妄想と戯言2

完全自己満足なテキストblogです。更新不定期。
はじめに!を読んでください。

夏祭り(前編)

2024-05-31 18:38:00 | ガロ金夏シリーズ
ガロさん視点、恋慕の続きになります。
長くなったので前編、後編に分けます。読み辛くて申し訳ないです。






 14時より少し早く、ジジイの住居となっている道場横の母屋のインターホンが鳴った。

 はーい、なんてさも当たり前のようにチャランコが対応しようとするもんだがら、空気読めよとそれを押し退けて速足で玄関へ向かった。すりガラス越しにバットを担いで、妹と手を握るシルエットがぼんやりと浮かび上がってそれにすらドリキと高鳴ってしまう。そわそわする心臓に落ち着け、と言い聞かせてから、一呼吸おいて引き戸に手をかける。

 ガラガラッと少し立て付けの悪い音をさせて開いたそこから、むせ返るような外気が入り込んでくる。むわりと顔に掛かった熱気に思わず目をしかめようとして…白いTシャツにジーンズ、お馴染みのバットにおそらく浴衣が入っているであろう荷物を引っ掛けて担ぐ男が目に入る。黒や赤以外を纏っている事がめずらしく、思わずその姿を凝視した。制服のシャツ姿も新鮮で良かったが、今のラフな格好も悪くない。

 そして視線を落とせば、白いワンピースを着た妹が何やら手土産らしい紙袋を片手に笑顔で俺を見上げていた。その笑顔によお、と平静を装い声をかける。

「こんにちは、ガロウさん!」
「おう、よく来たな」
「……邪魔するぜ」

 元気に挨拶する妹とは対照的にどこか疲労感漂う顔の金属バットが、ジトリとした視線を寄越した。なんだ?とまじまじ見つめ返せば、いつもはピシリと決まっているはずのリーゼントの前髪が少し崩れていて、その顔にはじんわりと汗が浮かんでいる。そこで、道場まで続く果てしない石段を思い出す。
 なるほど?と金属バットを見下ろすと「あンだよ」と凄みのある低音が返ってきた。ジトリとした視線が何だか可愛く見えて自然と口角が上がってしまい、釣られるように金属バットの眉間にも深いシワが刻まれていく。

「あの階段、素人にはキツかったか?」
「んなワケあるか!よゆーだったわ!」
「どうだかなぁ?」
「はっ倒すぞテメェ!」
「もう、ふたりともケンカしないの!ガロウさん、お兄ちゃんわたしを抱っこして、すっごく速かったんだから!」
「ゼンコぉ…!」
「へーへー、スゴいスゴい」
「テメェ後で覚えてろよ!」

 胸ぐらでも掴んできそうな勢いにもう一度「へーへー」と返して、さっさと上がれよ、と土間へ招き入れサンダルを脱ぐ二人を眺める。
 体力があるって事は知っていたが、この暑さの中で息を切らす事もなく少し汗ばむ程度で登ってくるとは。伊達にS級を名乗ってはいないらしい。

 外より幾分か涼しくなったのか、金属バットが小さく息を吐き俯いた。その顎先を伝った汗が一滴落ちていき、土間のコンクリートにシミを作ってすぐに消えてしまう。カラカラと脳裏で音がする。海でのシーンを思い出しそうになって、やっぱり勿体ねーなとその汗の行方に眉を寄せかけた、その時だった。

「来たか、金属バット君。そちらが妹さんかな?」

 待ちきれなかったらしい人影が俺の背後からぬっと顔を出し、二人に声を掛けた。驚いたように顔を上げた金属バットと妹に、よう、と片手を挙げて笑う。つーか気配消してんなよ、ジジイ。

「よお、じぃさん。こっちは妹のゼンコだ、今日は世話になるぜ」

 すぐに笑顔で応えた金属バットが妹の頭を撫でられながら「ほら、ゼンコ」と促す。今まで持っていた白い紙袋をジジイの目の前まで掲げ、こんにちは!と元気に答えた妹にジジイも目尻を下げて「はい、こんにちは」と返した。

