妄想と戯言2

完全自己満足なテキストblogです。更新不定期。
はじめに!を読んでください。

夏祭り(後編)

2024-06-10 07:21:00 | ガロ金夏シリーズ


 ガヤガヤと目まぐるしい人混みに、トンチンカンと何処かチープな祭囃子が遠くで鳴っている。ズラリと並んだカラフルな屋台の看板に目を輝かせたタレオとゼンコが、わあ!と声をあげた。
 時刻は18時過ぎ。一度帰宅した二人とは改めて待ち合わせをして、タレオを迎えに行ってから合流した。昼間と変わらない姿で集合場所に現れた金属バットは、その自慢のリーゼントをピシリとセットし直している。家に帰った理由は荷物を置いてくるだけじゃなかったのか、と呆れなくも無いが…そーいう所も可愛く思ってしまうあたり、俺はコイツに、相当参っているらしかった。


夏祭り(後編)


「花火、20時からだってよ。おまえら何食いたい?」
 会場になっている神社の、入口からズラリと並ぶ屋台の列を眺める金属バットが呟いた。可愛らしく着付けされた妹と今日はお子様用の甚兵衛を着たタレオがはいはい!と元気よく手を挙げながら「わたあめ!」「焼きそば!」「りんごアメも食べたい!」「や、やっぱりぼくからあげ!」なんて勢いよくリクエストをしていく。困ったように笑う金属バットの横顔を眺めながら「俺はたこ焼き食いてーな」と挙手して一応リクエストしておく。俺には呆れたような視線を寄越しながら、子供たちのリクエストを次々聞いていく横顔は優しく、相変わらず面倒見の良い男だとその様子を眺めた。

 基本的に金属バットは、子供や年寄りには優しい顔を向ける事が多い。優しいと言っても、妹に向けるそれとは比較にならないほどぶっきらぼうな振る舞いではあるが、無愛想な中にも分かりやすい優しさが見え隠れしていると思う。
 タレオと初めて顔を合わせた時の、文句を垂れながらもサインをしていた横顔が思い浮かぶ。難儀で、ぶっきらぼうで、そしてそれら全てがヤツなりの優しさであり、金属バットの魅力ってやつなんだろう。
 ヒーローが大好きなタレオはサインをもらったあの日から、金属バットの大ファンになっていた。子供ながらその不器用な優しさには気づいているらしく、話す時は心底嬉しそうに、だがどこか緊張した様子でいつもヤツを見上げている。

「ゼンコちゃん、甘いたべものばっかりだね」
 タレオが妹に苦笑を零した。対する妹はその大きな黒い瞳を輝かせて「何言ってるのタレオくん!」と声を荒げている。そして真剣な声色で「だってお祭りだよ?」と続けた。
「いつもは食べれないもの食べないと!今日は遅くまで起きてても良いって、お兄ちゃんも言ってるし!」
「あ、そ、そっか…そうだよね!じゃあボク、チョコバナナも食べたいです!」
「はいはい!わたしも食べたーい!」
 わかったわかった、とテンションの高い子供たちを宥める金属バットとそれを見上げるタレオの横顔に、頭の中で何かが冴え渡る感覚がした。チラリと妹を盗み見て、閃いたイタズラ心のようなくすぶりに口角を上げる。そんな俺の視線に気づいた妹が首を傾げて見つめ返してきて、それにはパチリと軽快なウィンクで返して、どこから回るか…と思案する金属バットに向き直った。
「だったらよ、手分けして買ってくるか?」
「は?」
「二手に分かれて分担すりゃいーだろ」
 俺の提案に目を丸くしながらも悪い話じゃなかったようで、しばらく考えた後「わかった」と頷く素直なその言葉にニヤリと笑って、妹に向き直り手を差し出した。
「よし!行くか、ゼンコ」
「は?」
「え?」
「お、おじさん?」
 三人が一斉に驚いた声をあげる。状況が理解出来ないらしい金属バットが「ハァ?!」と一層大きな声で俺に詰め寄った。ぐいっと顔を近づけられて心臓がドキドキと脈打ったが、平静を装って、ガンを垂れてくる顔を見下ろす。
「なんか不服かよ?」
「当たり前だろ!何でそーなる!」
「ああ?たまにゃいいだろ、なあゼンコ?」
 胸ぐらを掴まれながらも妹を見下ろした。目をぱちくりとさせた妹が俺と金属バットを見上げ、そして最後にタレオを振り返って、数秒考え込んだ後。
「…よろしく、ガロウさん!」
 にこり、と笑って差し出した俺の手に自分のそれを重ねてくる。その手をしっかりと握り返して、そして勢いそのままに金属バットを振り返った。
「食うもの買ったらココ集合いいか?いいよな?」
「は?!だから待てって!おいガロウ!」
「タレオのこと頼んだぜ!」
「おいテメッ……!ふざけンなコラァ!!!」
 浴衣が崩れないようにゼンコを優しく抱き上げる。こういうのは勢いが大切だって事を俺はよぉく理解しているんだ。
 さっさと人混みに紛れた俺たちの背後で、喧騒に紛れた金属バットの叫びがいつまでもこだましていた。


