遊行吟遊

短詩型作品等

挽歌 (或いは 「タナトス レクエイム」)

2010-11-03 10:50:37 | 詩・短詩
垂直に切り立つ 鋸歯状の断崖
墓石のような流氷の 不気味な呻き声
けたたましい海鳥の群れ鳴き

さあ、ぼくはこのまま、
さいはてのオホーツクに向けて 旅立とう
荷物なんか持たないで 帰りの切符も買わないで

鉄道がぷっつり切れたら
そこから 歩き始めればいい ひたすらに
地平線のない凍原を

吹雪に顔を 仮面のように凍らせて
歩いて 歩いて
歩きつかれて ゆうべとなる頃

人間の訪ないを拒絶した 雪原の中に
廃屋がひとつ
炉辺では 牧童がひとり
荒れすさぶ北風の咆哮に 耳を傾けながら
ひっそりと肩を寄せ合うものの到来を
待ち侘びているだろう

でも、ぼくは
しゃれこうべの樹々を吹きすさぶ 風の中に
抽象名詞でしか生きられない 不毛な愛の
己の行く末を 見てしまうから
生命の実像は 肉体でも 精神でもない
この風に他ならないという 思いに至り

ぼくの思いはそのまま風となり
上空の底から 一気に雪煙りの凍原を突っ走り
あの藍色の襞をみせる 山岳の険しい峰々の間に
浚われて消えて いくだろう
風に引き裂かれた海鳥の 濁み声とともに

やがて吹雪が去り
星々が ひと際美しく冴えわたる夕べ
オホーツクは 猫柳の芽吹きと 
ハマナスの群落を見るだろう

そして 小川のせせらぎと 小鳥の囀りの中で
寒ざらしの馬は 雪の下に ミヤコザサを掘りあて
牧童は その下に十七歳の亡骸を見つけるだろう
                         (1967) 


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