冬桃ブログ

日常雑記です。

塩見弘子著「悠遠の人 高山右近」

2017年02月28日 | おしらせ
 友人の塩見弘子さんが初の小説を上梓した。
 戦国の世を、キリシタン大名として生き抜いた
高山右近が主人公である。



 塩見さんはインタビュアー、フリーライターとして
マスコミの世界で活躍してきた人だが、初の小説が
時代小説、しかも面倒な戦国時代とあって、
わたしの想像以上にたいへんだったと思う。
 
 彼女とは一緒に旅行をしたり食事をしたりする仲だが
この本の取材が十年以上も前から始まっていたとは
じつをいうと知らなかった。
 十年の間に、彼女の身にはさまざまなことが起きた。
 それこそ、仕事どころではなかった時期もあったことを
私は知っている。

 そうして完成したこの本は、身びいきではなく
ほんとうに素晴らしかった。

 まずは、「カトリック生活」という雑誌に
連載されていたにもかかわらず、宗教くささがない。
 作者の目は、あくまで客観的に、時代、人、
そして宗教というものを見据えている。

 私は戦国時代が苦手で、山岡荘八「徳川家康」
全巻を読んだときも、権力争いや合戦はすべて
すっとばし、そんな時代を生きた女性達(淀君、
千姫、築山殿など)の部分だけ熱心に読んでいた。
 
 でも塩見さんは女性の感性で丹念に当時を学び、
じっくり自分の中でほぐし、その上で、やさしい
文章を使って書いてくださっている。
 だから初めて、戦国時代物を、飽きずに
読み通すことができた。

 戦や築城に長けた優秀な大名でありながら
神という、絶対的な存在と出会ってしまった右近。
 その右近を試すかのように、時の覇者達はみな、
自分をとるか、神をとるかと激しく迫る。
 信長、秀吉、家康……血で血を洗う情勢の中で
彼らも不安でたまらなかったのだろう。
 共鳴しあい、友情をはぐくんだ
千利休、小西行長、細川忠興らの人物像も
それぞれ粒だって描かれている。
 

 しかし、高山右近という人の生涯が
これほどサスペンスフルだったとは知らなかった。
 まさに栄光とどん底の繰り返し。
 次はいったい何が起きるのか、
はらはらどきどき読み進むうちに、
戦国時代、日本におけるキリスト教史などが
自然に頭に入ってくるのだからありがたい。
 
 「戦国時代は嫌い」「時代小説、面倒くさそう」
「宗教、わからない」という私のような人間には
ほんとうにありがたい一冊だった。
 あなたももしそうなら、いや、そうでなくても
ぜひご一読を!
 

 
 
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