 数十分後、二手に分かれた場所に戻ると金属バットとタレオは両手に唐揚げやら焼きそばやらを抱えて、並んで佇んでいた。視線に合わせてしゃがみ込む金属バットが、すっかり気の抜けた様子でタレオと談笑している。現役S級ヒーローと話せた事がよほど嬉しいのか、大きな身振り手振りで興奮したように話すタレオに金属バットが優しい顔で頷いて、その頭をぐしゃぐしゃに撫で回していた。
 その様子を見て内心でニヤリと口角を歪める。悪戯が成功したようで非常に気分が良い。
「お兄ちゃん、すごく嬉しそう!」
 内心でほくそ笑む俺の隣を歩いていた妹が、少し驚いたような声を上げた。その瞳は、珍しい光景に戸惑いながらも屋台の光を反射してキラキラと輝いている。両手にりんごアメやら綿菓子やらクレープやら、とにかく甘ったるい食い物を持ち、嬉々として、ね?と見上げてきた大きな瞳に「そうだな」と笑って頷いた。
「タレオくんも、楽しそう!」
「アイツ、金属バットのファンだからな」
「ふふ…お兄ちゃんはかっこいいから、仕方ないよね!」
 えっへん!と妹が笑う。
「フッ…そうだな」
 出来るだけ優しく、飾りが取れないようにその頭を撫でてから、和やかな雰囲気の金属バットたちの元へと急いだ。

