「真実の古代史」 by サイの尾・猿田彦

千三百年の間、藤原氏に消されてきた伯耆国(鳥取県中西部)の真実の歴史が今よみがえる。

葦原中津国の平定(国譲り)

2021-06-24 10:02:56 | 天孫降臨

1 邇邇芸が葦原中津国を平定をした頃(紀元前160年頃)は海面が今より4m高かった。笠沙之御前は鳥取県北栄町の北条砂丘であった。笠沙之御前の右下(天神川河口)は記録によると何度も洪水にみまわれており、土砂がかなり堆積して高くなっている。
 邇邇芸の時代はこの辺りも内海であった。長瀬高浜の弥生時代の遺物は洪水で流され(弥生時代の生活痕がないとされる)、笠砂之御前の笠の柄(中州)も洪水で流され、倉吉市清谷にあった神倭磐余彦が到着した楯津は土砂で埋まり、応神天皇の皇居のあった穴窪(軽島之明宮)周辺も土砂の堆積で高くなっている。

 葦原中津国は笠沙之御前の左下にあり、徐福(天照大神)と素戔嗚が上陸した大山の裾野の小さな湾(橘)の周辺であった。徐福(天照大神)は祖神の大神(伊邪那岐)に連れてきた三千人の少年少女を葦原中津国で育てるように命じられていた。徐福(天照大神)たちが蒜山周辺で仙薬を探しているうちに、殷王朝末裔の準王一族(出雲族)がこの地を占拠した。天孫族は大神との約束の地を占拠されたが、祖神の大神(伊邪那岐)は人口を増やすことが主眼だったので殺すことはせず、出雲族の子供が成長するのを待った。この地は魚類も多く周辺は水稲稲作のできる葦原であり、子育てには最適な場所であった。

2 津の周辺に葦が生えているところは列島のいたるところにある。しかし、神社の祭神の配置が平定した状態になっている津は鳥取県中部以外にない。

(1)邇邇芸 北栄町上種の大宮神社
 周辺から弥生時代後期の住居跡が神社を取巻くようにして発掘されているので弥生時代後期にはすでに崇敬されていた神社であったことがわかる。事代主の出雲族が成長するまで楯縫神社にいたが天児屋根と一緒に日向の北栄町上種に移った。
(2)木花之佐久夜毘売 北栄町亀谷の亀谷神社
 木花之佐久夜毘売の産屋は北栄町由良宿の高江神社に有ったので、普段の住居は北栄町亀谷に有った。夫の邇邇芸の御殿とは歩いて15分の距離である。すぐ下を流れる川を機織りをしながら由良川と名付けた。
(3)天児屋根 北栄町穂波の穂波神社
 饒速日の降臨のとき湯梨浜町の長瀬高浜(タギシ)で大国主のために高い建物を建てる場に居合わせたが饒速日が亡くなり、4歳の邇邇芸が蒜山高天原の加茂神社から降臨してくるので関金町の矢送神社で迎えた。事代主の出雲族が成長したので楯縫神社から日向の北栄町穂波に移った。
(4)邇邇芸は北栄町上種の大宮神社に宮殿を建て、木花佐久耶姫(亀谷神社)と天児屋根命(穂波神社)が橘形の津の西と東をおさえた状態になっている。これが平定の状態である。橘形の津の周辺を葦原中津国と呼んでいた。現在、この地は稲作地帯となり、大島には収穫した米を貯蔵する大きなカントリーエレベーターがある。

3 橘形の津の周辺は葦原になっていた。水稲作りに適した地である。縄文海退により、現在、葦原中津はなくなり由良川になってるが、由良川には今でも葦が茂っている。

 亀谷神社の祭神になっている事代主はこの地を支配していた。国譲りの後は百八十神(出雲族の子が生まれ葦原中津国で成長したので八十神が百八十神になった)と共に福庭の波波伎神社を経由して、湯梨浜町長和田に行き、そこを終の棲家とした。

4 饒速日と一緒に降臨した天忍穂耳(大物主)は大国主の本拠地の茶臼山の西の北栄町下神の三輪神社にいた。大国主と饒速日は父親が倭国に来て(紀元前210年)から最初に出来た子なので同年代くらいであった。天忍穂耳と大国主とは親子くらいの年齢差があった。
 北栄町下神の三輪神社の位置なら葦原中津国の様子もわかり、茶臼山(伊那佐山=宇迦能山=大神山)の大国主が各地に国造りするのにも助言・協力が出来た。大国主は多くの移民を住まわす国を西日本各地に造っていた。生活する上での環境を整える指導もしていた。
 笠沙之御前(北条砂丘)の左下が葦原中津国であり、邇邇芸が日当たりの良さを言ってから「日向」と呼ばれるようになった。クシフルタケや四王寺山も日向の地である。奈良の三輪山の祭神になっている日向御子とは、邇邇芸であり、奈良の三輪神社の祭神になっている大物主(日向御子の父)とは天忍穂耳であった。天忍穂耳のいた下神の三輪神社の隣の松神神社には結婚前の木花之佐久夜毘売が祀られている。邇邇芸は笠沙之御前(北条砂丘)の松神にいた木花之佐久夜毘売と出会った。

 邇邇芸は楯縫神社で出雲族の子が成長するのを待つ間、倉吉市半坂を経由して倉吉市の灘手別所から船に乗り父の天忍穂耳のいる北栄町下神の三輪神社・三輪山に行っていた。灘手地区に住んでおられる会員は「船着き場が残っているのでそのとおり」と言われる。

 

 

 

 

 

 

 



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