沢登りカヌーイスト

カヌー+沢登り=原始の渓へのフリー切符

2019 ジム16

2019年05月29日 | クライミング、ジム
5月29日

(10a,10b,10c,10d)(11b×,10d,10d,10c)(11a,10d×)

今日は右股関節の後ろ側が痛くて脚がうまく使えず、身体が伸びきるムーブが多くなってしまった。
肉体の調子が悪いと、分かっていても登りがダメになる。
しかし、こんな所が痛くなるとは、歳だな。
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2019 ジム15

2019年05月22日 | クライミング、ジム
5月21日

(10a,10b,10c,10d,11a)(13a×,10c,10d)(13a×,11a×,10c)

台湾から帰国して疲れやGWなどもあり、3月下旬からジムの頻度が月1になってしまった。
これから夏に向けて週2ペースに持って行こう。
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1956年3月 岳人95

2019年05月17日 | 岳人
岳人95 昭和31年3月号 積雪期鹿島槍特集

諏訪多栄蔵(54)登山技術講座⓷歩行
小松成男(14)登山・探検用の衣服装備について 新しい合成繊維による
深田久弥(73)ヒマラヤ七千米級の山々⓵チョモラーリ
フランク・ウェズレイ(69)絵と文 ナンダ・ダヴィデ遠望
エドワール・フレンドー(12)フランシスの登山界

★岳界群像 木曾会(46)
★岳界ポートレート 片桐匡氏

グラフ  一ノ沢の頭から東尾根(5)    木曾御岳赤川谷下廊下にて(44~45)
     北槍と北壁(4)        木曾御岳エンマの滝(43)
     鹿島槍ヶ岳カクネ里(2~3)  乗鞍恵比須岳(7)
     大黒岳にて(1)        乗鞍岳鶴ヶ池(6)

積雪期鹿島槍特集
(18)積雪期の鹿島槍登攀史抄
(20)雪の鹿島槍の登攀と注意
(24)五竜岳から鹿島槍
(26)赤岩尾根より鹿島槍へ
(28)積雪期の東尾根
(30)ダイレクト尾根・積雪期の登攀について
(32)鹿島槍荒沢奥壁・積雪期の登攀について
(40)積雪期カクネ里ノート
(22)鹿島槍と蕎麦 エッセイ
(42)春の天狗尾根 エッセイ

早春の山(50)詩 斎藤光次郎
季節の跫音 三月(11)絵と文 上田哲農

厳冬期の木曾御岳地獄谷(47)一九五五年一月の記録
積雪期の能郷白山・奥美濃の山(52)一九五五年二月の記録

スキー・ツーアのロング・コース案内
菅平高原より志賀高原へ(60)
発哺温泉より野沢温泉へ(62)

乾徳山にて(56)応募紀行
兎のあしあと(66)山の伝説・奇談② 代情山彦

★図書室(51) ★会報ノート(58) ★流れ星(65) ★声のルーム(70) ★ヒマラヤン・ノーツ(76) ★岳界ニュース(64)




季節の跫音 三月(11)絵と文 上田哲農
跫音は、「きょうおん」と読むそうだが、この場合は「あしおと」だろう。
誰もいない山奥での足音、あるいは、思いがけない便りのようなイメージらしい。
雑誌の巻頭に絵付きの詩がくるほど、この頃の山岳雑誌は詩的というか、文学的だったようだ。
巻頭で詩を使い、まず季節感を味合わせるのは、メインディッシュ前の前菜のようで良いと思う。
それにしても、元気のいい熊と、広大な雪原とバックの山々のバランスが、絶妙のような気がする。

エドワール・フレンドー(12)フランシスの登山界
ヨーロッパからヒマラヤへの初登頂への挑戦を、「征服」と訳している。この征服からイメージされるのは
未踏や未登がまだ世界中に多くあり、登山自体が冒険で、人間が自然に対して闘っていたような感じなのだろうか。
文中には歴史的なこと以外に、「詩想がなければ、人間は生きるに値しない、、、」などとあり、
この時代の岳界が詩的というか文学的だったのは、日本だけではなく世界的だったのか、と感じた。
そういえば、この時代の代表的なクライマーであるガストンレビュファの「星と嵐」もかなり詩的だ。

小松成男(14)登山・探検用の衣服装備について 新しい合成繊維による
ナイロン、ビニロン、カネカロンを、五つの表をもちい説明。あの有名なアイスクライミングルートってもしかしてこれか?

