yoga日和 <seishin庵>

ふうてんヨギが日常を綴ります。力を抜いて、頑張り過ぎずに行きましょう・・・。ま、ま、お茶でも召し上がれ。

「スートラ」定例研究会から・・・・。フォローの能書き・・独り言。

2007年04月22日 | 日々修行。
あまり、このブログには、相応しくありませんが・・・。
先日の、「ヨーガ・スートラ定例研究会」での、フォローをしておく必要が有る気がするので、ここで少し、取り組んでみます。

強烈な独り言になるので、二度は、無いな・・と。
興味があれば、最後まで、お付き合い下さい。
面倒くさければ、誰かに聞くなり、僕に直接聞いて頂くなり・・・で。

また、殆んどの場合、僕の勝手な思い入れなので、あえて、誤解を承知で思い起こしてみます。
意見がある方も、多いと思いますが、個人的感覚なので、お許し頂けると気が楽です。

では・・早速・・。
僕としては、ヨーガを、「野球」に例えてみます。
守備を、「ハタ・ヨーガ」のカテゴリー。
「走・攻・守」を「トリスターナ」。
打撃を「ラージャ・ヨーガ」・・・などです。

みんな、なんとなく、「野球」をしてみたくなったとします。
それは、ただ、面白そうだからです。
最初から、メジャーリーガーに成るために、野球を始める人は、少ないと思います。

少し、調べてみると、野球は守備といわれる、守りのポジショが、ある事を知りました。(ハタ・ヨーガ)全員それに取り組まなければ成りません。
大抵の人は、その自分の野球に、興味を持たせてくれた選手と同じポジションに付こうとします。
そこで、有る人物A君は、メジャーリーグの花形ピッチャー、ジョン・スコットや、デビッド・スエンソンに憧れ、ピッチャー(アシュタンガ・ヨーガ)を選びました。
過去には、クリシュナマチャリアや、パタビジョイスなどのスターも居ました。
現役最高齢のキャッチャー(アイアンガーヨーガ)、アイアンガー氏は、世界的に有名だし、他にも優秀な選手は、大勢居ます。(ライトには、シバナンダ。センター、クンダリーニ。レフト、ビクラム。など・・)
また、この所の野球ブーム(ヨーガブーム)からは、野球そのものより、守備そのもの(ハタ・ヨーガ・・特にアサナ)に興味があって、始める方も多いです。
また、それは、野球への興味の切っ掛けに過ぎず、全く間違いではありません。

ただ、独学では不安なので、A君は、野球教室を探しました。
すると、名古屋、名駅近くに、「NYC」という、教室を見つけます。
そこで、野球には、「走・攻・守」(トリスターナ)で、出来ている事を、知らせれます。
来る日も、来る日も、走って、打って、守ってを延々、やらされます。
そこのコーチである、seishin氏は、地味な基本ばかりを、やらせます。

でも、そのうちなんとなく、コントロールが良くなっている事に気が付きました。
球威も増して、初速も上がり、投球にメリハリが、出ています。
俄然、ピッチングが面白くなります。

先輩ピッチャー達は、カーブを身に付け、スライダーも投げます。
中には、150kmのスライダーを投げたり、ジャイロボールまで、取り組んでいる奴らも居ます。
そんな猛者たちは、「せめて、フォークを投げれないと、話にならない!」とか、2シームと4シームの違いとか、ナックルを投げる為、朝早くから、みんなで練習したり、球種の多さを競いあっています。

世界的には、ピッチングに、格闘技の動きを加えて、凄みを増した奴らも居ます。
甲子園経験者(インド修行)や、マイナーリーグ(アドバンス)又は、メジャー選手(AYRI、オーソライズ指導員)も、日に日に増えてきます。
ただ、NYCのseishin氏は、町の草野球界では、名物の野球オヤジですが、それだけの事・・・。
ただ、イマイチ、信用できません。

当然A君も、解かりやすい取り組みに、取り組みたくなります。
NYCで、練習していれば、150kmのスライダーも夢ではないと思えてきます。
投げて、投げて、投げて、投げまくって、練習します。

