真の動物福祉牧場を目指して

幸せな犬と牛

  インドやネパールではまず繋がれた犬や牛は見掛けません。
 これは先進国ではあり得ないコトですが、動物福祉の観点では後進国の方が優っていると言えそうです。

 人なら誰でも繋がれて暮らすコトなど堪えられないように、犬も牛も繋がれるのには非常なストレスを感じます。
 牛だとそれは血中の白血球を増加させて(乳に現れる)寿命を縮め、犬だと鬱病になってしまいます。

 犬はとても社会的な動物で、群の中に居ないと生き甲斐を感じられません。
 日本などでは他の犬と群を作るコトは難しいので人と群を作るコトになりますが、それで犬の本能が満たされるかは疑問です。

 インドやネパールでは何処に行っても犬の群れを見掛け、彼等は気の合う者を自由に選択してテリトリーを築いています。
 群のボスは大きくて威厳があり、人々からも一目置かれていて人間と群を上手く共存させています。

 時にはそんな群の中に人が加わるコトもあり、そうした人は当然ボスとして君臨しています。
 これはお寺などでよく見掛けますが、群のボスになる様な人は社会的に落ちぶれたホームレスが多く、それでも残飯を集めるコトは後進国では容易なので群のボスに成れて、彼等は生き甲斐を持つコトが出来ます。

 これはおそらく一昔前の日本の川原などでも観られた光景かと思え、犬とホームレスとの共生は互いに最も幸福なモノと思われますが、保健所によってそうした幸せは奪われてしまいました…

 話を牛に移しますと、野良牛がそこら中を彷徨って残飯を漁っていたり、のんびり寝そべってエサを反芻している光景には、先進国の人達は必ずカルチャー-ショックを受けます。
 
 しかしこれは立派な放牧文化でもあり、メス牛は家々の小さな牛舎でもエサを与えられて乳が絞られています。
 一方のオス牛(ガイ)は完全放牧で、彼等は夜中でも大声で鳴きながら徘徊しているコトがあり、そんなガイを人々は町の平和を守る聖なる動物として崇めています。

 ガイは体重が人の5倍から10倍ほどにも成り、その大きさは町の豊かさを象徴するモノともされます。
 近年は町にバイクが増え過ぎてガイの存在感は薄れてしまいましたが、それでも人々は彼等に果物の皮やビスケットなどをあげるコトで、町中でも自然の脅威と触れ合えて精神衛生上とても良いと思えます。

 またメス牛はとても臆病で可愛く、子供の頃から人と共生しているので逃げたりはしませんが、ガイのようにフテブテシクなくて好感が持てます。
 彼女達はレストランの前などに寝そべっているコトが多く、そこが1番良くエサにありつける場所だと心得ています。

 犬もそうですがエサを与えれば懐いてもっとくれと近寄って来るので、人の子供でも簡単に仲良くなれ、これは子供の精神発達にとても良い影響を与えると思えます。
 それは原始的な「愛」を学ぶコトにつながって、子供の情緒を豊かなモノにするでしょう。

 こうした動物との幸せな共生が「動物福祉放牧」のメインテーマなので、インドやネパールのヒンドゥー教文化には大いにリスペクトを抱きます。
 

 
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