「あ、テメェ!やっと帰ってきやがったな!」
 俺と妹を視界の端で捉えた瞬間、金属バットが勢いよく立ち上がり声を荒げた。隣のタレオも釣られて「おじさん!」と叫んで俺を見上げる。タレオには手を振って返して、目くじら立てるヤツにはとびきりの笑顔で「待ったか?」と口角を歪めてやった。
「待ってねーわ!どういうつもりだテメェ!!」
「だから、たまにゃいいだろって、なあゼンコ?」
「大丈夫だったかゼンコ!?」
「もう、大丈夫だよぉ!それより見て、ガロウさんがね、りんごアメ買ってくれたの。こっちはタレオくんの分ね?」
「わあ、いちごアメとぶどうアメだ!ありがとうおじさん!」
「たからおじさん言うなっての!つーか人混みすげぇな」
「無視してンなよコラァ!」
「お兄ちゃんうるさい!」
「ッ、ゼンコぉ…!」
 メンチを切ってくる金属バットはとりあえず妹に任せて、辺りを見渡してみる。神社の入口付近は、最初と比べても明らかに人が増えてごった返している。それこそ、妹に嗜められて奥歯を噛み締めているコイツの、気合いの入った怒号も掻き消されるような喧騒があちこちから沸いていた。
 花火が始まるまでの猶予がそうさせるのか、こぞって屋台に並んでいる家族連れやらカップルやら、はたまたヤンチャそうなガクセーや派手な着物を身に纏ったネェちゃんやら。波のように行き来するそれに関しては同意見だったのか、見事、妹に言いくるめられた金属バットが不機嫌そうに人混みを一瞥していた。どうやらイラついてる原因は、俺だけのせいじゃなさそうだ。
「さっさと食い物買っといて良かったな。どこか落ち着いて食えるところ探すか」
「…ベンチあるところは何処もいっぱいだったぜ」
「あ?本当かよ、わざわざ見てきたのか?」
「本当だよおじさん!ボクと金属バットさんで、休めるところさがしてみたんだ!」
 困り顔のタレオが声をあげた。続いて舌打ちした金属バットが「食いもん買うついでに見て回っただけだ」とぶっきらぼうに言い放つ。なんだよ、思ったより仲良くやってんじゃねーか。
「花火の場所取りもどーするよ」
 金属バットが不機嫌そうに見上げてくる。警戒するような視線は感じないが、妹を勝手に引っ張っていった事はまだ根に持っているらしい。足元のタレオがハラハラと見上げているのが分かって、安心させるようにその頭を撫でてやって、数日前から用意していた言葉を脳裏に思い浮かべた。下調べは完璧だ。
「だったらよ、ジジイおすすめの場所がある」
「シルバーファングの?」
「こっから少し歩いたところに、穴場の高台があるらしい。どうする?このまま神社で立ち見してもいいが…おまえ、人混み嫌いなんだよな?」
 見下ろした黒い瞳が小さく見開いて、そのまま困惑したように俺を見上げてくる。そして、無愛想にそっぽを向いて一言「覚えてたのか」と呟いた。
「当たり前だろ、忘れねーよ」
 今思えば金属バットへの恋心を自覚する前ではあったが、コイツの事を知れたって喜びは鮮明に覚えている。忘れられるワケがないだろうと真っ直ぐ見据えれば、困った表情の中でも分かりやすく頬を染めた金属バットが「あ、そう…」と再びそっぽを向いて続けた。
「……まあ、助かるわ」
「おう。こっちだ、行くぞおまえら」
 両手いっぱいに食い物を抱えるタレオからそれをぶん取って、代わりに妹から受け取ったアメを持たせてやる。移動する途中でフランクフルトやらわたあめやら唐揚げやら…どんどん無くなっていくそれらを苦笑しながら眺めつつ、目的の高台に向けてゆっくりと歩みを進めた。



「おじさん、金属バットさん、すごく怒ってたよ?だいじょうぶなの?」
 移動中、こそこそと耳打ちするようにタレオが俺を見上げてきた。後ろを歩く二人には聞こえないようにボリュームを下げて「大丈夫だって」とその不安気に揺れる瞳を覗き込む。
「いーんだよたまにゃ!それよか、ヒーロー様とはたくさん話せたかよ?」
「あ、うん!あのね、夏休みがおわってもあそぼうって、やくそくしてくれたよ!」
「夏休み……そうか、そろそろ学校始まるのか…」
 タレオの言葉にふむ、と考え込む。もちろん、小学生だけじゃない。現役で高校生をやっている金属バットも例外じゃなく、あと半月もすれば新学期が始まってしまう。つまり、今までは何となく街をブラついていれば出会していた時間にヤツはもう居ない、という事だ。
 タレオの言葉がぐるぐると頭の中を回りはじめて、そこで初めて俺はハッキリとした‘焦燥感’ってやつを抱いてしまった。今までは夏特有の、夢心地であやふやだった境界線がハッキリと、これは現実だぞと訴えてくるようで気に入らない。
 なんとく後ろ髪を引かれるような感覚がして、思わず後ろを振り返った。そこには変わらず妹と手を繋いでデレデレ鼻の下を伸ばす金属バットと、そんな兄をニコニコと見つめ返す妹が歩いていて、俺の視線に気づいて二人同時に見上げてくる。
「……あ?なんだ、どうした」
「?ガロウさん?」
 目力のある瞳に見上げられ、この焦燥感をどう言葉にして良いかも分からず「なんでもねぇ」とだけ返してタレオに向き直る。どうしようもなくただただ心拍数だけが上がっていって、たまらずタレオの肩を抱き寄せて顔を近づけた。
「…アイツ、他には何か言ってたか?」
「え?!」
 ヒソヒソと耳打ちする。すると、どこか辿々しく視線を逸らしたタレオが困ったように空を仰いで、そして何かを誤魔化すように、いちごアメを口に放り込んだ。その様子をジトリと眺める。
「…さては俺の悪口でも言ってたな?」
「んぐっ、げほ!そ、そんな事ないよ…!」
 極まり悪そうに頭を掻いたタレオが涎を垂らしていちごアメを口いっぱいに頬張るのを黙って見下ろす。そして俺も待っていた唐揚げの刺さる串にかぶりついて、焦ったようにアメを食べるタレオの頭を思い切りぐしゃぐしゃに撫で回してやった。