厳冬期の木曾御岳地獄谷(47)一九五五年一月の記録
木曾御岳地獄谷、冬期初登の記録
この木曽御嶽地獄谷、2014年に噴火して現在では有毒噴気ガスがひどく登れない状態となっている。
1955年から2019年現在までの64年間で、完登したのは数パーティーだと思われる日本でも屈指の難ルート(?)かもしれない。
登攀を難しくしているのは有毒ガスの噴気と脆い火山性の岩質だが、登攀ラインは3000m級のピークに一直線に伸び素晴らしい。
たぶん、この木曽御嶽地獄谷の最後の登攀は、2012年冬に角幡唯介&宮城公博により成されている。





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甲斐駒ヶ岳 摩利支天 中央壁 オールフリーその1 独標ルート

2019年05月10日 | 本チャン系
2019年5月2~4日

 摩利支天峰の中央壁にある独標ルートは、1959年の冬期にワンプッシュで開拓されたルートだ。日本登山大系には「上部はジェードルルートを登る人が多い」と記してあり、その他のトポ本でも全て独標ルート~上部ジェードルルートで紹介されている。しかし、現在のスタイルで冬壁に登ろうと思うと、上部ジェードルルートをフリーで登るのは結構難しそうで、トポを見る限りでは少々ヤブっぽくても独標ルートを全て登る方が合理的的に見える。今シーズンの冬はここに行く予定だったが諸事情で叶わなかったので、来季を見据え地道に偵察に行くことにした。

 戸台からの長い河原歩きを考えれば、ゴールデンウィークに標高1700m近くまでバスで入れるのはかなり楽だ。歌宿のバス停から北沢峠まではガスって少し暗い感じだったが、長兵衛小屋からは徐々に晴れ間が広がり仙水峠ではほぼ快晴で眩しい青空に摩利支天峰が聳えている。ここからの摩利支天が思ったより立派に見えるのは、樹木が青々としていないため岩壁群が一つながりの大きなドーム状に見え、しかも目の前の空間が開け、日差しの照度が高い春だからかもしれない。しばし休憩した後、雪面を水晶沢に向け下りて行く。最初だけ少し急で固いが、あとはズボズボしながら左下に行くとガレ沢にでてそれを下り、最後はまた左に下りて行く。水晶沢は水流伝いに登るとスグ滝場となり、ここで水を汲んで上の雪渓にでる。雪渓は50mも行けば三又で、そのスグ下にある左岸のガレ沢に入る。花崗岩のザレスラブとザレ場と雪面をつなぎ沢状の地形を登っていくと、次第に左壁が立ってきてランぺ状地形となり摩利支天の南西稜にでる。目の前には壁全体が右上している中央壁が大きく見える。ここからは南西稜を60mほど下り中央壁の基部に回り込むのだが、それを行き過ぎて懸垂下降してしまい摩利支天沢のかなり下にでてしまう。摩利支天沢のルンぜ状雪面を登り返して中央壁の基部にでるが、時間をくってしまった。今日は二人とも赤布を一度も見ていないので、たぶん錫杖のハーケン撤去のように、ヤブ山登山家の残置無視派の人が赤布を撤去したのかもしれない。到着時間が遅くなってしまったので、壁の偵察と泊まれそうな場所を探して一日を終える。

 岩小屋は一人用が3つ、二人用が1つ、3人用が一つある。どれも独標ルートの取付きから20m内外の距離で、壁から少し離れた樹林帯の15m四方の範囲に収まっている。岩小屋といっても整地されたものではないので、どれも広くなく特に3人用は奥が落ち込んでいてそれほど快適ではない。我々はこの岩小屋群の一番上にある向かいあった1人用岩小屋にそれぞれ入った。ビッグワンは寝る前にツエルトのフライを岩小屋前に張って防風対策をしたが、私はズボラで何もしなかったので、へたった夏用シュラフでは明け方に下半身が少し寒くなった。気温は-5℃くらいだろうか、仙丈岳とアサヨ峰がほんのりモルゲンロートしている。あんまり早くても寒くて登れないので、ゆっくり支度して7時過ぎに登り始める。