「ゼンコです、今日はよろしくおねがします!これ、つまらないものですが!」
「おお、これはご丁寧に。ありがとう、よろしくゼンコちゃん」

 デレデレと目を細めて紙袋を受け取る様子に内心、うへぇと舌を出す。とびきり可愛く着付けちゃうぜ、なんて笑顔をこぼしたジジイに、目を輝かせた妹がもう一度「よろしくお願いします!」と頭をさげた。礼儀やらを重んじているジジイの好きなタイプだ。案の定、顔を綻ばせて親指を立てて歓迎している。分かりやすいったらありゃしねーぜ。

 不意に、それまでその様子を微笑ましく眺めていた金属バットが、穏やかな瞳はそのままに俺を見上げてきた。優しい視線にドキリと心臓が鳴る。不意打ちだろ、その顔はよ、と思ったが気を取り直して、なんだよ?と見つめ返すと、優しい中にもどこか困ったように揺れた瞳が、俺を見つめたまま溜め息をこぼす。そして今まで張り詰めていたらしい肩の力を抜くように、穏やかな声色で口を開いた。

「あれ、中身ゼリーな。冷やして食べるのが美味いんだと」
「あ?ああ、分かった」
「おう、たくさんあっから、道場のやつらで食べてくれ」
「お、おう」

 さっきまでとは打って変わった和やかな雰囲気に首を傾げる。何故かコイツは少し前から、俺に対して最初は警戒心みたいなもんを向けてきて、しばらく経つとそれを解く、なんて意味の分からない行動を繰り返している気がする。今日までの関係性を思えば多少、違和感を覚える行動だ。だが、その警戒を解いてしまえば穏やかな顔を見せるようになったとも思う。
 その行動の意図までは分からなかったが、好意的な態度は甘んじて受け入れるに限る。俺は遠慮なく、その穏やかな顔を目に焼き付けた。

 さっさと俺から視線を逸らしてしまう金属バットの、すっかり汗の引いた横顔を眺めていると「あの、皆さんそろそろ中へ…」と声が掛かった。今まで廊下の奥から覗いていたらしいチャランコがおずおずと手を挙げている。

 それもそうだな、と奥へ案内されていく二人に続こうとした時、ジジイが不思議そうな顔で閉じられた引き戸を見つめて首を傾げるもんだから、どうしたよ、と声をかけた。

「ガロウよ、おまえの想い人はけっきょく連れて来なかったのか」

 キョトンとした顔で見つめ返される。対して俺はさも当たり前のように、なに言ってんだ?とそのマヌケ面を見下ろした。

「居ただろ、とびきりかわいいのが」
「……んん?」

 わざとらしく口角を上げて顎先で廊下の先をしゃくりながら伝えると、目をぱちくりとさせて金属バットたちが歩いていったその先に視線を向けたジジイが、何かを察したように俺を見上げる。
 まさか妹の方ではあるまいな?という視線に首を振って返せば、驚いた声色で「まじか」と呟いた。普段はなかなか聞けない心底驚いたような声色に気を良くした俺は、鼻を鳴らして「マジだぜ」と、したり顔でジジイを見下ろしてやった。

「ハハァ!こりゃまた、たまげたぜ」
「へへ、ざまあみろ!こないだの仕返しだ!」
「まだ根に持っておったのか……しかしそうか、金属バット君か」

 何を思ったのか、どこか納得したような声色がむず痒い。色素の薄い瞳に優しい色が広がって、そして眩いものでも見るかのように目を細めたジジイが、俺をまっすぐと見据えた。

