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やなしお通信

2015年3月、島根県美郷町別府の地域おこし協力隊員の3年の任期終了後も田舎の匂いを伝えていきます

塩焚き

2015-04-07 23:59:59 | その他
4月7日
大田市静間の静の窟にて、藻塩づくりをされているグループがおられます。
経営というよりは、体験受け入れをメインに長年取り組まれている方々です。

今回は体験というよりは修行というわけで、率先して教わりに行きました。


また教わりに行く予定につき、詳細は後日。
(4月20日記す)

スズメバチ

2013-08-07 14:13:07 | その他
スズメバチに刺されました。
きのう、いつものように頼まれていた草刈りを早朝からやっていて、
お昼前、家の裏の急斜面にて。


作業の始まる際、家のかたに、

「ハチがいるかもしれないから、そのへんこれで叩いてみて!」

と言われ、巣がありそうなところを高枝のこぎりで叩いてみるが何も反応なし。
安心して草刈りしていると、そこから10メートルくらい離れたところで作業中、
右の頬にバチっと何かがぶつかった感触。


「あれ?なんだろ??」


スズメバチが6匹くらい飛び交っているのですぐにわかりました。
とにかく立ち去ろうとエンジンをとめて、落下しないように斜面を下りる。

痛みもあるけどちょっとくらくらして、目もチカチカ。

さっと水をかけて日陰で横になって1、2分もすると、痛み以外は何ともなくなりました。

刺された場所は右の頬の唇から2cmのところで、痛さはずきんずきんと増してきて歯も痛いし舌もしびれてきた。
作業の仲間が「病院に行ったほうがいい」とのことで、
すぐに連れて行ってもらいました。


病院に着くころにはしびれはなく、痛みも多少やわらぎました。
このときの痛みは「スズメバチ!」といういかにも痛そうな感じからすると、そうでもない(とそのときは思った)。


病院の薬や注射や極力避けたいので、
お医者さんに「痛みもがまんできます。はれもがまんできるので、極力何もしないでほしい」ことを伝えると、
すぐに意思を汲んでくださって、何も処置せずに、夕方、様態が悪化したら来てくださいということになりました。


わずか1分のやりとり。それでも3割負担で810円しっかりとられました。


「なんだ、たいしたことないな」


と思い、家で休んでいると、意外と痛みが治まらない。
それどころか、けっこう痛みの質が変わってきて、食べようとすると痛い、しゃべるだけでも痛い。
とにかく冷やして、ビワの葉エキスを塗って休んでいました。



それから、夕方になると、ちょっと腫れも広がり、痛みも広がり、のどが痛くなってきました。
風邪をひいて喉が痛いのと同じ状態。


どうしようもないほどでもないけれど、とにかく動かすとズキズキ痛むので、夕食もモリモリというわけにいかず、とにかく横になって寝ました。



翌朝、目覚めると、痛みはだいぶ治まっていました。が、腫れが広がり、鏡を見ると「誰だこれ」状態。
でも午前中、体を動かしていると痛みもほとんどなく、腫れて顔半分が熱いなあって程度まで治まりました。

2度目は危険かもしれませんが、とりあえず1度目のスズメバチは、無事に落ち着きそうです。
みなさんもお気をつけて。



福島で震災にあった身として

2012-12-16 00:35:46 | その他
いよいよ投票日。

福島県で自給的なくらしをそれなりにしていて、
そこで震災にあい、借りていた土地も放射能汚染を受けました。

原発事故はあってはならない。半永久的にとりかえしのつかないことをしてしまいました。
ずっと戻らない土地、そして数多くの人と人とのつながりも崩されました。
単に住む場所を失った、仕事を失ったというだけでなく、心のよりどころをなくし、生きがいや夢をなくし、離れ離れになった家族、常に不安と戦いながらくらす日々、前向きになれない心。心的影響もはかりしれません。

私にとって、生態系が豊かで伝統的なものもたくさん残るお気に入りの場所だったのですが、自然農で積み重ねた土地が汚染され、燃料の薪も新たに入手するものは汚染されている。数値上の安全、大丈夫という問題もあるけれど、精神面の影響が大きく、避難区域外で補償もろくにありませんでしたが、何とか島根に避難することができました。
知人の多くは今も福島でくらしていて、いまだに震災を機にお話できなくなってしまった人もいます。


原発事故後は、汚染の状況や制度、原発の状態などが気になっていましたが、落ち着いて考えると、これは単なる事故で危険という問題である一方、あまりにも、世の中が一部の権力(カネかな?)で動いていて、一般民はそのどうしようもない流れの中で生きていくしかない状態になっているのかなと改めて思いました。



そして、必要なのは「まずお金」ではなくて、「将来、自分やみんなの子どもや孫が健康で安心して、持続的にくらしていける環境と世の中を残していくこと」が大事。そして、そのための「つながり」が大事なんだなと思いました。

