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未安心の部屋

「不安に立つ」ほかなし

平和モニュメント 1

2009年09月10日 | 観光
これから数回にわけて、コスタリカの
国連平和大学内にある公園のモニュメントを紹介します。

前景に池を配し、石碑群が見えます。

これらの碑は両側にレリーフがほどこされており
スパイラル状の通路を歩きながら見学できます。

両手から解き放たれるハト。
あるいは送り出されるハト。
両手は何を意味しているでしょうか?

この碑には
「労働と平和よ、常にあれ。」というようなメッセージと、
国連平和大学が5つの何かから創設されている、と
書かれているようです。


次は子ども?を抱きかかえる母のようです。

ネット上のスペイン語翻訳も利用してみましたが
変な文章に変換されてしまうので、
「大地は我々を愛す母」という夫のメモが適当でしょう。


こちらは本でしょうか、新聞でしょうか。
広げて読んでいる姿です。

このレリーフは「コスタリカ共和国憲法29条 思想表現の自由。」を
表現したものです。
これは口頭による発言も同様です。
条文には、「ただし、権利の濫用に責任をもつこと。」という
但書が添えられています。

旅行10日目 その1

2009年08月24日 | 観光
さて、久々のコスタリカ旅行記です。

【9月16日】
今日はコスタリカでの最後の行動日です。
午前中は、国連平和大学(University for Peace)の訪問・見学でした。
おぼろげな記憶では、土地や建物をコスタリカが提供し、
運営は大学が独立した形で行なっていると言われたように思います。


敷地内に入ると、なんとハート形の植え込みがありました!


こちらはコンピューター室。
どこの教室にも、鳥が誤って透明ガラスにぶつかったりしないよう
ガラスに黒い鳥の絵が描かれています。


大学内にある公園です。
池の周辺には鳥たちがのどかに休んでいました。
こちらにあるモニュメントは後日少しずつ紹介させていただきます。
(実はこれに取りかかるのがおっくうで、ブログ更新が延びていました。)


構内にある、ガンジーの像。
他にもこうした平和に尽くした人物のモニュメントがあります。


歩いていると、あちらこちらにたくさん蝶々の姿が見られます。
また、水色っぽいトンボが飛んでいました。
「この辺りには蚊がいないでしょう?
 トンボが蚊を食べるからです。」
と通訳のリカルドさんが教えてくれました。


大学のカリキュラムは、具体的な平和運動とかではなく
あくまでも学問のようでした。
世の中にはたらきかける人材を育てるわけではなく、
中立的立場を貫き、冷静にものごとを見られる人材を育てるような印象です。
日本人の教員・学生は数年に1人程度いるようです。
大学の関連行事であったか、リカルドさんは
日本の原爆についての通訳を依頼されたことがあったそうです。


大学の建物の壁にも小学校に負けず劣らず、豊かな色彩の絵が描かれています。

お昼は大学の食堂で食べて帰りました。
安くておいしかったと記憶しています。
ただ、この大学を見学するには入場料のようなものが必要でした。
運営資金になるのでしょう。

旅行9日目 その3

2009年06月29日 | 観光
ポアス火山から場所を移動して、今度はラパスの滝です。
滝の手前に、鳥と蝶を中心にした動植物園のようなものがあります。

これはトゥカーンという鳥ですが、種類はキヨロと読めました。
森永チョコボールのキョロちゃんのモデルでしょうか?
いつも笑っているように見えます。


また、ここにもおなかの白い猿がいました。
「猿がエサの木の実を手に持ったまま動いていますね。
そうしているうちに指の間からいくつか実をこぼしてしまうでしょう?
その実がやがて芽を出して、樹木になっていきます。
木は動けないけれど、猿が広範囲に種を運んでくれる。
自然はうまく出来ていますね。」
リカルドさんが、森のサイクルを説明してくれました。
法律から宗教、自然、と本当にいろいろと詳しく、脱帽してしまいます。


