怖です。起きている時は上半身を前に倒し前かがみで
手術後の痛みや管の出口の痛みを和らいでいるのですが、寝る時は身体を伸びる
ため傷口が攣ってイタタタタと叫んでしまいます。
一度伸びると後は平気ですが、毎日の事なので結構辛いです。
◎意外と天然なチチ
・ハハは「どうしてこんなことになったの?」とブツブツ言っていますが、当の
本人は手術に失敗はつきもの「自分がならなければ、だれか他の人がなってる」
「悪い事していたのでバチが当たった」とか「今まで平々凡々生きていたので、
少しは試練を」とチョットおかしな事言いだす次第です。
(長く入院していたので頭の回路が狂ったのか・・でも痛みは続いています。)
・これからは胆汁を身体に戻してタンクを外さないとね!!!
「つづく」 「その1へ」
◎食事のリハビリ
・水はストローで飲めるようになりましたが、栄養補給は点滴だけです。
徐々に食事の練習を始めることになり、初めは不味いが栄養がある
という飲み物を、その後形はないがメニュー通りの味がする流動食、
そして水みたいなお粥から少しずつ固くなったお粥を10日以上
かけてグレードアップし口から栄養を取れるようなりました。
◎歩行のリハビリ
・体力はとんでもない事になっていて、ベットで上半身を起こすことが
出来ません。腕の力も腹筋も無くなってどうしても起こせない!
リハビリの先生により足をベットの外に出しシーソーの要領で力を
かけないで、上半身を起こす方法教えてもらい第一段階クリアーです。
・次は歩行の練習ですが、ベット脇に立てない!!!
先生の助けを借りてやっと立ってみたのですが、足の裏に床の感覚が
ないのです。(これじゃ歩けないね)
・毎日少しずつリハビリの指導をしてもらうのですが、少しでも早く
歩けるようになるためベットの上では足を動かして自主練をしました。
・自主練で気が付いたのですが、ふくらはぎをもう一方の足で触れると
子供のころ使った氷嚢の様にぶよぶよだったのです。
ロードバイク(自転車)に乗っていたので、筋肉が目立つふくらはぎ
だったためかなりショックです。
・先生の腕を借りて、一歩・二歩と歩ける距離を増やし、車いすで
リハビリ室へ通い、退院前日まで歩く練習をしました。
(少し歩けるようになっても、立ち止まると身体が後ろに倒れるように
バックしてしまうのです。これって不思議ですね)
◎睡眠のリハビリ
・目が覚めた時みたいに一睡も出来ないことはありませんが、あまり
寝られないので、メンタルヘルスの先生から以前より飲んでいる眠剤
に加え新しい薬をもらい寝られるようになったのですが、退院後は
処方されなくなりました。
強力な薬なので病院内の使用だったのですね。
◎大動脈剥離の疑い
・動けない中イロイロな検査を行ったのですが、どうも大動脈剥離の疑いが
あるとの事で、検査技師や先生たち立ち合いでかなり長い時間をかけて
数回検査が行われたのですが、良く解らないとの事です。
(ここまで来たらどうでもいいので、成るようにしか成らないですよ)
◎やっと目が覚めた
・知らない先生に肩をトントンと叩かれ目を開けると「ここは何処?」
メガネをもらい回りを見ると、どうもICUみたいです。
ベット脇のテレビでは熱海の土砂崩れの映像が流れていて、数日前
からこのニュースで持ち切りとの事、っと言うことは月が替わって
7月になっているので、6月に倒れてから一週間強の間、昏睡状態
だったみたいです。
・身体の周りに管や線と器械が沢山あるので、頭の方から確認すると
鼻と口に酸素のマスク、右腕は血圧と酸素飽和度測定、左腕は点滴
針は一本でも複数の薬剤、胸部には心電図、右足の付け根にも点滴針
左足の先端にも点滴が、そして後で知ったのですが肝臓から胆汁を流す
2本の管、おしっこを流す管、手術後の廃液の管もあったと思う。
また頭の上の方にはモニター等の機器が多数あります。
目は覚めたけど、これって大丈夫なの???