 目的地の高台は、神社から十五分ほど歩いたところにある森林公園の更に奥、小高い丘へと続く道の先に存在していた。
 遠くから笛の音ようなか細い音が響き渡たる。思わず視線を空へ向けると、パーン!と軽快な音が鼓膜まで届いた頃には、目前の紺色の星空に色とりどりの花火が上がっていった。わぁ!と一際大声を上げた子供たちが階段を駆け上がって行く。
 タレオたちに続いて階段を登っていくと、木々に遮られていた視界が開き、登り切った先に展望台のような高台が広がった。タレオと妹が落下防止の柵まで一気に走り寄って、花火へ向かって手を伸ばして騒いでいる。
「すごーい!キレイだね、お兄ちゃん!」
「こんなに近くで花火みたの、ボクはじめてだよおじさん!」
 同時に振り返った瞳は花火でも閉じ込めたんじゃねーのかってくらいキラキラと輝いて、その眩さに思わず隣の金属バットを顧みる。同じ事を思ったのかヤツも俺の顔をチラリと盗み見ていたようで、パチリと目が合った。なぜかその事が妙に可笑しくて、互いに顔を見合わせて吹き出してしまう。
「ほら、よそ見してると終わっちまうぜ」
「ちゃーんと花火見とけよ、タレオ!」
 はーい!と心底嬉しそうに視線を空へ戻した二人が、柵を握りしめて魅入ったように花火を見上げている。少し離れた場所で二人を見守るように眺める金属バットの横顔が、小さな街灯と色とりどりの花火に照らされている。その表情もいいな、と思った時には無意識に「なぁ」と声をかけていた。
 隣に並んだ俺を一呼吸おいて見上げてきた黒い瞳は優しさを残したままで、次々と打ち上げられる花火も相まって、綺麗だと、心から思ってしまう。あきれるほど、自分の心音がうるさい。それこそ花火なんて気にならないほど速く脈を打って、締め付けられるその感覚にはいつまでたっても慣れやしない。
「なんだよ?」
 目が離せないでいた俺の視線に、金属バットが困ったように笑う。瞬間、胸をギュウッと掴まれたような切なさが込み上げた。
「…今日、四人でここに来ることが出来て……良かったって、思ってよ」
 ポロリと、思わず心の奥底にあった本音がこぼれてしまう。驚いたように、黒い瞳が揺れた。
「は…?」
「だから…タレオと、ゼンコと……おまえと、花火見れて良かったって、言ってんだよ」
 自分でも頬が赤くなっている事が分かって、気恥ずかしい思いで胸がいっぱいになる。視線をタレオたちに向けて目を逸らしたが、コイツからの刺さるような視線がひどく痛む気がして、そわそわと肩が揺れてしまう。そんな俺をどう思ったのか、金属バットがぶっきらぼうに、そして面白くなさそうな声色で「…まぁ、俺も」と呟いた。
 その言葉にギョッとして、勢いよく金属バットの顔を覗き込む。昼間の妹の言葉が頭を過って、マジか、とその顔を凝視した。タレオと妹に向けられている横顔が決まり悪そうに歪んで、まるで「見るな」と言わんばかりに口がへの字に結ばれている。その顔が、おもわず俺の本心を引き出してしまう。
「…俺はおまえに、嫌われてるもんだとばかり思ってた」
 言った瞬間、しまった、と後悔する。今のは少し女々しかったかもしれない。
 俺の言葉に対してハッと見上げてきた瞳が大袈裟なほど揺れている。これでもかってくらい眉頭が寄って、そして小ぶりな口が何かを言いたげにうっすらと唇が開いた直後、ドーン!と一際大きな音と共に、枝垂桜を思い出させるような色合いの花火が盛大に打ち上がった。わあ!と子供たちが騒ぐ。その声に釣られた金属バットが空を見上げて、そして桜色に照らされた横顔が、絞り出すように口を開いた。
「……そんなんじゃねーよ、別に……嫌ってねぇ」
 うっすらと色付く頬が花火のおかげで浮き彫りになる。照れた横顔におもわず釘付けになって、脳内の映写機がカラカラと、その横顔を逃すまいと回り続ける。花火を見て揺れる瞳には普段の鋭さは無く、その輝きを必死に目に焼き付けた。
 しばらく無遠慮に見つめていると怒りすら含んだ視線とかち合って、照れ隠しにしては可愛くない睨みと共に俺を見上げてきた。
「おい、見てんじゃねーぞ」
「あ、わり…」
 咄嗟に視線を逸らす。咎めるように一瞥してきた黒い瞳に反射で謝っちまったが、今のは俺が悪かったのだろうか。いや、今そんな事はどうでも良くて。

