遊行吟遊

短詩型作品等

プラスチック標本    届かぬものへの憧憬

2010-11-26 19:37:14 | 詩・短詩
プラスチック標本を眺めていると
標本を作ったひとの
心の原点に 接触できそうな
瞬間がある

出来るだけ長く形にして
留め置こうと願う執拗なまでの欲求
そして その奥に潜む
届かぬものへの 深い絶望に似た憧憬

胸の奥深く沈め
いつまでも抱き続けたいと願う
怨念にも似た憧憬は
この標本のいったいどこに隠れているのだろう

プラスチックの標本が
美しいのになぜか哀しいのは
決して終わることのないはずの形の行方が
眺めれば眺めるほど ますます
遠ざかってしまうその時間性である
                        (1972)


冠雪に寄せて

2010-11-25 19:23:26 | 詩・短詩
眩しい朝の陽射しの中で
岩の上に取り残された 冠雪が
岩の間を 水となって自在に流れていく仲間たちを
見送っている

昨日は 一日中 雪暗れで 
どんよりとした暗雲が 空一面を覆い
無数の粉雪が 絶え間なく
泉のように宇宙の底から湧き上がっていたのに

それが今朝はどうだろう
打って変わって 無風快晴の穏やかな朝だ
昨日の悪夢なぞそ知らぬふりの
天晴れな転身ぶりだ

天は 一体どんな傷を癒そうとして
これほどまでに吹きすさみ荒れすさんだ姿を
わたしたちの前に
曝して見せたのだろう

たまたま岩に吸われた冠雪だけが
こんなにも無垢に浄化された少年の臀部を象って
天啓の重みに耐えながら
爽やかに 流れていく仲間たちを見送っている
                        (1990)


 

水仙

2010-11-18 22:54:46 | 詩・短詩
水に映った 己が姿に 恋い焦がれ
水中に身を投げて 溺れてしまった
そのあとに咲き出したという 
水仙の花
ナルシサス

自己愛が悲劇だとすれば
それは己が渇望する対象が
己の内部の欠落にあるものを
己自身にあると錯覚してしまう
その意識のずれにある 

その実体と意識のずれを補うために
もっと孤独と向き合い、孤独に耐えようとして
少年は ひとりうな垂れて己の姿を見つめながら
体から迸るもうひとりの己と 
長い対話の旅をし続けなければならない
                               (2010)

ネクラ賛歌

2010-11-18 16:27:26 | 詩・短詩
若者たちの間で 静かに流行している「お化粧」は
顔だけでなく 脛毛の脱毛にまで及ぶという。
エスセティックサロンに通う というのも
なんとなく 憎めない愛嬌がある。
八百屋の果物や野菜だって 外見が第一だから
人間だって 見かけ第一と思ったとしても
無理はない。

しかし「苦悩や悲哀なんて ネクラなダサイこと
人間は とにかく ネアカで明るくなくちゃ」
と言われると
自尊心が傷つけられた訳でもないのに
わたしはぶつぶつ 泡だってくる。

自分自身を商品化してしまっている自分に 
気付けない 若者たち
文明に汚染されてしまった 若者たち
物質の充足に 心を腐らせてしまった若者たち。

ソクラテスよ、今こそ人類に向かって 訴えよ
「汝自身を知れ」
「身の程を弁えよ」
「私は 人間の可能性の追求と同様
畏怖の念についても説いている筈だ」。

若者たちよ 認識せよ
利便と効率の追求には限界があることを。
翼をつけたイカロスは 傲慢にも
太陽にまで近づこうとして
おのれの命まで落としてしまったではないか。

今夜も 妻に捨てられた男が
カラオケと酒に酔い、
妻は妻で家庭を守る役目は引き合わないと
夫を捨て
息子は息子でディスコで踊り
ドライヴウェイを暴走し
家族はみんな 一様に
ネアカ志向の走光動物。

ひとり ひとり 心の中は
こんなに深く 病んでいるというのに。
                        (1989)




夏 終 わ る

2010-11-15 14:03:12 | 詩・短詩
夏の終わりの 昼下がり
訪ねたあなたは 留守だった
ひとりで帰る 田舎道
バス停までの 長い道
青田をわたる 風の波
耳打つ山の 蝉時雨
どこか翳った 秋陽射し

待ちに待たせて やって来た
バスはわたしを 拾い上げ
夏の終わりを 病みだした
わたしを乗せて 紺青の
空の高みへ 駆け抜けた
郷愁のように 駆け抜けた
夏の終わりを 駆け抜けた
                    (1966)