何日かが過ぎ・・・。

でも何故か、満足できません。これで、いいのだろうか?
野球に取り組んでいる気がしない・・・・。
悶々としています。
そこで、NYCのコーチのseishin氏に相談してみました。
すると、「試合をしてないからじゃない?」と、言われます。
??????「試合?」
「・・・野球は、試合が必要なんだった!・・。」解かってはいたのですが・・・。
150kmのスライダーは、投げられないにしろ、せめて、フォークは、投げれるまは、試合には出てはいけない・・・。そんな、有りもしない勝手な決まりに、自ら縛られいました。

でも、試合に取りくむ為には、もう一つ、身に付ける技術が必要です。
それは、バッティングです。(ラージャヨーガ・・ただし、ディアナまで。)
「でも、走・攻・守の練習で、バッティングもやりました。」
seishin氏は、言います。
「確かに、その通りだけど・・・・。一度、大学の優秀な先生に、打撃論を教わろう!愛知学院のI氏がいい。呼んでみるよ。」

こうして、毎月各週で、「打撃定例研究会」なる、取り組みが始まります。
参加してみると、奥が深いのに、驚きます。
別の興味も、沸いてきます。

ある日、東京から、小山という、独特な打撃理論を語る、先生が来ました。
彼は、グリップは、「骨にお湯が流れるように握れ!」とか、「横隔膜の振動を、バットに伝えろ!」とか、言います。
・・・・?何のこと??

150kmのスライダーを投げるのが、目的に成りつつあるA君には、青天の霹靂!
より混乱してしまいます・・。

ただ、小山氏が、言わんとするのは、その心の座標です。
バッティングを身に付けるには、心が動揺していたり、迷っていては、取り組み、そのものが、ぶれる為、いろいろな実体験を用い、比喩し、言い方を利用しながら、野球そのものを、解説します。

また、最後に彼は、「それで、バッティングやピッチングも、充分身に付けても、それを生かさなければ、野球をしたとは言えないよ。」と、言います。
つまり、練習には卒業があって、それで、試合をしろといいます。

当然か・・・。

勝とうが負けようが、せっかっくの、この技術。野球のゲームを楽しむ事で、生かしてみたい。
A君も当然、そう思います。・・野球を楽しみながら・・・・。

ここで言う、野球がヨーガなら、試合は、人生の各ステージです。
いろいろな、試合に臨まなければ、成らない。
ある一試合に負けたからといって、今までのステージ全体が、無駄だったとは思えません。
そして、もう試合をしなくていいようになれば、試合の勝負(結果)に一喜一憂しなくて済みます。(サマディー・・か?)
傍観しながら、我の事として興奮したり、他人の事として、ただ、眺めたり・・。
いずれにしろ、ただ、試合です。

各ステージの試合を、納得するまで、やりきったあと、引退したときに、自分の野球人生が、どうだったか・・?それは、人それぞれの結果です。
他人は干渉できません。
ただ、ただ、有意義で、あることを祈ります。

・・・・・・・・。

つまり、150kmのスライダーは、試合のある一場面では、物凄い武器になりますが、試合を楽しむ、一つの要因でしか有りません。
それが、投げれたからといって、必ず勝つとも限りません。
また、勝つ事が、試合を楽しむ事とも違います。
野球人生として、実りの多い負けたかも、有るはずです。

ただ、ある、いちメジャーリーグのピッチャーに憧れて、始めた野球が、人生を教えてくれても、間違いではないと思います。

一つややこしいのは、ピッチャーに向かって、他のポジションが・・そこは可笑しいの、間違いだの・・・評価し合っていることです。
ポジションに、優劣はありません。(センターとショート。どちらが凄いんでしょうか?)
役割、取り組みも違えば、嗜好の差。向き、不向きと言ってもいいと思います。
また、同じピッチャー同士でも、ピッチングに対して、文句があるようです。・・・。NYCで、野球を学ぶのは、間違いだと、言う人もいます。(草野球だから・・です。でも、野球は少年野球から、始めますよね~~。いきなり、プロ野球に、所属できないですよね・・。笑)
甲子園を経験しないと、野球が出来ない・・?(インドに行かないと、ヨーガは、学べない・・?)これも、おかしな話です。