「ガロウよ、おまえさん、見る目あるぜ」

 パチリと軽快なウィンク付きの、どこか悪戯っ子のような声色とその言葉におもわず面食らってしまう。そして唖然とする俺にジジイが続ける。

「高嶺の花にならんよう、精進せねばのう?」
「はっ……」

 言葉の意味を理解する早く、反射的にジジイを睨みつける。

「俺ぁ花より団子派なんでな!」
「ほっ、言いよるわい!」

 なんだって、食い応えのあるほうが良いに決まってる。闘いも、恋愛もだ。

 意味ありげに口角を上げたジジイが踵を返す。
楽しそうに揺れるムカつく背中を、一呼吸置いてから追いかけた。





「かわいいー!」

 目を輝かせた妹が、着付けたばかりの浴衣を翻してくるくると回っている。その度に視界を掠める赤い帯の端っこが、ゆらゆらと水面を揺蕩う金魚のヒレのようだ。ジジイ曰く、そう見せる為の結び方だとか。
 そんな妹を見た金属バットは終始「大きくなったな…!」と涙ぐみながら口を手で覆って感極まっていた。大袈裟なやつだと思わなくもないが、まあ、いつもの事かと触れないでいてやる。

 白地に紅藤色のアサガオと黒猫の模様が入った浴衣は二人で買いに行ったものらしく、妹が一目見て気に入り、即決で購入したんだとか。セット売りされていたという帯と髪飾りは落ち着いた濃いめの赤色で、アサガオを形取った髪留めが黒い髪に良く映えているように思う。
 いつもの気の強いお子様って雰囲気より、幾分か大人びて見えなくもない。

 ふふふとニヤける口元を手で隠しながら姿見の前から動かない妹と、それをデレデレと取り囲むジジイに数名の兄弟子たち。そして何処から取り出したのか、いつの間にかデジカメを構えて写真を撮りまくる金属バットに呆れながら、今ごろ冷蔵庫で食べ頃に冷えているはずのゼリーを取りに向かおうとしたところで、ふと、淡い期待を抱いていた疑問を思い出して金属バットに「なあ、おい」と声を掛ける。

「あ?今忙しいんだから邪魔すンじゃねーよ」

 デジカメから顔を逸らす事もなく、シャッターを切りながら吐き捨てられた言葉に呆れながら「おまえは浴衣着ねーの?」と続けると、一呼吸置いて俺の言葉を理解したのか、ギギギと音が鳴りそうなほどゆっくり振り返った金属バットが一言、は?と眉間を寄せた。

「なに言ってんだ…?」
「電話したとき言ってたじゃねーか」
「はあ?」

 電話って言葉にポカンとする金属バット。
そして、妹との一連の会話を思い出したのか、ひどくバカにしたような声で一言。

「……アレはちげぇだろ、俺は着ねーよ」
「あ、そう…」
 
 そうか、着ないのか。

 ここ最近の俺が浮き足だっていた主な要因だっただけに、ただただその事実を心の中で繰り返す。いや、頭の中では分かっていた事だが、もしかしてを想像するのは惚れたもんの性ってやつだろ。
 すると、いつの間にか俺の背後に回っていたジジイが哀れんだような声で「どんまい」と肩を叩くもんだから、途端に気恥ずかしくなった俺はその手を払いのけて、ゼリーの待つ冷蔵庫へと急いだ。





 無事に着付けも終わり、手土産だったはずのゼリーもちゃっかり平らげた妹が満足気に廊下を進んでいく。鼻歌まじりの後ろ姿はスキップでもしそうな勢いで、せっかく着付けた浴衣を崩しちまうんじゃねーのか心配になるくらいだ。

「転ぶなよ、ゼンコ」

 笑う金属バットが先に玄関を潜った。はーい!と手を挙げて妹が元気に返事をする。

 一旦荷物を置きに帰るという二人を見送るために、妹の後に続く。俺の後ろをジジイが歩き、相変わらずダラシのない顔でニコニコと二人を眺めている。見守るような視線が気に入らないが、着付けを頼んだ手前強く言えず、無視するしか出来ない事が腹立たしい。