(そうか、嫌われてない…のか)

 ドキドキと、心臓が脈打った。金属バットの照れた横顔と絞り出された言葉が脳裏から離れない。嫌いじゃないからと言って、好きだとは限らない。ましてや、俺の感情と同等などとも思わない…思わないが。

 何発目かも分からない花火が上がり、子供たちが「たぁまやー!」と叫んだ。それを眺める金属バットの肩が小さく揺れて、雰囲気は元の穏やかなものに戻っている。おそらく笑って二人を見守っているんだろうが、その顔を直視する事がどうしても出来ない。

 その日の祭りの締め括りに一際大きな、赤い牡丹のような花火が上がった。まるで金属バットのようだと、その綺麗な赤が散っていくのをぼんやりと見送った。


 高台からの帰り道。タレオを家まで送り届けた後、分かれるまでの道のりを金属バットと共に歩いていた。疲れ果てたらしい妹がその背中ですやすやと寝息を立てている。楽しみで眠れなかったって言葉は本当らしく、タレオと別れた途端に電池が切れた機械のように動かなくなってしまった。そんな妹に仕方ない、と笑って背負う金属バットの事がどうしても放っておけなくて、遠回りをして二人に付き添った。

 「花火、キレイだったな」
 ぼそりと金属バットが呟いた。思い出すかのように目を細めて、空を見上げている。釣られて見上げた夜空には無数の星が広がって、花火を見ている時は気づかなかった輝きに目を奪われる。
「……来年も行きたいって、騒ぐだろうな」
 俺の言葉に、空を見上げたままフッと息を吐く。ゼンコがまた浴衣を着たいと騒ぎ、次はタレオ君も一緒に!と騒ぐ様が容易く想像できてしまう。
「ちげぇねぇ」
 金属バットの肩が小さく揺れる。釣られてフッと息を吐くと、ちらりと見上げてきた黒い瞳が悪戯っ子のように細められた。
 満点の星空の下、俺たちの間に流れる雰囲気は穏やかなものだった。いつもの喧騒も、金属バットからの疑うような視線も、そして過去や現在のしがらみさえも忘れてしまったように、コイツの隣をただ、歩いている。
 しばらくは無言で、時には空を見上げながら歩いた。視線を戻すフリをしてその横顔を盗み見る。背中の妹がもぞりと身じろぎして、それに愛おしそうに微笑んだ顔が好きだな、と思った。
 
