2022年5月16日
この日の朝、ホテルでチョットしたトラブルが発生した。朝7:00からの朝食ができていないと言うのだ。できていない朝食ができるのを待っても仕方ないため、朝食は適当にコンビニで仕入れても良し、喫茶店のモーニングを頼んでも良しと言うことでホテルをチェックアウトした。
この日の目的地は山口県の萩である。その前に先ずは志賀島(しかのしま;福岡県)に渡ることにした。渡ると言ってもこの島は陸続きなので連絡船などは必要ない。ただ「海の中道(うみのなかみち)」と言う砂州を走る県道59号がチョット楽しい。
この海の中道を渡ると正面が志賀島だ。
志賀島は知る人ぞ知る「金印」の見つかった島。しかし、今回は金印が目的ではなく、この島にある志賀海神社が目的地だ。
志賀島の海岸縁を走る県道542号(金印海道)は島を1周できるため、遠回りにはなるが向かって左(西側)の方へ進んだ。因みに、志賀海神社は右(東側)にある。
西側ルートに入って間もなく「金印公園」があり、さらにその先に「蒙古塚(もうこづか)」があった。
更に進み、島の東側に回って来ると朝陽が当たり気持ちの良い潮風を感じた。
目指す「志賀海神社」に着くと早速参拝した。
この神社は所謂「住吉三神」を祀っている。また神功皇后にまつわる伝説も残されているようで、正に大阪にある「住吉大社」と同じと言える。
どちらが先かなどどうでもいい話だが、朝鮮半島に近い地理的な条件、神功皇后の伝説や元寇という歴史などは、より身近に感じさせる環境と言えるのではないだろうか。
志賀島から萩を目指して移動を開始した。萩に行く途中、寄ってみたい所があった。それは角島(つのしま;山口県)の角島大橋だ。
今回の旅では「橋」にも拘った感じだが、実は全くそんなつもりはなかった。こうして旅の記録を書いて見て始めて気が付いたのだ。
今回の「旅」前半の雨天が嘘のように、やはり旅は好天に限る。上は角島大橋だが、好天の写真は良く見える。
日本海の綺麗な水には本当にビックリするほどだ。
角島を出ると次に「元乃隅神社(もとのすみじんじゃ)」と言う新しくできた神社に向かうことにした。
途中、視界に「棚田」が見えて来たため思わずシャッターを切ってしまった。有名処の棚田とは規模が違うが、海とのコントラストが綺麗だった。
元乃隅神社までは約40分だった。
着いて見てチョット吃驚したのは、駐車場に係員が待機していて大型バスと一般車の駐車場所を指示していたり、結構いい値段の駐車料金を取られたりした。
神社の起源は、昭和30(1955)年に「地域の網元であった岡村斉(おかむらひとし)の枕元に現れた白狐のお告げにより建立しました。(HPより)」とあり、かなり新しい神社(「狐のお告げ」と言うことや写真の通りの鳥居の状態から稲荷社と判断される。)であることが分かる。
神社の御利益云々より観光名所と言った所だ。
更に元乃隅神社から千畳敷に移動した。
「海と空の一大パノラマ」と言うことのようだが、この日は残念ながら少々霞がかかってしまい、水平線がはっきりしない状態だった。
「千畳敷」と言うので私は和歌山・白浜の千畳敷を想像してしまったが、こちらは全く違っていてこの広大なパノラマの景色を言っているようだった。
次はこの日の宿泊地「萩」に移動した。
萩の街には予定より早めに着きそうだったため、萩城跡を見ることにした。
お城の入り口で先ず迎えてくれるのが「毛利輝元(もうりてるもと)」公の像だ。戦国時代、中国地方の覇者となった「毛利元就(もうりもとなり)」の孫になり、この萩城の初代城主である。
萩城内堀
まったりとしているネコに思わずパシャリ。
天守閣跡に上り、そこからの眺めを撮ってみた。
指月山。「萩城の詰丸が築かれ、城内と海を監視してい(HPより)」たそうである。
萩城跡指月公園(はぎじょうあとしづきこうえん)を後にしてこの日宿泊の「萩ロイヤルインテリジェントホテル」に移動した。
走行距離: 335.6km
給油量: 19.0L
燃費: 17.66km/L