今日、ミラノ友達が一人日本へ撤退しました。。。
僕的には帰ってしまったことが羨ましくもありとても物悲しい。。日本が恋しいと言うよりも、このイタリアに少々満腹感を感じていて、今頃機中の佳恵ちゃんとはその辺り何となく共通観念を持っていた感じがしたから。色々と愚痴らせてもらってたからかもだけど…(苦笑)
佳恵ちゃんはこちらで某高級ブランドでショップの店員さんをしていたのだけども、考えてみたら、やっぱりビジネスしている人にとってはこの国のサービスレベル(あらゆる意味において)に満足を覚える人はいないのだと何となく思った。接客にせよ、流通にせよ、兎に角〝サービス〟と言う概念に対する欠如は著しいものがある。。。そもそもサービス業と言うカテゴリーはないのではないだろうか…
ミラノには日本人がとても多く住んでいるのであるが、デザインやファッションなどクリエイティブ系が多い。マランゴーニなどは授業が4年間もあると聞く(全てではない)。彼らも勿論イタリア人に理不尽さを感じると思うが、どれ程感じているのか聞いてみたいのが本音である。純粋に不思議な気持ちだから。4年間頑張れるのはある意味感嘆すると共にその強固な精神に若干の脅威を感じる(褒め言葉です)。多分クリエイティブな側面の人は感性の問題でシンクロすれば取り立てて不満を感じることはないのかも知れないけれども(だからと言ってクリエイティブ系がビジネスをしていないと言うつもりは毛頭ないし、不満は感じている筈)、プラクティカルな側面からビジネスのスキームを考えていくと、必然的に感性って捨てざるを得なくてタンジブルに共通言語を〝表記〟して語らなければならなくなる。その場合、余りにも日本では起こらないことが多く、物事を理屈立てて、現実にフィージブルな方法論で進めることが極めて困難な国、それがイタリアである。もうこれは断言できる。
各国の人間が、イタリアに来て感じる理不尽さと(勿論日本人を含む)、各国の人間が日本に来て感じる理不尽さには相当程度差異があると思う。
きっと日本に行ったイタリア人は靴を脱がなければならないとか、パスタがない、とかでストレスを感じるであろう。また、ビジネスで言えばミーティングが多いとか、ハイコンテクストな会話が多く以心伝心で物事が決まるプロセスが不透明だとか言うのかも知れない。しかし、ここ最近のビジネスプロセスを見てみると限りなく合理的なものが多いし、実際、特にメーカーなどに関してはその方法論において日本のやり方は依然としてヨーロッパの見本となっていることは間違いない。そう言うスキームを考え出すことに関しては日本人は長けていると思う。
事実、大学院の授業中にOrganizational behaviorと言う授業でいわゆる自分探しみたいなゲームをしたのであるが、ビジネススクールにおいて理屈を組み立てて行くと言う作業が向いていたのは21人中3人だけであった。少々信じ難い...後はスキームをインプリするエンジニア系。尤もこれはイタリア人はそれ程入っていないし、データ的に何か特定の母集団を推計するためのものではない。
実際、学内のイタリア人を見ていて、一体彼らは何を学んでいるのだろうか?と思いたくなる。純朴な側面はあり、人間的に嫌いだと言うつもりはないのであるが(一部かなりムカつく奴もいるが…)、学部上がりの社会、ビジネスを知らない人間が一体授業中、ディスカッションで何を語り、何を実業界で役立てていくのだろうか、と非常に不思議になる。
何故ならここはビジネススクールだから…
そう、そして今頃機中の佳恵ちゃん。。。炊飯器くれてありがとう♪僕はイタリアでも米を食べて理不尽さに打ち勝ちたいと思います...(笑)日本帰ったら遊んでね!>佳恵ちゃん
だから、ぜっっっっっったい負けないでね★
コメントありがとうございます。
日本はサービス過剰の国と言われて久しいと思いますが、実際、選択肢は数え切れないくらいあると思います。質量ともにありふれています。
そして東京に関しては眠らない街。コンビニ然り。24時間あれだけのサービスを受けられる国ってそうそうないと思います。NYとLondonがそれに近いかなと思いますけど。そしてコンビニは昼でも夜でも値段が変わらないこと。これは脅威ですよ。ファミレスは10時以降値段が10%上がりますが、コンビニは上がりません。
支払う額もValue to Customerと言う観点からしても日本は異様にサービスがあふれていると思います。最早良い悪いではなく、この潮流は止まらないでしょうね。。。そして顧客嗜好性はどんどん細分化していき、留まるところを知らない。。。
十人十色ではなく、一人十色...
怖いですね、ある意味。。。
イタリアは…
語るのは止めておきましょう。
別の意味で怖いですから…(苦笑)
ありがとね!
負けないよ!