モンゴルのいろいろ by нэг モンゴル人

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石像

2008-01-15 15:29:45 | 文学
  皆さんあけましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いいたします。
 新年投稿第1号は「石像」という小説です。
 昔のモンゴル人は亡くなった貴族や愛しい人のために墓は作らないが、石像を立てた。その人を似せて作った石像はこうして何百年にも渡って草原を見守っているのです。石像はモンゴル語で フンチョルー 「人石」といいます。 
果てしない草原のなかで石像たちを見ているとまさしくこんな気分になるのだろうと思います。今は亡き有名な詩人O.Dashbalbarの手掛けた短編小説です。 



      石像
 夕暮れにアルタンオヴォー山は東に向いて寝ている巨大な雄牛みたいに黒ずんで威光を放つ。草の匂いが鼻に突き刺し、運ばれてくる温かい風がときにカミツレ*時ににら*の匂いを漂わす。田舎の荒地は静かで、たまに星が煌めき、天だけが地球を聞き入る…
 私は、冷たい、肩に手を触れると急にあの石像はビクッとしたように思えた。私もびっくりして手を引き、何だっけ、と無意識に考えた隙に、私の体が石像に固まり、あの石像が目覚め、生き返り、考え始めたようだった。玉髄の石像は現地の人に殿様像と呼ばれ、黄昏が霞めるなか、白い胴体が哀しげに自分の頭を探し求めるように見える。
 彼の頭は激しく悲惨は時代に撃たれ、肩から離れ転がったその玉髄の頭は跡形もなくなり、何年も経った後ある心優しい人が普通の石で不器用な頭を作って代わりに置いた。そうやってとりあえず頭を取り戻した石の殿様は寂しそうに南を見つめ、毎朝日の出を見続け、世の中何か不思議なことが起こるのを待ち続ける。信仰深い人々は、彼が生きていると信じ全く疑わず、子宝に恵まれるよう、病気が治るよう、などなどありとあらゆることを密かに頼み、玉髄の殿様が胸に持つ椀に、バターや米、お菓子、角砂糖、コインを絶えず盛るのだった。石像はそれをさえずりまわる雀や体中を走り回る蟻に食わせ、左側何歩かに同じく自分の頭をなくして別の石で置き換えられた黄色い大理石の奥さんの悲しみを玉髄の体で感じている。
気がつくと、私が石像のことを考えているのか、石像が私について考えているのか、違いが分からなくなり、私の魂が石像に浸み込んでいるのか、石像の魂が私に入ってきているのかと混乱する。
 ねえ、世の中よ、なぜ秘密を明かさない。いったいいつどうしてできて、いくつの時代を織り成し石像たちが立ち尽くすのか。
代わる代わる雪と雨、風と嵐に打たれてもそのまま、日が照り、星が光っても相も変わらない石像たちよ、どんな業の下こんな地獄に落ち、星の向うから救いを待つのか。
 東南には嫁像、西南に息子像が陰る。高く生え茂る藺草の中から粗雑に作られた息子像が星の光にちらつき、火山岩の恋人を眺めるが、後ろから見つめる父を恐れるのか、動かない。蓬や麝香草が香る。夜の涼しい風が吹く。風の流れに乗って何かが息子像のほうから嫁像へほとばしったような気がした…どんな運命がこの4人を石に化し、何百年もこの草原を守らせるのだろう。夜露がまわりを覆い、遅めの月が雲の群れを通り抜けて昇るころ、あの石の殿様の目に涙が光るのが見えて、私は驚き後退りした。涙は煌めく2つの小さな星になって石の椀にとまった。彼の額に滲んだ霜も私の目に映った。胸中がヒンヤリと恐怖に襲われると、「怖がらないで、無を思い出せ」という信号が脳へ走り、御師匠の声が聞こえた。後ろを振り向くと何もない。心は落ち着き、大理石の奥様を見ると星の光りに微笑んでいた。
彼女の石の微笑が私の心臓を切り裂いたようで、私は気を失った。
 …暫く経ったのか、何百年も過ぎたのか、分からない!私の中に何かが入ってきて出て行ったように感じ、やっと目を覚ますと、ダイヤモンドの空が冷ややかで、石像たちが上で見守ったままだった。一瞬も一億年も性は同じ、天と思は意が一つ、という声が聞こえる。石像たちは私を優しそうに見つめる。彼らを怖がらなくなった。玉髄の殿様の椀に一羽の小さな鳥がとまったのは火のツバメだった。草の中で寝続けていると時の向うから伝わる微量の波動が私の体に浸み込む。
 死がないことを信じ、石像たちの側を離れ歩いていくと、ふと風が吹きぬけ、女の人が苦しそうに泣くようで、よくしゃがんでみると青い花が月の光りに静かに泣いている。少し揺れるのが、若く美しい娘のようで、驚いていると、一万五千年前、あなたの恋人だった、とそよ風の中に微かな声が囁く。
 ぼんやり月光の中、黒く陰る石像たちの視線を背後で感じる。しゃがんであの花を摘むと、初めて会った娘の足が一瞬頭を横切る。娘草の先から私の薬指に冷たい露の一滴が落ちる、時の向うにいても、私の隣にいる。全能者へ一滴を投げ捧げる!*
 花の魂は一筋の青い光になって宇宙へ赴き、地球で味わう苦しみを終えた喜びに無数の星の合奏が光り、美しい調べが奏でられるのだった!…

