音楽の続きのようなものです。森田×太田ふえろ。
初めて森田の歌声を聞いた時、俺は自分の中で何かがザワつき始めたのを確信した。よく分からない、名前の付けようがない気持ちは森田が歌い終わるまでずっと騒がしくて...いや、歌い終わったって騒がしいままで、その鬱陶しそうな黒髪から見えるメガネの奥ではどんな顔してギター弾いてやがんだ、と。
分厚いレンズ越しの表情なんか分かるはずもなく、その小さな小さな興味心は俺の中で次第に、だが確実に大きくなっていった。
「ライブ、楽しかったですね太田君!」
さらりと揺れた金髪に思わず視線がいきそうになって、耐えた。視線は窓の外に向けたまま、手元で弄んでいたストローの紙屑がグシャリと潰れる。ゆっくりと森田に視線を向ければ、喫茶店でも外すことがないらしい度入りのサングラスが楽しげに光っていた。
森田が頼んだのはアイスコーヒーで、意外とブラックが好きだって事はさっき知ったばかりだ。対する俺はオレンジに輝くジュース。氷が溶けて薄くなったその味もまた、美味いと思う。
「やっぱり音楽ってスゴい!」
「そうだな」
「ケンジくんは天才ですよ!音楽の天才だ!」
「おまえだって、カッコ良かったよ」
「そんなことないです!僕はまだ、音楽について知らない事ばっかりだ!」
力説する森田はアイスコーヒーを一気に飲み干した。ストローを咥える度に揺れる金色が、何だかコイツじゃないみたいで新鮮だ。
あんなに激しくギターを掻きむしる癖に、いざ褒めると謙遜する森田。らしいな、と思った。
「...スゴかったよ、本当に」
「えっ、エヘヘ...あ、ありがとうごさいます」
「それも似合ってる」
「それ...?」
「髪だよ、金髪」
「あ、ああ!これは、ライブの時はいつも染めてて!」
「うん」
照れたのか少し赤くなった頬っぺがぎこちなく笑う。誰に言い訳してんだが、と笑った俺も、残りのジュースを飲み干した。
それはフェスの翌日。
何となく暇だから、と昨日の余韻を引きずっていた俺は森田を連れ出し、俺たち行きつけの喫茶店へと誘ってみた。そんな、何でもない休日での事だった。
何度かCDの貸し借りをするようになった森田とは友達のつもりだったし、俺は森田という男を何となく理解したつもりでいた。
あの日、初めて古美術の音楽に触れた日からそんなに経ってはいなかったが、森田は特に俺に対しては遠慮が無くなったと思う。もちろんケンジより話しやすいってのはあっただろうけど、それだけじゃない事を俺はわかっていた。
森田の部屋を訪れ、またCDを借りたあの日。強く握られた手に、森田の想いまで伝わってくるようで、どうしてもその手を振り払えなかった。同じ事を他のダチにされようもんなら、それこそ気持ち悪いとすぐに振り払っていただろうけど、何故か出来なかった。そして俺を見つめるコイツの、あの熱の籠った顔は嫌いじゃない。そう、思ってしまったんだ。
二回目に聞いた森田たち古美術の演奏は、最初に聞いたフォークソングってやつとはかけ離れていて、そして森田の見た目にだって驚いた。伸びた黒髪は染められ、分かりづらかった表情はサングラスによってもっと理解できなくなりやがった。
普段はどこかオドオドした男だけど、音楽と、そして俺の事になると大胆になる。森田はそーいう奴だと俺は思っていたのに、だ。
コイツの中にある本能的な部分はケンジと似てるのかもしれない。大胆で、実直で、そして卑怯なんだよコイツらは。
「太田君」
「なに」
カランッという軽快な音と一緒に氷が溶ける。まだ夏には早い気もするけど、窓際に座った俺たちには、外のアスファルトが揺れる景色は夏にしか見えない。視線は外に向けたまま、何となく森田の言いたい事は分かっていた。
「あ、いや...その、ね」
「うん」
「今日は誘ってくれてありがとう。嬉しかったです、僕」
俯く金髪。照れてやがるな、とその頭を横目に、またあの日を思い出す。好きなものを知ってほしいと手を握られたあの瞬間、俺の中にあった森田に対するザワつきは更に大きく、そして騒がしくなったんだ。冷静に考えたら何ともワガママでムカつく野郎だと思う。そしてやっぱり俺はコイツが嫌いじゃない、とも思う。何かに一生懸命なやつはいつだってカッコいいという事を、俺は森田を見て知ったのだ。
窓から向き直って頬杖をついた。照れ隠しなのか、とっくに中身の無くなったストローを咥えている。なあ、と無遠慮に呼んでみれば、驚いたのか、はい!?と声を裏返した。
「...太田君?」
「髪、また黒に戻すのか?」
「え、あ、はい!今日の夕方には」
「ふーん。そっか」
「あの、それがどうかしました?」
「別に......おまえのそーいう姿は、俺だけが知ってりゃいいのにつて思っただけ」
「えっ」
またまた驚いたらしい森田は、ソファーの背もたれに勢い良くのけ反った。サングラスがズレたようにも見える。その様が何だが可笑しくて、やっぱり俺はコイツが嫌いじゃないと確信する。
「も、森田くん、それはどういう...?」
「そのままの意味だろ」
「え、えっ?」
「すげぇ挙動不審」
「っ...も、森田くん!」
ステージに立つコイツはあんなにカッコいいってのに、何故こうも不自然な態度がとれるのか。
自然と、ニヤリとした笑みがこぼれた。
「おまえって、そんな髪色には出来るくせに、俺に対してはけっこう臆病だよな」
「え...」
「俺だって、おまえに俺の好きなものくらい知ってほしーんだぜ、森田」
サングラスで見えなくたって、今コイツは間抜けな顔をしているってことが俺には分かる。間違いなく、強く手を握られたあの時の俺と同じ目で、俺を見ている。
「森田君の、好きなもの...?」
「おう」
「...し、知りたいです」
「んー...まぁ、いろいろあるけど、今はそうだな...バンドの練習してる時に見る海とか、この店の濃い目のオレンジジュースとか...そんで、しばらくは見納めになるその金髪、かな」
「ッ、も、もももっ森田くん!!」
「アハハ、すげぇ声でけぇ」
「わ、分からないんですまだ、僕!自分の気持ちとか、こーいうの初めてで!」
「うん...俺もだよ」
今にも立ち上がりそうな森田を宥めて、震えてるその手に触れてみる。一瞬ビクついたが、すぐに震えは止まった。
「別にいーじゃん。俺もわかんねーけど、おまえとこうしてダベってんのは嫌じゃないぜ」
「うっ、うぅ....!」
「お、おいおい、泣くなよ」
「嬉し泣きですぅ!」
「そっか、嬉しいか」
「はいぃ~!」
握っていた手を離すと、名残惜しいと言わんばかりに、すかさず森田が握り返してくる。あの時と同じく汗ばんではいたが、コイツの好きなようにさせてやりたい。
嫌いじゃない。森田も、金髪も、その態度も、音楽だって。コイツじゃないから、嫌いにはならない。
まるで恋みたいだ、と思った。
おわり。
気持ち悪い森田とそんな森田が嫌いじゃない太田。まだ、恋ではない二人。