 おひとり様用岩小屋、狭いが下地は平らで快適       こちらは少し下地が斜めで、少し足先が出る      

1P目、Ⅴ級+、50m
スタートは薄被りの凹角にダブルクラックが走っている。左壁のフィンガークラックからカムでランナーはとれるが、コーナークラックが凍っていて右手が悴む。クラックは簡単だが、抜け口のマントリングがスローピーで核心となっている。出だしのコナークラックを抜けると左にトラバースとなるが、トラバースの最後にでてくるチムニー下への一歩がランナーが少し遠くなり精神的に少し悪い。でもそこはロープをフレーク上に通すと安心。その上のチムニーは手前と奥で二つのラインがとれるが、手前はオフィズスで微妙に岩がポロポロするので少し悪く、奥はかなり狭いスクイズチムニーで太った人は登れないが、入れるひとならヘルメットを脱ぎこちらの方が簡単。45mくらいで最初の木があるが、50mのばすと直径20cm級の太い木がある。このピッチにこのルートの価値が凝縮されているので、リードがフリーで登った後、懸垂下降して二つのザックを一つにまとめたダブルザックでユマーリングし、フォローもフリーで登った。このピッチは左にトラバースして岩が凸凹しているので、ランナーのスリングをかなり長くしないとロープがドラッグしやすい。
2P目、Ⅱ級+、45m
ランぺ状の斜面を20mほど左上して、少し傾斜がある植生で覆われた凹角を登り、そこから直上する。フォローがダブルザックで登る。
3P目、Ⅰ級、50m
ここからは一つにまとめたダブルザックを二つに分け、リードもザックを背負い登攀する。アンカーから登山道なみの水平バンドを右にトラバースして、眼前が開け上部壁が見えたら幾つかラインがとれる。今回はトラバース後のザレ斜面が雪田となっていたため、雪田左端のザレ斜面を登り最上部で右上して雪田の中洲にある大木でアンカーとした。
4P目、Ⅲ級-、50m
傾斜が40度くらいの雪田を右上し上部壁の下へ、上部ジェードルルートは水が流れ真っ黒な帯になっている。しかも上部ジェードルルートの取付きは右上のワイドクラックからの落氷がパシパシ落ちてくる。上部ジェードルルートの取付きを過ぎ、なおも左にトラバースして左上するブッシュ岩場を登り、太い木でアンカー。
5P目、Ⅲ級、40m
左へ明瞭なバンドがのびている。アンカーからはその奥が見えないのでビッグワンに「初登者の気持ちになってラインどりして」と言ったら、そのまま最後までブッシュ岩場を左上するラインで登ってしまった。初登者達は、ここからもう一度右に戻り、なるべく岩の部分を登って壁を抜けている。私がもし冬期のワンプッシュ開拓をしていたら、やはりビッグワンがとった最弱点のラインを登ると思うが、初登者達は今よりずっと寒い冬のなか60年も前の装備で硬派なクライミングをしている。我々はトポをよく読まないでルーファイミスしているだけなのだが、自分の目でクライミングラインを決めて登れるならオリジナルラインから外れても、トポをただなぞるだけのクライミングより感じられる事は多い。
6P目、Ⅱ級、20m
最後5mほどのスラブを登り、中央壁を抜けて15mほど奥の木でアンカー。



 2P目「タケノコ掘りですかー」みたいに見える          4P目の下部は雪と岩、上部は木と土の登攀が楽しめる



5P目、リードのザックにピッケルが付いているのがクラシカルな感じでgood



     南山稜の上部の岩場はⅠ~Ⅱ級で荷物があっても快適



 南山稜の最上部はなるべく雪面を拾って登っていく       頂上での昭和生まれと平成生まれ、昭和は色キチでカッパなのだ
 

全ピッチ、リードはオールフリー。フォローも重荷でロープは張り気味だったが、2P目と5P目でそれぞれ1回ずつA0した以外はフリーで登った。上部の登攀ラインは左にズレてしまったが、パーティーとしてはフリーで登れたので良かった。残置支点の使用は1P目の2箇所のみ。全ピッチともアンカーは全て太い木。使用ギアC4:#0.4、#0.75、#2、#3、ブッシュのタイオフのためスリング多数、カムを使用したのは1P目のみ。

今回登った独標ルートは最後の1ピッチ半くらいから上はオリジナルラインの左を登ってしまったが、最弱点という意味では最も合理的なラインであろう。冬に登れば最初の1ピッチだけ頑張って、あとは草付きダブルアックスみたいな感じで登れるので、オールフリーの冬壁的にはなかなか手ごろだと思う。もちろん、オリジナルの独標ルートの方がラインのスッキリ度は高いので、最後のⅣ級A0がフリーで登れるならこちらのラインの方がより良いのは間違いない。ガイドブックには「独標ルート~上部ジェードルルート」とあるが、私的には夏でも冬でもオールフリーで登れないなら、ブッシュ頻度が高くても比較的簡単にオールフリーで登れる「独標ルート」は魅力的に見える。アルパイン岩壁の植生が濃い日本では、クライミングライン上での植生の濃さとフリーの割合との兼ね合いでラインチョイスする時にフィーリングで個人差がでるところだが、冬壁で見た場合はブッシュ岩壁は安全&スピーディーで魅力的だ。
   
むかし、と言っても私がまだ20代だった30年くらい前は、八ケ岳は冬壁の本数に入れてはいけないというルールがあった。これは八ケ岳がゲレンデだという意味なのだが、純粋な岩壁で冬壁をしようとすると八ケ岳とそれ以外の冬壁ではレベル的にかなりの開きがあり、それほど上手くないクライマーでは本数がなかなかのばせないのも事実だ。最近あまり登られておらず、最近の冬壁クライマーの一般人(定義づけ難しいですが)レベルでも冬期にオールフリーで登れそうなルートを登山大系で探してみると、明神岳2263m峰南壁岩稜会ルート(1961)、屏風岩中央カンテ岩溝ルート(1958)、摩利支天中央壁独標ルート(1959)などがヒットした。他にもイロイロあるが、1950~60年代製で人工区間が短い所が狙い目であろう。この時代はボルト連打のⅣ級A1時代の前で、クライミングラインが自然で古典的なフリークライミングが主体なので現在の装備で冬期オールフリー登攀を目指すにはなかなか良いと思うのだが。私的だけのマイブームだが、世は古典回帰オールフリー時代なのだ。









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