妄想と戯言2

完全自己満足なテキストblogです。更新不定期。
はじめに!を読んでください。

はじまり、はじまり。

2019-12-25 22:43:00 | 164作品
最悪の軍司→十希夫のおはなし。軍司視点。相変わらずのタイトル詐欺。















季節は春。
長年俺の後ろを引っ付いて歩いてたはずの幼なじみがいつの間にか俺に憧れ、尊敬の念なんてものを抱き、そして最早崇拝にも似たその感情と共に俺を追って鈴蘭へと入学した、そんな季節。

何だかんだとグリコの圧倒的優勝なんていう形に収まった一年戦争後、二年になって岩城一派を旗揚げした俺の下にも、それなりの数の新入生が集まっていた。
その中でも岩城一派の一年をまとめる男...俺の幼なじみである原田十希夫は、気合いの入った髪型も相まって見た目は立派なヤンキーの部類に入るし、ツンと澄ました表情と醸し出すクールな雰囲気。そして何より、俺の右腕(参謀)のような立ち位置から、その他の不良どもからは『冷静沈着だが澄ましてるイケ好かない野郎』なんて風に言われているらしい。幼なじみの俺からすれば鼻で笑いたくなる噂だ。
普段はいけすかないと言われる十希夫の裏の顔と言ったら、限られた仲間内では年相応な笑顔を浮かべているし、冗談だって言い合う。時にはいたずらっ子みたいな顔してバカ話をする事もあれば、健全な男子高校生らしい反応だってする。ごくごく普通の不良高校生なのだ。

そんな十希夫との出会いは幼稚園に通うよりずっと前。家が隣で母親同士の仲も良いなんて条件が揃えば一つしかない歳の差なんてあって無いようなもので、物心ついた時には常に俺の後ろを、十希夫は本当の弟のように付いて回っていた。
俺はガキの頃から面倒見の良い方だったし、一人っ子だった事もあってそりゃもう可愛い弟分を、これでもかってくらいに甘やかして構い倒した。何処に行くにもその小さな手を握り、何をするにも俺の真似をさせ、そして多少の強引さは否めなかったが「十希夫の一番は俺じゃないとダメ」なんて感情を押し付けていた幼少期。あれよこれよという間に二人の時は流れ、小学校を卒業。そして一年遅れで十希夫が中学に入学した頃には、俺は二年にして当時の海老塚中の頭であり、今まで十希夫の中では『かっこいい兄ちゃん』だった俺は『憧れのアニキ』にまで昇格していた。

十希夫が中学にあがってからというもの、悪いことは大体俺が教えてやった。喧嘩に煙草、今までとは明らかに違う縦社会での振舞い方。そりゃもう、一から十まで、全部だ。元々、勉強は出来た十希夫がそれらを吸収するのに時間は掛からなかったし、要領よく利口な性格がウケたのか、二年になる頃には先輩や後輩からも慕われる影のNo.2『岩城軍司の弟分の原田十希夫』になっていた。
そうなれば『格好良く頼れる兄貴分』なるものを俺は必死に維持しなきゃならない現実と、ある時期から自分の中で確実に大きくなっていた可愛い弟分に対する『想い』が漏れ出さないように、不器用ながらも必死こいて心を殺すようになったのは必然的なことだったんじゃなかろうか。




「軍司おまえ、もう隠す気ないのか?」
「え、何が」
「いやだから、ほら...お前んとこの弟分」
「え?」
「好きなんだろ?」
「...えっ」

そして、その俺の(ムダだったのかもしれんが)凄まじい努力を木っ端微塵にしやがったのは紛れもない、鈴蘭の参謀様だった。


いつもは屋上でゼットンなんかと駄弁っているコメが美術室にやってきた理由はごく単純で「今日あちぃから」と、春にしては確かに顔をしかめたくなる日差しだったから俺も気にせず「そうか」とだけ返して、差し入れだという缶コーヒーのプルタブを開けた瞬間だった。
同じく缶コーヒー片手に外を眺めていたコメは、まるで「昨日あのテレビみた?」くらいの声色とテンションで「好きなんだろ」なんて言うもんだから、誤魔化すだとか言い訳するなんて事も忘れてただただ、何故バレた...という目でコメを見つめ返すしか出来なかった。