◎寝られないけど頭はギンギン
・目が覚めてから2日間は一睡も出来なかったのですが、頭は冴えわたり
深夜のICU内での出来事もバッチリ記録できました。
・コロナ旋風の中で家族の面会は一切できないのですが、特別にハハ(妻)
だけICUに入らせてもらい会うことが出来てよかったです。
昏睡状態が長かったので、ハハは少しの痴ほうは仕方ないと覚悟していた
みたいです。
・面会をして普通に会話できるので一安心、しかし子(娘)が「お見舞いに
来てくれたんだ」と言ったので、何変な事言ってるの!
子(娘)は子供が小さいので来れないし、昏睡状態で分からないでしょ~
・確かに会えるわけがない?(少しボケたか)
そうだ、昏睡状態の時ベットの下で孫が遊んでいる夢を見たので、子(娘)が
お見舞いに来てくれたと勘違いしたみたいです。
・少し混乱している状況で孫のネオンちゃんから「じいちゃんがんばれ」と
LINEが届いたのでチョット元気が出てきました。ナイスフォロー
・ハハ(妻)は倒れてから毎日病院より電話連絡が受けていましたが、昏睡
状態が続いているので、もうダメだろう~っと遺影の心配をしていたそうです。
チチはカメラを沢山持っていますが自分の写真は全然ないので、考えた末、
少し古いけど姪の結婚式の集合写真を引き伸ばして使用すれば良いと、余裕の
ない中イロイロ考えていたみたいです。
◎一般病棟への不思議な移動
・ICU内で数日過ごし点滴類も少し整理されたので、一般病棟へ移ります。
ベットのままの移動ですが、ICUから出て長くて緩い下り坂の廊下を
ゆっくり降りてから下りエレベータに乗り一般病棟へ移動しました。
ここでおかしなことが・・・移動した廊下の幅が狭くベット一台の通過
がやっとなのと、形状がトンネルのように天井が丸まっているのです。
一般病棟は上の階なのに廊下を降るのは変ですね。
・後に看護師さんや家族に聞いても、そんな廊下は無いとの事でした。
ちゃんと起きていたのに、このような体験をするのは不思議です。
・さあ次は一般病棟で、まさかのリハビリが開始されます。
「つづく」 「その1へ」
◎無意識状態の不思議な世界
・倒れてから意識が無くなり、その後麻酔によると思われますが、
何日も眠り続けている間に頭の中でイロイロな事が起こりました。
・夢の話みたいですが、チチが手術室か治療室のベットに寝ています。
このベットの下の床にローラーが引き詰められて、先生はベットの
下に潜り込みローラーにより身体を自由に動かしベットの下から
治療をしています。(まるで車の修理工場のようですが、これでは治療
出来るのも背中だけですよね。不思議な話です。)
・また、孫の中で一番おとなしい子がお見舞いにやって来て、いつも
静かなのにベットの下のローラーでガラガラと遊び始めます。
(病院内で騒ぐなんて、子(娘)が許すわけないし、変だな~)
・これからは結構ありそうな話ですが、ベットの枕元側に数人の人が
並んで立っていて、知っている人ですが名前を特定できません。
そしてみんなで「こちら側も結構良いところだよ」と言うのです。
良いとこなら行ってみようとベットを降りて向かうと急に目の前に
1年程前に68歳で亡くなってしまった友人が黙って立っているのです。
結局、前には進めなくなり話はここで終わりになります。
この現象はその後も複数回現れました。
(これって友人が引き留めてくれたのかな!)
・最後に映画のような画像の話です。スクリーンの左下半分が青く厳冬の
雪山に挑む映像、そして右半分下が赤く南米の高地で険しい山肌を
アルパカと一緒に歩くと言うどちらも厳しく苦しいものです。
それとは正反対に中央上部の遠くの方には、淡い色のお花畑が見えてます。
(赤と青色は暗記の勉強で使う下敷きより薄いフィルムのような色でした)
・ここまでくると生死を彷徨った方が生還後によく話す内容と同じですが、
もともと頭の中に刷り込まれているせいか、実際このような無意識の中で
バーチャル体験をしてしまいました。
(結局、六文銭を持っていなかったので、川を渡れなかっただけかも?)