そう考えれば原発は即ゼロが当然だし、TPP参加も憲法9条改訂もどうすべきかは明らかです。もう一度、各政党がどういうスタンスなのかよく調べて選挙に臨もうと思います。

一ヶ月

2012-11-24 22:03:46 | その他
古民家に移り住んで、約1ヶ月。

ネットのない健康的な生活も、本日の回線工事を機に終了。
再び自宅でインターネットに埋もれ汚れた生活を送るようになりました。

今日はさらに、一ヶ月目にして初めてお風呂を沸かしています。
動くのか心配でしたが、灯油を入れてタイマーをひねったら、あっけなくボンっと始動しました。島根県美郷町に移り住んで生まれて初めて電気温水器のお風呂の家に住み、こんどは生まれて初めての灯油で沸かすお風呂。これは薪と兼用なので、ぜひとも薪で沸かしたいのですが。
薪でも灯油でも沸かせるって、けっこう賢いぞ! 薪を常用していて時間がないときに灯油で沸かしたり、灯油を常用していて灯油が入手できないときに薪を使ったり。現時点でおおちゃく自給暮らしの自分にとってはありがたい存在です。
ちなみに一ヶ月間お風呂に入っていなかったわけではありません!


それと、うちの猫情報。引き取り手がいて、オス2匹(ニャンタとニャンタ)が巣立っていったため、本日からうちの猫はメス2匹(こまちとニャンコ)のみとなりました。一時はうじゃうじゃいてどうしようかと思いましたが、少なくなるとちょっとさびしい。2匹なら家の中に入れられるかな・・・。

以上、引越しの荷物がいまだに片つかないわが家の報告でした。

引っ越ししました

2012-11-01 09:43:30 | その他
つい先日、別府地区内の古民家に引っ越ししました。
茅葺きにトタンがかぶさっているおうちです。

囲炉裏と薪ストーブがあったらなあ・・・。


お風呂は薪で沸かせますが、薪置けそうなところには薪ではなく何故か大量の瓦が・・・。
仕事や畑をやりながらなので、引っ越しは荷物を移動しただけで全く片付いていませんが、
皆様ぜひお越しくださいな。


大盛況

2012-10-14 20:52:41 | その他
だるま通りマルシェおかげさまで大賑わいでした。

「べっぷのいいもん屋さん」として初出場。

玄米焼きおにぎり(美郷町別府産コシヒカリ新米、井上古式醤油使用)は完売!
「やなしおの里」のあんもち(美郷町産もち米、国産小豆)も完売でした。
しず小屋特製の雑穀野菜スープと酵素ジュースも好評でした。
素敵な演奏もいっぱい。でも、よそのお店を見る暇なかった~。







お仲間のご紹介

2012-09-23 21:28:04 | その他
↓のチラシを作った、美郷町の地域おこし協力隊の山本友紀さんのブログです・・・
http://chu-rip2.cocolog-nifty.com/blog/
私とは配属先が別で、仕事内容もぜんぜん違いますが、美郷町内外をいつもモーレツに動きまわっているみたい。やなしおの里のイベントにもギャルを大勢連れてきてくれました。ブログぜひ見てみらんしょ。若いねー。

福島から島根への来訪者

2012-08-25 21:20:10 | その他
7月27日から約1週間、福島県の親子が島根の出雲に滞在にきました。
昨年の原発事故による放射能汚染を受け、島根の市民と福島市のコミュニティーとが連携し、出雲の鷺浦での保養プログラムが昨年の夏休みに開かれ、今回が2回目の来訪だそうです。
知人から情報を受け、私も手伝い(というかおじゃま)しに行きました。

昨年と比べれば福島の生活もだいぶおちついてきているようで、校庭で動きまわることは問題なくできるようです。しかし、海に入ったり、安心して暮らせる状態かというと、まだまだそうではないでしょう。
私が訪れた日は、みんな思う存分海水浴や川遊びに励んでいました。しっかりモノの中学生が多く驚きました。




福島からの代表のかたは、離れ離れなってしまった福島県民の心をつなごうと取り組んでおられ、県外避難者支援ニュース「わすれな草」を発行されています。

放射能汚染の度合いも異なれば、考え方も違う。避難区域に指定されたところもあれば、されなかったところもある。遠くへ避難した人もいれば、したくてもできない人もいる。離れたくないのに故郷を離れないといけない人もいる。

東日本大震災を経て絆が見直されてきたと思いますが、放射能汚染に悩まされた地域の人は、進む方向が見出せず、必ずしもこの絆を発揮できない状態なこともあったと思います。

私は計画的避難区域のすぐそばの避難区域外に住んでいましたが、1年間福島県内の別の場所に滞在した後、島根県に引越しました。しかし、福島の地や人への愛着がなくなってはいません。ぎくしゃくしてしまった関係もありますが、心がつながれたらいいなと思います。

フリーペーパー吹く島http://f-lifeaid.org/katsudo_hokoku/index.html




滞在した鷺浦の風景