7月27日から約1週間、福島県の親子が島根の出雲に滞在にきました。
昨年の原発事故による放射能汚染を受け、島根の市民と福島市のコミュニティーとが連携し、出雲の鷺浦での保養プログラムが昨年の夏休みに開かれ、今回が2回目の来訪だそうです。
知人から情報を受け、私も手伝い(というかおじゃま)しに行きました。
昨年と比べれば福島の生活もだいぶおちついてきているようで、校庭で動きまわることは問題なくできるようです。しかし、海に入ったり、安心して暮らせる状態かというと、まだまだそうではないでしょう。
私が訪れた日は、みんな思う存分海水浴や川遊びに励んでいました。しっかりモノの中学生が多く驚きました。
福島からの代表のかたは、離れ離れなってしまった福島県民の心をつなごうと取り組んでおられ、県外避難者支援ニュース「わすれな草」を発行されています。
放射能汚染の度合いも異なれば、考え方も違う。避難区域に指定されたところもあれば、されなかったところもある。遠くへ避難した人もいれば、したくてもできない人もいる。離れたくないのに故郷を離れないといけない人もいる。
東日本大震災を経て絆が見直されてきたと思いますが、放射能汚染に悩まされた地域の人は、進む方向が見出せず、必ずしもこの絆を発揮できない状態なこともあったと思います。
私は計画的避難区域のすぐそばの避難区域外に住んでいましたが、1年間福島県内の別の場所に滞在した後、島根県に引越しました。しかし、福島の地や人への愛着がなくなってはいません。ぎくしゃくしてしまった関係もありますが、心がつながれたらいいなと思います。
フリーペーパー吹く島
http://f-lifeaid.org/katsudo_hokoku/index.html

滞在した鷺浦の風景