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トンデモ八分@謎学の日々

気が向いた時に、いろんな謎や秘密を考えてみたい(とうぶん仮)

「極道」先生~教師はどこへいく

2005-04-08 15:45:08 | とほほ、なぜ
昨日、一昨日と教科書検定と歴史教科書にかかわる新聞社説について書いていたわけだが、そのせいかどうか思わず見落としてしまいましたね、きのうの産経新聞の「極道」先生ニュース。
Yahoo!ニュース - 産経新聞 - 「極道」先生…意味が違う 都内中学の国語教諭 厳重注意
もう、いくつかのブログで取り上げられてますね。トホホですからね。

そもそもこの事件?は
『東京都大田区立の中学校で昨年度、三年生の学級担任教諭が教室に「極道」と書いた学級スローガンの横断幕を掲げていたことが六日、明らかになった。教諭は四十歳代で国語担当。個人的な信条の「道をきわめる」という意味で掲げていたというが、辞書によると「極道」は「悪事をすること」などの意味。保護者から「おかしい」と指摘があり、学校側は「教育上、妥当性を欠く」として撤去し、区教委は教諭を厳重注意処分とした』
というもの。

トホホですね。困ってしまいます。教科書検定やら教育やらを、まじめに語るのがアホらしくなってしまいます。教育の自由裁量なんて、遙か彼方に飛んでいってしまいます。
『教諭の学校側への説明によると、「極道」は自分が高校時代の恩師の言葉で、教職の道を選び前任校などでも掲げ、生徒には「きわめみち」と読ませていたという』ことなんですと。
恩師も恩師です。こうやってトホホなことが受け継がれていくのですかね。

産経の記事は、わざわざ、

『【極道】広辞苑によると「極道」は(1)悪事を行うこと、またはその人(2)放蕩(ほうとう)をすること、または放蕩者(3)人をののしっていう言葉-の意味。ちなみに「極道」と書いて「きわめみち」と読むには送り仮名の「め」が必要で、広辞苑にそうした読み方の取り扱いはない。「道をきわめる」の漢字は「究める」が正しい』

で締めくくっています。親切ですね。
でも、手元にある「大辞林」(三省堂)で「きわめる」をひくと、「極める・窮める・究める」とでてきます。3つの漢字が一緒くたではなくて、それぞれ用法によって使い分けるわけです。
例えば、“深く探って根本的なものを体得するという”意味では「窮める・究める」を使います。
「極める」は、「口を極めて非難する」というようなかたちで使うわけです。トホホ教師のおかげでお勉強になります。
辞書によれば“道の果てまで行きつく”という意味合いとして「極」を使うということです。
つまり“普通の人は行かない、道のはるかあっちの果てまで行っちゃう”ということなんですね。これって世間の表道を行けない「極道」さんのことです。なるほどです。
トホホな四十代国語教師さんは生徒達に、「君たち、どうせ行くなら普通の道は歩かないで、行くところまで行っちゃいなさい、それが“極道”の教えだ!!」なんて指導していたわけですね。すごいです。
ついでに言うと「極」は、「極める」で「きめる」とも読むことができます。
例えば格闘技で、「関節を極める」の「きめる」です。決して「関節をきわめる」わけではありません。「関節技」は「究める」のですね。
「極める(きめる)」は、ということは「かっちり、かたにはめてやる」ということになるのでしょうか。
四十代国語教師さんは、「俺の指導方針に文句があるやつは、かっちり極めてやるぜ」とか、明るく言ったかもしれませんね。なにしろ『快活で意欲的に生徒指導にあたる「熱血先生」として知られるという』ということですから。
そろそろ書いていてアホらしくなってきました。こんな、恩師さんから教師さん、子供たちへと続いてしまうアホやトホホな連鎖は早く止めましょう。


太平洋市つづき~新市名は誰が決めるのか

2005-03-02 17:32:51 | とほほ、なぜ
トラックバックをいただいたこともあり「太平洋市」のつづき。
結局、無惨にも太平洋市は消えてなくなり、新市名は住民のアンケートで募集し決めることとなった。
その決め方は、
・4町村各400人(総数1,600人)を無作為抽出により募集する。(既存町村名も可)
・対象は、18歳以上とする。
・応募数の一番多い名称をもって決定する。
山武中央合併協議会
ということだそうである。
ふむふむ、なるほど、総数1,600人ですか。各町村400人づつねぇ。
で、合併後の人口は何人ぐらいになるの。約6万人ですか。
てぇことは、アンケート数はだいたい2.6%、つうことですか。
各町村でいえば、蓮沼村の人口が約4,800人だから約8.3%。松尾町が約11,000人だから約3.6%。山武町が約20,000人で約2%。ほんで成東町が約24,800人で約1.6%ねぇ。ふーん。
そんなパーセントで良いのですかね。
ふつう、無作為抽出による調査データだと、サンプル数千人ぐらいだとまあかなり誤差は低くなるとは言われているが、でもこれ調査じゃぁないしねぇ。名称を募集するわけでしょ。
まあ、あまり対象数を多くすると、集計が大変だとか、アイデア・意見・迷案百出で、収拾がつかなくなるとか、なんていう懸念があるのかも知れないけど。
仮に(あくまで仮ですよ)、何十案か出た中でトップになった名称案が約15%ぐらいの同様案の集計結果だとしたら、つまり獲得率15%であったとしたら、240人の案でしょ。
人口6万人のなかで、240人の方から出た名称案で決めることになるわけですか。
無作為抽出1,600人が、6万人の意識をイコール反映しているとするなら、この場合、全人口の15%の意見が反映されたことにはなるわけだけど。
それとも、地元では、だいたいの名前の案の方向性がいくつかあるのかなぁ。
例えばね(あくまで例えばですよ)、蓮沼村の方々400人がですよ、みなさんテレパシーで意見交換して「ここは“蓮沼市”と書きましょう」となったら、25%の獲得で、敷衍して1万5千人の意見となるわけですよね。
さてさて、どうなんでしょ。
なにをつまらないことをちくちく言っとるんじゃい、ということなら、はぁすんませんですけど。
いずれにせよ、3月9日までが募集期間らしいですから、そのうち結果はわかるでしょうけど。
なお、もし、私が誤認・誤解によることを書いていましたら、教えて下さい。