社団法人能楽協会と理事らに計2億円の損害賠償と、退会を決めた総会決議の無効確認を求めた訴訟の判決で、和泉元彌が全面敗訴。
Yahoo!ニュース - スポーツ報知 - 和泉元彌全面敗訴 退会無効請求地裁が棄却
そもそも、この裁判というか争いの源流は、和泉元彌が和泉流の狂言師達の異議を無視して、勝手に「和泉流二十世宗家」を名乗っていることに端を発しているわけだが、さらにこれにはもめごとの源流がある。
狂言はご存じの通り、奈良時代に大陸から渡来した散楽という芸能が猿楽となり、猿楽の能、能楽と進化するなかで、猿楽が本体持つ滑稽な「科(しぐさ)と白(せりふ)による喜劇」として室町時代に発展し、能狂言または能の狂言という。
狂言の流派は、室町時代後期には大和猿楽の狂言方によって大蔵(おおくら)流が成立、以後江戸時代初期には京都の狂言一座から鷺流と和泉流が成立した。
江戸時代には、大蔵・鷺流は幕府の直属として、また和泉流は尾張徳川家と前田家に召抱えられて栄えた。明治維新後、鷺流は途絶えたが、大蔵流と和泉流は今日に続いている。
ちなみに和泉流野村家は、前田家に召し抱えられていた狂言家である。
さて、ことは和泉元彌の父、元秀が尾張の和泉流山脇家の後継ぎとして養子に入り「山脇保之」と名乗り、その後芸名として「和泉流十九世宗家・和泉元秀」と名乗ったことから始まる。
当時、実力もあってだろうが、その名乗りがなぜ続いたのかは小生には良くわからないが、そもそも「和泉家」というのはなく、十九世というのも尾張・山脇家の十九世であって、和泉元秀は実は「和泉流山脇家十九世の芸名・和泉元秀」だったわけである。
だから元彌くんは「和泉流山脇家二十世の芸名・和泉元彌」なわけなのである。
元彌くんのこのお父さん元秀さんは、かなり強引なひとだったようで、元彌くん=つまり長男がなかなか生まれなかったものだから、本来の元秀の父、九世三宅藤九郎の後継者に、周りは弟・三宅右近を推していたのに、自分の次女祥子を継がせてしまっている。
このときから、他の狂言師たちと自称「和泉家」とのもめごとが始まっているようである。
まぁ、ともかくも、そもそもが自称・芸名なわけだから、あまり世間を騒がせてもいかがなものかとは思うが、和泉流のひとたちにはとんでも迷惑なことなのだろう。
芸力がどのくらいあるのかは小生には判断がつかないが、世間に言われるようにおままごとレベルであるならば、いっそのこと古典とかいわず“芸能・和泉元彌宗家一座”とかの劇団にして稼いだらどうだろうね。(実際そんな感じみたいだが、でも狂言の源流はそういう面がありのものだろうから)
小生は個人的には、あの元彌くんの狂言師とは思えないような舌足らずなしゃべり方が嫌いである。
ともかくも、俗事は元彌ママゴンにまかせて、本来の芸事で精進して下さい。
なお、小生の勘違い、間違いがありましたらご指摘下さい。
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そもそも、この裁判というか争いの源流は、和泉元彌が和泉流の狂言師達の異議を無視して、勝手に「和泉流二十世宗家」を名乗っていることに端を発しているわけだが、さらにこれにはもめごとの源流がある。
狂言はご存じの通り、奈良時代に大陸から渡来した散楽という芸能が猿楽となり、猿楽の能、能楽と進化するなかで、猿楽が本体持つ滑稽な「科(しぐさ)と白(せりふ)による喜劇」として室町時代に発展し、能狂言または能の狂言という。
狂言の流派は、室町時代後期には大和猿楽の狂言方によって大蔵(おおくら)流が成立、以後江戸時代初期には京都の狂言一座から鷺流と和泉流が成立した。
江戸時代には、大蔵・鷺流は幕府の直属として、また和泉流は尾張徳川家と前田家に召抱えられて栄えた。明治維新後、鷺流は途絶えたが、大蔵流と和泉流は今日に続いている。
ちなみに和泉流野村家は、前田家に召し抱えられていた狂言家である。
さて、ことは和泉元彌の父、元秀が尾張の和泉流山脇家の後継ぎとして養子に入り「山脇保之」と名乗り、その後芸名として「和泉流十九世宗家・和泉元秀」と名乗ったことから始まる。
当時、実力もあってだろうが、その名乗りがなぜ続いたのかは小生には良くわからないが、そもそも「和泉家」というのはなく、十九世というのも尾張・山脇家の十九世であって、和泉元秀は実は「和泉流山脇家十九世の芸名・和泉元秀」だったわけである。
だから元彌くんは「和泉流山脇家二十世の芸名・和泉元彌」なわけなのである。
元彌くんのこのお父さん元秀さんは、かなり強引なひとだったようで、元彌くん=つまり長男がなかなか生まれなかったものだから、本来の元秀の父、九世三宅藤九郎の後継者に、周りは弟・三宅右近を推していたのに、自分の次女祥子を継がせてしまっている。
このときから、他の狂言師たちと自称「和泉家」とのもめごとが始まっているようである。
まぁ、ともかくも、そもそもが自称・芸名なわけだから、あまり世間を騒がせてもいかがなものかとは思うが、和泉流のひとたちにはとんでも迷惑なことなのだろう。
芸力がどのくらいあるのかは小生には判断がつかないが、世間に言われるようにおままごとレベルであるならば、いっそのこと古典とかいわず“芸能・和泉元彌宗家一座”とかの劇団にして稼いだらどうだろうね。(実際そんな感じみたいだが、でも狂言の源流はそういう面がありのものだろうから)
小生は個人的には、あの元彌くんの狂言師とは思えないような舌足らずなしゃべり方が嫌いである。
ともかくも、俗事は元彌ママゴンにまかせて、本来の芸事で精進して下さい。
なお、小生の勘違い、間違いがありましたらご指摘下さい。