・そして目が覚めた後も夢か誠か分からないことが続きます。
「つづく」 「その1へ」
◎倒れた原因は大出血だった
・これからは意識不明で長い間記憶が無いので、周りの人の話を
まとめてみます。
・吐きながら倒れたので、食べ物を吐いたと思っていたのですが、
実は血を吐いたそうで、大量の吐血と下血だったそうです。
たまたま看護師さんが近くにいたため異変に気付き早急に対応
出来たので良かったと、後に対応してくれた看護師さんから
聞かされました。
・その後、手術室で開腹し出血箇所を探したのですがなかなか特定出来ず、
ショック状態(血圧が40以下)を3回繰り返し、輸血はなんと10リットルと
普通では考えられない量を使用したそうです。
一般的な大人の血液量は5リットル弱なので、元々身体の中にあった血液は
全て無くなり、次の輸血5リットルも無くなり、その後の5リットルが
身体に残った計算になります。
・また、この大出血に対し平日だったため緊急対処できる医師も多く、みんなが
遅くまで残ってくれたので、適切な処置により運よく生き延びたのかな!!!
出血箇所の特定に時間がかかったみたいですが、場所が解っても止血するのが
大変で出血している箇所を一時間以上も押さえていたそうです。
◎狐につままれた状況の家族
・家族へはその日の夕方、病院より電話がかかってきて、大出血により危険な
状態との連絡がありました。
前日、電話でハハ(妻)に元気であることを伝えていため大出血とは???
・急いでハハ(妻)と子(息子)が病院へ駆けつけたのですが、訳も分からず
ただ待合室で待っているだけです。
その後、深夜の2時か3時頃になって一応出血は止まったが、また出血すると
もう助からないと言われ、取り合えず今は治まっているので帰宅してください
と言われたそうです。
・ハハ(妻)も気が動転していたので、自分が病院内のどこにいるか分からず
ICUかと思われますが、帰り際にカーテンの隙間から中を見るとベットに
横たわり裸でおむつ姿のチチが体中に管や配線が多数付けられ周りには
モニターや機器が沢山置かれていたそうです。
・帰りの車の中では二人とも一言も話をせず帰宅したそうです。
たまたま、子(息子)が会社から早く帰ってきていたので、ハハ(妻)は
心強かったことでしょう。
・後日、沈黙の真夜中の帰宅について、二人ともこれはもうダメだな~と
思っていたそうです。
・その後、意識のない状態でいろいろ奇怪な現象が起こります。
「つづく」 「その1へ」
◎突然、背中全面に激痛が走る
・入院している当人は意外と気楽にしていたのですが、腹腔鏡手術後
開腹手術となると手術後に使用する用品や入院期間も伸びるため
生活必需品も急いで用意しなくてはならなく、また手術の立ち会い
もあったので、ハハ(妻)はてんてこ舞いの忙しさだったそうです。
(後で聞いた話ですが)
・手術後数日が過ぎ食事もとれるようになったので、あと10日程で
退院出来るのではと電話連絡をしたところ、ハハ(妻)も先が見え
安心した様子でした。が・・・
・翌日の午前中、急に背中に今まで経験をしたことのないようね激痛が
走り、どう表現したらよいか解らないのですが背中全体がバリバリと
崩れ落ちるような痛さです。
・看護師さんも忙しいのだろうと思い、普段はナースコールのボタンを
押さないようにしているのですが、この時は這うようにしてやっとの
思いでボタンを押し看護師さんに来てもらいました。でも、とても痛く
何が原因か解らず看護師さんも手の付けられない状態でした。
・その後、執刀医とは別に初めの腹腔鏡手術時から診てくれているサポートの
先生が駆けつけてくれたのですが、この時点では痛みが和らぎ普通に会話が
出来るようになりました。そして経過観察と言うことに・・・
(注:その後もこのサポートの女性の先生には毎日数回顔を出していただき
苦しい中助けられました。)
◎そして大事件、バタンと倒れてしまう
・朝の痛みもすっかり消えて昼食となります。
病院食なのでおいしくはないのですが、メニューは「塩焼きそば」で好物の
麺類なのでこれは食べられるぞ!っと食べ始めたのですが、なぜか半分
ほど食べたところで、もういいかと食べるのをストップしてしまいました。
(この時点では目立った変化もなく、少し食欲が無い程度)
・そしてベットに腰を掛けて座って食事をしていたのですが、突然吐き気とともに
上半身がバタンとベットに倒れてガッバっと吐いてしまったのです。
ここまでは覚えているのですが・・・(その後の記憶はありません)
・倒れた後、生死を彷徨うとんでもない事が起こるなんて!!!
