駅案内所からこんにちは~
今日はよこて半日観光へ参加してきました
よこて半日観光とは、横手市内の名跡・名所を半日で巡るツアーのこと
年に6、7回開催されています
今回のコースは・・・
①埋め塚、切支丹塚
②武家屋敷
③成章学校、無量寿院
④本多上野介正純墓碑
⑤旧日新館
⑥横手公園、横手城址
⑦龍昌院(戊辰戦争戦死者のお墓)
⑧石坂洋次郎文学記念館
この中からいくつかをご紹介いたします
埋め塚、切支丹塚
国道13号線と107号線が交差する安田原交差点の近くの八王寺公園にあります
ここは享保~天明の大飢饉のときに餓死した人々が埋められた場所だと言われています
陸奥(岩手)などでは出羽(秋田)へ行けば食べ物があると聞かされて
奥羽山脈を越えてきましたが、途中で倒れてしまう人々がたくさんいたそうですね。。。
また、元和8年頃、切支丹数十人が蛇の崎橋に集まり、一揆を起こしたことがありました。
結局全員捕まって、この地で処刑されてしまいました
彼らの遺骨を埋めたのもこちらであるとされています。
武家屋敷
横手の武家屋敷といえば羽黒町
横手城下である羽黒町は幕末期のお侍さんの居住地でしたが、戊辰戦争で横手城は炎上し、
羽黒町も過半が焼失してしまいました
炎上により当時の建物はほとんど残っていませんが、袋小路やT字路などの複雑な街路や
屋敷構えに当時の面影が偲ばれます
現在の建物は平成13年までに実施された町なみ環境整備事業により、黒塀や植栽などで
デザインを統一することで武家屋敷街としての趣をかもしだしているものです
成章学校、無量寿院
羽黒町をすぎ、南小学校の脇を入っていった清水沢地区に成章学校(無量寿院)跡はありました
藩政期には寺子屋や家塾で、士族には旧郷校育英書院で教育されていましたが、
明治6年~7年にかけて横手周辺でも文部省の認可を受けて相次いで小学校が開設されました
明治7年8月20日、士族の居住する内町に根岸学校、裏町学校、そして成章学校が清水沢の
無量寿院内に作られました
無量寿院は真言宗で、もともとは沼館の雄勝山蔵光院の場所、奥まったところにあったため
奥の防と呼ばれていたそうです。
明治維新後、住職無住となり昭和43年頃に解体されました
旧日新館
明治時代に旧制横手中学(横手高校)の英語の先生のために建てられた建物です
昭和30年までに6人の先生方が暮らしました
最後の住人である宣教師のスマイザーさんは、太平洋戦争で横手に進駐してきたアメリカ軍の
早期撤退に力を尽してくれました
中に入るとこんな感じ
大変珍しいものも残っていました
こちら、昔の洋式トイレだそうですッ
優れたデザインの玄関バルコニ―やモダンな櫛形窓など、明治期の洋風建築の特色がうかがえますね
そして実はこの旧日新館、ゲゲゲの鬼太郎にも登場していたんですッ
水木しげる先生のスタッフさんが、作品の資料として提出し、先生の目にとまったのがきっかけではないか、
と管理人の鶴岡さん
現在は秋田県の有形文化財として保存されています
横手公園、横手城址
横手城址の一帯は横手公園として整備され、市民の憩いの場として親しまれています
横手城はその昔、朝倉城とも、龍ヶ崎城とも、また石垣の代わりに韮を植えて敵の足元を滑らせたことから
韮城とも呼ばれていました
現在は模擬天主閣が建てられ、資料館となっていますが、当時は大きな平屋のお城が建っていたそうです
お城の展望台からの眺めも素晴らしいですが、広場からの眺めも最高ですね
晴れていたら鳥海山も見えるんですよ~
夜は夜景が綺麗なので、素敵なデートスポットにもなっています
朝から肌寒くて、雨になるかなと思っていましたが無事に晴れてくれてよかったですッ
寒くもなく暑くもなく、まさに半日観光日和でございました
参加してくださった方々、今回もありがとうございました
なぜだか参加者の中で一番息が切れていたシズシズがお送りいたしました~(笑)
旧日新館
所 在 地 横手市城南町7-1
開 館 日 毎週水曜日のみ開館
見 学 料 無料
お問合せ 横手市教育委員会文化財保護課 0182-32-2403
横手城
所 在 地 横手市城山町29-1
開館期間 4月1日~11月30日、及び雪まつり期間中
開館時間 9:00~16:30
入 場 料 100円(4館共通入場券)
※かまくら館、後三年の役金沢資料館、石坂洋次郎文学記念館を
含む4館すべてが100円でご入場いただけます。
お問合せ 横手城展望台 0182-32-1096