「あれ、違ったか?」
「...いや、イヤイヤイヤイヤ!」
「好きなんだろ?」
「すっ...き、とか...ハァ!?」
「ハハハ」
「ンだよっ?!」
「おまえホント分かりやすいよな」

不器用すぎる、と横目で笑われてしまえば、それ以上喋ることが何だか不格好な気がして、それでも不満だって意思表示の為に口をへの字にして黙る。沈黙を肯定ととったのか、はたまた単純に面白かったただけなのか、コメは笑いながらコーヒーを啜りやがる。

「そーいうところだよ、軍司」
「...なにが」
「見た目はどんなに変わっても、中身はまだまだ高校生、ってな」
「...」
「気持ちは分かるが...いや、野郎に惚れるとかは分かんねーけどさ」
「...」
気持ちがさ、駄々漏れなんだよ」
「...そ、そんなに、分かりやすかったか、俺」
「まあ、な」

どこか苦笑じみた横顔が窓越しに空を見つめている。飲み終わったらしい缶を灰皿にしてタバコを取り出したその顔を眺めながら隣に座る俺はというと、叫びたくなっている色んな感情を必死に押し殺して、脂汗をかいていた。たぶん顔はすごーく青ざめている。
バレた。どうする、どうしよう!グルグルとあまり賢くはない頭で考えてみるが、謂わずもがな解決法なんてものが思いつくはずもない。再びだんまりを決め込んだ俺に、やっぱりコメは苦笑いを浮かべて、そして深く細く、タバコの煙を吐き出した。

「まぁ、俺の事はいーんだよ。おまえが誰を好きになろうがさ、俺はどうだっていいんだ。ただ、なぁ...」

手慣れた作業のようにトン、と灰を空き缶に落とす。

「この俺が気づいたんだぜ?軍司」
「......」
「......分からねぇか?」

ゆらゆらと煙が昇る。まるで天井に吸い込まれているようだと、どこか検討違いな事を考えてしまうのは、きっと今のこの色んな状況を俺が受け止めきれていないからだろう。頭の良い人間との会話は嫌いじゃないし、気の知れた奴らの中でも、割と気の合うコメなら尚更のことだ。
だが、今はコメの言わんとする事がイマイチ理解できない。ピンとこない、と言った方がしっくりくるかもしれない。

分かるか!説明しろ!という意味も込めて眉を寄せて真っ直ぐにコメを見つめる。
その視線に気づいたのか、空を眺めていた横顔が分かりやすく歪んだ。すっかり短くなった煙草を缶に落とし、顔だけを俺に向ける。いつもの飄々とした雰囲気が、引き締まっているようにも思えた。
じっと見つめられるが、相変わらずコメの求める答えなんてのは解らない。しばらくの沈黙の後、まるで呆れたような、哀れんだような溜息を吐かれた。

「なンだよコメ。はっきり言ってくれ」
「ほんっとーに、分からねぇ?」
「ああ?」
「...アレ、わざとじゃねーの?」
「アレ?」
「見てたろ、十希夫のこと」
「っ、みて、は...いたけど、よぉ」
「...なぁ軍司」
「なんだよ!」
「俺が言いたいのは.....おまえの右腕だって、馬鹿じゃねぇって...そーいう意味だろうが」

口は笑っちゃいるが、目元は完全に引きつった表情と共に吐かれたその言葉が、理解は出来ずにただの文字となって頭の中でくるくる回る。

‘オマエノミギウデダッテ、バカジャネェ’