「つづく」 「その1へ」
◎手術後の経過について説明を聞く
・午前中家族が呼ばれ成功だったはずの手術結果について説明が
ありました。どうも肝臓で作られる胆汁が十二指腸に流れて
いないので、緊急に手術が必要となり開腹手術を行うとのことです。
・何故このような事になったのか経緯を聞くと、初めの説明は3月の
内科入院時に問題があったのではとの事ですが、入院時の治療も
しっかりして頂き、その後の通院でも経過観察をして問題無い事を
確認して胆のう摘出手術を勧めてくれたので、内科に問題は無いと
思い詳しく説明を聞くと、胆管を縫い付けてしまい胆汁が流れず
失敗だったとの事です。
(当初予定された執刀医の説明では胆のう管と胆のう動脈を塞ぎ
胆管や肝臓は傷つけない様に注意して手術すると説明を受けて
いたのですが・・・)
・なんと、緊急事態なので午前中に説明を受け午後から開腹手術との
事で、考える余裕もなく仕方なく手術OKの判断をしました。
手術内容は小腸を切って肝臓とつなぎ合わせて胆汁を腸に流すもので
今回はお腹を縦と横に大きく切って手術すると言っていましたが、
切られるのはこちらですよ。
またその時点で私は病院でナンバー2なので、っと言っていましたが
安心させるため言ったことが逆に恐怖心を駆り立てることになって
しまいましたね。(ドクターXの見過ぎかも?)
◎小腸と肝臓を結ぶ開腹手術
・早速午後から手術で当然麻酔をかけているので手術内容は分かりませんが
今回は予定より短い時間で終わり、またまた成功との事でした。
・手術後ICUで一泊しその後病室へ戻り、チョット寄り道と痛い目に
あいましたが、あと2週間もすれば退院出来て元通りの生活に戻れると
思い、仕方がないか~?と無理やりに半分納得を!