 日に日に、金属バットへの想いは大きくなるばかりだ。特に、今日はダメだな思う。金属バットの色々な顔を知りすぎた。高台での一連からずっと、消化しきれない胃もたれのように胸のつっかえが取れやしない。
 この雰囲気にしたってそうだ。いつもと、あまりにもかけ離れ過ぎている。祭りや花火がそうさせるのか、はたまた金属バットの気紛れなのか。
 照れた横顔がカラカラと回っている。花火に照らされたその顔が綺麗で、ぶっきらぼうに言い放つひとつひとつの言葉さえも、胸を切なく締め付ける要因になっていた。
 そしてもう一つ、急かされるような焦燥感の原因を思い出してしまう。もうすぐ夏が終わるという、事実を。
 
「俺たち、こっちだからよ」
「あ?」
 一人考え込んでいると、いつの間にか分れ道である路地に着いてしまっていた。金属バットが「じゃーな」と俺を一瞥してから踵を返し、さっさと歩き出してしまう。このままじゃダメだと分かってる。行かせちゃならねぇ。だが、だったらどうすりゃいいんだ?俺は……俺は!

『答えなんぞとうに決まっておろう』
 お節介なジジイの言葉は、俺の本心を表していた。

 『お兄ちゃんはね、キライな人といっしょにあそびになんて行かないんだよ?』
 にんまりと笑っていた妹のその言葉に淡い期待が膨らんで、縋るように想いを馳せた。

 『……そんなんじゃねーよ…別に、嫌ってねぇ』
 そして花火に照らされた横顔が、ほんのりと色付いていた頬が、普段は澄んだ黒い瞳の奥に垣間見てしまった、ヤツの様々な感情が。

 俺の背中を、押してしまったから。

「----ッ、金属バット!」
 たまらず、叫んでいた。一瞬で駆け巡った感情が、心臓をこれでもかと締め付ける。初めてヤツへの恋心を自覚したあの時よりも、ずっと苦しいそれを耐えるようにヤツの背中を見つめた。俺の声に歩みを止めた金属バットに多少の安堵を覚えながらも、振り返らずに次の言葉を待つその背中からは何の感情も読み取ることが出来ない。
「……金属バット、」
 我慢できずにもう一度、名前を呼ぶ。さっきより声が震えたかもしれない。一呼吸置いて、ジトリとした視線が振り返って、静かに心臓が跳ねる。
「聞こえてるっつーの…何だよ?」
 煩わしそうに振り返った金属バットの、呆れながらも困ったように揺れた瞳を見た途端、もう駄目だった。
 ツカツカと大股で近づき、咄嗟に両肩を掴んで引き寄せる。反射で首をのけ反らせた金属バットが「なんだよ!」と妹を気遣った声量で叫んだ。すやすや眠る妹には悪いが、今ばかりは気にしてやれない。肩を掴む腕に力を込めて、困惑する瞳を見つめる。
「このあと、時間つくれるか」
「……は?」
 目を丸くする金属バットが俺を見上げる。ゆっくりと背負っている妹を振り返ってから俺に視線を戻して、そして困惑しながらもぶっきらぼうに、呟いた。
「…ゼンコ寝かしつけた後なら」
 ザァっと生暖かい風が通り過ぎる。早過ぎる鼓動で心臓が痛い。だが、もう後戻りは出来ない。

 俺は覚悟を決めて、わかった、と頷いた。






つづきます!


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