「...あ?」
「今まで、わざとやってんだと思ってた」
「いや、待て、は?」
「そろそろアピールでもしてんのかって思ったぜ、俺」
「っ、ちょ、待て!ストップ!」
「だから最初に言ったろうが、隠す気ないのか、って」
「だから!待てって、コメ!」
「はぁ...馬鹿だなぁ、軍司」
「誰がバカだ!いや、ちげぇ!コメ、何て言ったさっき!?」
「だから、十希夫のやつ、おそらくだが感づいてるぜ」
「は...?」
「おまえのキモチ」
「ッ!!!」

あーあ、とわざとらしく天井を仰ぐような仕草の後、もう一度、馬鹿だなぁ、とコメは呟いた。少し間延びしたような言い草にイラっとしたが、今はそれどころじゃない。
バレている。コメに、そして、十希夫に!驚きと焦りとその他色んな感情が一気に沸き起こったが、俺の頭じゃあ整理すら出来そうにない。窓に向き直ってしまった横顔に、思わず詰め寄った。

「まじかよ!」
「マジだよ」
「ほ、本気で言ってんのか?!」
「本気だよ」
「テキトーこいてんじゃねーぞコメ!」
「わざわざ図書室来てまで嘘つくかよ、馬鹿らしい」
「そ、そうだっ何で今日に限って!けっきょく何しに来たんだおまえ!!」
「おい近ェ」

唾を飛ばさんばかりの距離まで詰め寄った俺をウザったそうに一睨みする。立て付けの悪い椅子をわざとらしく引き摺って離したコメは、まるで軽蔑でもするように意地の悪い顔をして、バーカと口元を歪めた。

「やり方はどうあれ、お前にしちゃ頑張ってんなって、陣中見舞いに来てやったんじゃねーか」
「み、見舞い?」
「コーヒー、うまかったろ?まあ、別に男同士の恋なんてどうなろうが知ったこっちゃねーと思ったんだけどよ...おまえ、どうもこの後の事とか、何も考えてねーなって、見てて思ったんだよ」
「...」
「十希夫は知らねぇ仲じゃねーし、どうでも良いとは思っても、放ってはおけねーだろ」
「コメ...」
「まあ、体良く言えばお節介焼きに来たんだよ...でもなぁ軍司、今のお前じゃダメだ」
「あ?」
「...馬鹿につける薬なんて、何処にも売ってないんだぜ、軍司。おまえは一派の頭で、アイツはその右腕だろうが」

自覚して行動しろ、と最後にもう一度、さっきより数倍の覇気を込めた睨みを残して、コメは空き缶を引っ付かんで美術室を出ていった。
残された俺はコメの出ていった、絵の具で薄汚れた扉を見つめる。自覚しろ、と言ったその言葉の意味は分かる。だけどやっぱり、コメの言わんとすることはイマイチ理解出来なかった。理解しようとすれば、思いだすのはコメと、あと多分、十希夫に俺の気持ちがバレているっていうクソみてーに恥ずかしい現実と、そういや貰ったコーヒーを一口も飲まずに、ただただ焦っていた恥ずかしい自分だった。
自覚してしまえば、確かにコメの言う通り、俺は感情を隠しきれていなかったかもしれない。それでもあそこまで言われなきゃらないような、あからさまな行動もしていないはずだ。何だ、何を自覚しろってんだ。俺はおまえの言う通り、バカなんだよコメ!

「...やべぇ」

身体は扉に向けたまま、頭を抱えて小さくなってみるも、きっとこの非常な現実は変わらない。
つーか十希夫のやつ、気づいていながら今まで通りだったのか。あの、ツンと澄ました顔で、いつも通り、俺の名前を呼んで、俺の隣を歩いて、尊敬すら籠ったようなその瞳で、見つめていたってのか。そして、俺は気持ちがバレているとも知らずにいつも通り、アニキ風を吹かしていたってのか!

「......恥ずかしすぎて、死ねる」

晴天が眩しい春麗。
はじめるつもりなんかコレッぽっちも無かった恋が、今まさに、始まろうとしていた。







おわり!
軍司さんの渋さの中にあるアホさと、コメのクールな中にある面倒見の良さが好き。はじまっては、いないよね(笑)