でも・・・試合で投げて、さあ・・どうか?
150kmのスライダーを、喜んでくれるのは、チームオーナーでしょう・・。この場合、スタジオ経営者です。確かに、その人たちの、目には留まりやすいと思います。スーパースターを必要としますね。
でも、それが、正しい試合への取り組みと、勘違いすると、大きく悩んでしまう。
・・・こんな所でしょうか・・。

ただ、野球自体にも、いろいろな楽しみがあります。これは本音です。
キャッチボール程度でも、満足される方もいれば、全試合に完全勝利しないと気が済まない方もいます。
ichiroのように、打率成果主義の方や、ホームランが、生き甲斐でも構いません。
河合のように、犠打に職人技を発揮しても、抑えに技を魅せても構いません。

これは、山登りに、山頂を目指す以外にも、取り組みがあるのと同じです。
山頂にたどり着いた人は、「ここにこれば、こんなにいい景色があるのに・・。」と、言いたくなる気持ちはわかります。
そこに向かわない、人達は、「あんな危険で大変な思いをしなくても、山道の両脇には、こんなきれいな花が咲いて、空気もキレイで、心地いい。これで充分だわ。」と、言っているかも知れません。
ただ、長々、歩いて上ってたら、自分の意思とは裏腹に、山頂近くに居たとしても、不思議ではない。

・・・そんな感じです。

おみゃ~さんが、僕に質問された件です。
「アシュタンガ・ヨーガとクンダリーニ・ヨーガ。混じったりして、迷いませんか?」
僕は、全然、別物として処理されている・・と答えたのは、このことです。
ピッチャーマウンドでは、ピッチングをしています。
そこから、センターにフライが上がっても、走っていって取ろうとはしません。
また、センター守備位置から、140kmで、ストレートを内角いっぱいに、決めて三振を取ろうとも、考えません。
でも、ピッチャーのスキルが、センターからのバックホームに利用できて、タッチアップを阻止する事は、あってもいいと思います。

ichiroも、ドラフトでは、ピッチャーで、登録されていました。
王もそうです。・・川上も・・・。(古!)
でも、みんな、野球道の求道途中で、自分なりの、落ち着き場所を手に入れました。
その途中では、いろいろな試行錯誤が有っていいのでは、ないでしょうか・・?
当然、センターから、三振取れると、勘違いをして、思い上がった時期が無いとはいいません。・・身の程知らずでした。(反省!)

つまり、150kmのスライダーが、投げれるなら、それは充分な個性です。
でも、投げれないからといって、野球そのものに、価値を見出せなくなる必要はありません。
また、150kmのスライダーを、投げる為、自分を犠牲に取り組んでみても、喜んでくれるのは、チームオーナー(スタジオ経営者)ぐらいで、バッティングは、おろか、試合そのものが、思い通りに行くわけでもない・・。
目的は、野球を楽しむ事で、手段に150kmのスライダーがありました。
それが入れ替わって、150kmのスライダーを投げる事、そのもを目的としてしまうのに気づかない所から、迷いや不安が生じています。

勝つために野球をするのではなく、驚く程の変化球を、投げれる事を目的とせず、初心どおり、「面白そう」の中に、無為自然が、隠れている気がします。

・・・・いかがでしょうか?

どえらい、疲れた!!!!

最後まで、お付き合い頂けた方には、心から感謝します。
こ難しい、独り言でした。

おみゃ~さん&イトウ先生・・・なんとなく、僕の背景、伝わりましたでしょうか?
是非、アドバイス頂きたいと思います。

「求道、終わりなし。道、遥かなり。」

次回は、マラソンに例えてみます。・・・(嘘です。)