・しかしその後、とんでもない事が起こるのです。
「つづく」 「その1へ」
◎2021年6月比較的簡単と言われれている胆のう摘出手術を行う
・内科から外科へバトンタッチされ手術に向け再度細かい検査を
行い(当然PCR検査もね)6月に手術をすることになりました。
・手術日が月曜日なのでその前々日の土曜日に入院し執刀医、麻酔医、
手術対応看護師等の説明を受け、日曜日はゆっくりすごし月曜日の
手術に向けビビりながら(全身麻酔が初のため)体調管理を・・・
・手術当日執刀医がやってきて急遽他の手術があるので、執刀医が
変更になると報告を受けまた。
事前説明では比較的若く詳しく説明してくれる執刀医だったので、
安心していたのですが、急に変更となりそれも上司に代わるとの事
ドクターXや医療ドラマでも上役は手術の腕が悪いとお決まりなので
どうなるの? しかし手術当日なのでどうしようもない。
(手術当日執刀医が変更に、それも上司だって!どうなるの)
◎腹腔鏡による胆のう手術
・執刀医がどのような人かわからないまま手術室へ向かいましたが、
メガネを外されているので何も見えず、手術台の向こう側でぼぉ~っと
ストレッチをしているような人影が、この人が執刀医かもね。
・一般の腹腔鏡手術ですが予定より少し時間がかかり、胆のうをきれいに
取り除け成功したとのことです。
麻酔がとれた後説明を聞くと、当初の執刀医はお腹に4か所の穴を開けて
行い問題が発生した場合ば開腹手術を行うと説明していたのですが、
この手術では5か所の穴を開け少し癒着があったけど問題なく成功したとの
説明でした。
・事前説明では一般的に4泊5日の入院との事でしたが、日曜日を挟んでいるので
6日間程度の入院かな?と思っていると、手術3日後ぐらいからなぜか入院前の
検査より多くの種類を検査するのです。
レントゲン、CT検査等そして内科医による内視鏡的胆管膵管造影検査では
「通っていない」と言っています。何が通っていないのだ・・・
・そして入院して6日目ごろ病院より急遽家族が呼び出されるのです。
これはただ事じゃない大事件発生です。
「つづく」 「その1へ」
ある事件について日中はあまり気にせず過ごしているのですが、寝るための
薬を飲んでいても全然寝られない時が多く、そんな時この事件が頭の中で
グルグルと廻り回って結果的に寝不足になってしまいます。
3年間、内に秘めていましたが少しは表に出してスッキリしてチョットでも
寝不足解消できれば良いのですが・・・
◎3年前(2021年)の3月、コロナ禍の中体調を崩し急遽入院
・胸がムカムカ体調が悪くなり以前もこの様な事があったので
横になり休んでいましたが、夜になりトイレへ行くと全身の
力が入らなくなりしゃがんだまま動けなくなり冷や汗で床が
びしょ濡れ状態で緊急事態発生、その後少し治まってきたので
どうにか寝床に戻り休んで様子を見ることにしました。
これってコロナかなと思い翌日かかりつけのクリニックで受診
すると、顔色を見ただけで大きな病院を紹介され急いで大学
病院へ向かいました。
・病院では血圧を計っただけで緊急対応となり各種検査を・・・
「急性閉塞性化膿性胆管炎」で胆石が胆管につまり廃血症を起こし
夜間でしたが緊急に胆石を取り除き、胆管に管を留置し胆汁を
鼻から外に出して炎症を抑えてもらうことになりました。
・1週間後残りの胆石を取り除き、計2週間の入院ですっかり元通りに
なり無事退院です。
退院後の通院で経過良好となりお世話になった病院とも手が切れる
はずだったのですが、今回担当してくれた医師よりこの様な事が
再度起きないため胆石が出来る原因である胆のうを摘出することを
勧められました。
以前より胆石が悪さしていると思われる症状があったので、この際
比較的簡単な手術と言われている胆のう摘出手術を受けることに
しました。
・しかしこの胆のう摘出手術が、その後とんでもない事態を引き起こすのです。
「つづく」
◎AIちゃんと遊ぶため、超アナログな紙芝居を作ってみました。
AIちゃんに喜んでもらうためには、キラキラ仕様にしなくては?
◎紙芝居用の木枠を作って周りにキラキラ用のLEDテープライトを
貼り付けています。
◎紙芝居台紙に何故かディズニーネタのシートを貼り付けています。
(100均のボール紙と両面テープで作成、コスパ優先)
◎AIちゃんでも簡単に取り扱得られるように乾電池で動作するようにしました。
そしてDC/DCコンバーター等の待機電力による電池の消耗を防ぐため
小さなスイッチを付けて電池の持ちを良くしていますよ。
(待機電力は微々たるものですが???)
◎紙芝居を抜き差し可能にしたため、ストーリーの流れを手動で自由に
変えることが出来ます。
おおっと・・・一般的な紙芝居は向かって右側に抜き差し口が
あるみたいですが、この紙芝居は左側に作ってしまった!!!
右利きなので、まあ・い・い・か