 
  
*カミツレ sharilj(蓬とも訳されることがある)匂いが強く、夏先これにアレルギー起こす人も多い。
*にら taana にらの一種、料理に使うこともあり、羊がこれを食べるとうまみが肉に浸み込んで美味しくなるといわれる。
*蓬(ニガヨモギとも)agi 
*麝香草(タチジャコウソウ)ganga いい香りがする、小さなピンクの花を咲かす。汁を洗髪に使うとツヤが出ると言う。
*全能者へ投げ捧げる serjim orgoh(セレジムを捧げる)薬指にお酒をつけて天、地、尊い者へと捧げる儀式。この記事をご参照ください。


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3 コメント

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素晴らしい (バデマ)
2008-01-15 21:15:27
なんか 自分が文章の中の人になったようでした。   そしてヤンジガさんの翻訳も上手だったのでまるで文章の原文を読んでいる感じがします。中学校のときSE erideneeさんの (読みが違っているかも)の「故郷の風何を語るのか」との文章を勉強した覚えがありますが、それを読んで同じく風に乗って耳のそばに昔の懐かしい人たちが何かを語っていたと書いてあったけど。
 それで、コメントが長くなって意味がないものを書いてしまってごめんなさい。
 久しぶりにあっていますが 最近お元気でしょうか?ヤンジガさんもまたたくさんいい文章紹介してくれることを願っています。
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故郷の風 (yanzaga)
2008-01-16 15:58:16
 バデマさん、早速のコメントありがとうございます。
褒めていただいて恐縮です。
 S.Erdeneの作品とか勉強するんですね!S.Erdeneの小説、いいですよね。「日の鶴」とか「愛の林」とか…読んだことありますか。他に“外”モンゴルの文学は何を読みましたか。ぜひ教えてください。
 モンゴルの文学私もたくさんご紹介したいが、著作権とかあるので、やっていいのかどうか少し気が引けます。
 最近(だけじゃなくいつものことですが)勉強とか他のことでいっぱいいっぱいで、時間の活用がなかなか上手くできない人だから、投稿が遅れてしまいます。すみません。
 読みたいときに更新されてなくてがっかりされることが多々あるかと思いますが、どうか末永くお付き合いください。
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著作権何かの違反の心配 (バデマ)
2008-01-18 16:02:02
 ヤンジガさんは何かの商業意図でではないから、また、その作者の名前まで書き入れているのことは原作者の権限にまったく触っていないのが明瞭でありますし、 それにまたインタネットで、作品に対する扱いが異なってきて、もっと自由になると思いますので、ヤンジガさんみたいに自分の好きな文章を記載するのとはなんぶでも大丈夫じゃないかなと思いますよ。
 ヤンジガさんがまたたくさんのいい文章を紹介してくれることを期待していますよ応援するよ!
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