「ねぇガロウさん」

 土間でサンダルを履く妹が見上げてくる。しゃがんで顔を寄せてやると「このあとタレオくん迎えにいくの?」と瞳をキラキラさせて笑った。

「おうよ」
「タレオくん、すっごく楽しみにしてたよ!わたしも楽しみでね、昨日あんまり寝れなかったの」

 歯を見せて笑うその顔に公園で見た金属バットの、カラッとした笑顔が重なった。さすが兄妹だなと、つられて笑ってしまう。

「寝てないからって、お楽しみの最中に居眠りこくんじゃねーぞ?」
「花火みるまで寝ないもーん!お兄ちゃんだってお祭り楽しみにしてたんだから!」
「金属バットが…?嘘だろ?4人で祭り行くって話になったとき、舌打ちかましてきたんだぜ?」

 目を丸くした俺に妹は「ガロウさん分かってないなぁ!」と笑った。そして俺の耳元に顔を寄せて、楽し気に続ける。

「お兄ちゃんはね、キライな人といっしょにあそびになんて、行かないんだよ?」

 悪戯っ子のように微笑んだ妹が俺を真っ直ぐと見据えている。その言葉がいまいち理解できず、ただただ驚く俺の顔がおもしろかったのか、フフフと口元を抑えて、だからね、と続ける。

「お兄ちゃん、ガロウさんのことけっこう気にいってると思うの」
「……は?」

 ガツン!と何かが頭を直撃したような衝撃が広がる。気に入っている?金属バットが?俺を?
 あまりにも現実離れした言葉に、おもわず妹を凝視する。ニコニコと弧を描く口元がなんとなく説得力を増しているような気がして、玄関先で俺たちを見ていた金属バットを勢いよく見上げた。

「…あ?なんだよ」

 ギラリと鋭い眼光が俺を射抜く。とても気に入っている相手に向けるような瞳じゃない。というか、妹と距離の近い俺を殺しそうな勢いじゃねーか?
 やっぱり信じられなくて、マジか?と妹を顧みれば、さっさとサンダルを履いて玄関を潜ろうとしていた。言いたいことだけを言って去ろうとするその腕を咄嗟に掴みかけたが、相手が小学生のお子ちゃまだってことを思い出してかろうじて留まり、なるべく優しくその名前を呼んだ。振り向いた妹が「どうしたの?」と首を傾げるが、このもどかしい感情についてどう切り出して良いか分からず言葉に詰まってしまう。

「ッ、」
「ガロウさん…?」
「いや、だから…その…」
「?」
「……美味いもん、たくさん食おうな」
「!うん…!」

 ただの苦し紛れの言葉に、心の底から嬉しそうに頷いたところで、痺れを切らしたらしい金属バットが「何やってんだ?」と声を上げた。その声に反応した妹がパタパタと走って玄関を潜っていく。

「行くぜ、ゼンコ」
「はーい!それじゃあとでね、ガロウさん!」

 パチリと軽やかなウィンクと共に去っていく後ろ姿を見送る。手慣れたように金属バットが妹を抱えて、ひらひらと金魚のように帯を靡かせて石畳を歩いていく。
 こちらを振り返る事もなくさっさと階段を降りていく金属バットと、姿が見えなくなるまで手を振っていた妹の二人を見送る俺の横に、手を振り返していたジジイが並ぶ。チラリと見上げてくる含みのある視線には気づいていたが、今はそんな事どうでも良かった。

 最近、どこか様子のおかしかった金属バットと、さっきの妹の言葉が頭を過ぎる。ジワジワと汗ばむ身体とは裏腹に、頭の中は妙に冷静に冴え渡っていて、まるで不可解だったいくつものピースがようやく繋ぎ合っていくような、そんな感覚だ。
 階段を降りていく二人の姿が見えなくなっても尚、俺はその場から動けずにただ、カラカラと脳内で回り続けるヤツの横顔に想いを馳せるしか出来ない。ジリジリジリジリとうるさいアブラゼミの鳴声がかえって思考を鋭くしてしまっている。

「……脈はありそうか?」
「…やれるだけ、やってみるさ」

 ジジイが呟く。
どこか心配そうな声色だったが、対する俺は何かを確信するように、頷いて返していた。






後編につづきます!


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