こちらは、羽ばたきの速さで有名なハチドリです。
さすがにうまく写せません。
細長いクチバシで花の蜜を吸います。


ここではたくさんの蝶が育てられていました。
「森が健康かどうかは、蝶がいるかどうかでわかります。」
とリカルドさんは説明してくれました。
森が健康であること、蝶が住めること、
それには三つの条件がいるとのことでした。
残念ながら、私はそれを聞きそびれたか、忘れてしまいました。 


次はカエルの温室です。
葉っぱの保護色になって裏側にいたりして、しばらく見つからないことがありました。
こちらはずいぶんと大きな種類です。


次はラパスの滝です。
滝はいくつかあって、それぞれ名前がつけられていますが
“La Paz”は、平和という意味です。
杖が用意され、上がったり下ったり 少し体力のいる場所でした。



そして、この滝が終わると土産物店があるのですが、
そこには“NO ARMY!”と書かれたTシャツが売られていました。 


放牧からの帰途でしょうか。
帰り道の途中、私たちの車の前を牛の行列が進んでいました。
平和な光景です。

旅行9日目 その2

2009年06月24日 | 観光
ポアス国立公園に着きました。

通路の両側には、大変大きな葉っぱの植物がたくさん見られました。
これは「貧乏人の傘」と呼ばれているそうです。
日本の里芋の葉っぱみたいに親しまれてきたのでしょう。

しばらく歩くと火山の噴火口がみえます。
ポアス火山です。
(貧乏人の傘も右下に写っています。)

午後になると霧が濃くなるので早めに来たのですが、
雨季ということもあってか、既に霧が出ています。
もし天気が良ければ、ここからはカリブ海が遠くに望めると聞いたように思います。


メインの噴火口を見てから、周辺の森のような所を散策しました。
そこの木々は、光を奪い合うなかで様々な形態をとっていました。
背の高いもの、くねくね曲がったもの、
足場が不安定なために何本も幹を伸ばしているもの…。
時折 鳥の鳴き声がすると、立ち止まってその姿を探しました。
コスタリカは野鳥の種類が豊富なことで知られています。


ここで、夫がある通信に載せた文章を引用します。

「ところで、この木を見てください。
ここに水がたまっているでしょう。
この水には小さなカエルが住んでいます。
また、ここを見てください。
ここにはキノコが生えているでしょう。
ほら、ここを見てください。
コケが生えているでしょう。
このコケには微生物が住んでいるのですよ。
この木は地球上のたった一本の木に過ぎませんが、
この木にはたくさんの生物が共存していて
一つの宇宙をなしているのです。
宇宙は一つひとつの生命が集まってできていますが、
その一つ一つの生命はまた一つの宇宙をなしているのですねぇ。」


丁寧なリカルドさんの説明に、
私たちは自然を見つめる豊かな眼差しをいただきました。
二人だけだったら、「変わった木だね」程度で終わっていたでしょう。

鳥のさえずりに耳を澄ませ、
葉の間に溜まった少しの水のなかに、
他の生物との関わりを感ずる。

私たちは、都会化により自然を失ってきたのではなく
自然を見つめる眼を失っていたのです。

旅行9日目 その1

2009年06月22日 | 観光
久々のコスタリカ紀行です。

【9月15日】
9月15日はコスタリカの独立記念日ということで、
その関連記事は以前ご紹介させていただきました。

自由行動といっても、通訳なしにはどこも行けない私たち。
コスタリカの海も見てみたかったのですが、かなり遠いため
とにかく自然が豊かな場所に案内していただくことにしました。

行先は、ポアス火山国立公園。
そしてラパスの滝、周辺の動植物園。
移動の途中にはコーヒー園がひろがっていました。

道中、こんなものに遭遇。

コスタリカでは牛にどんな意味があるのかわかりませんが、
この民族色ある飾り牛車(カレータ)を超ミニサイズにしたものは、
コスタリカの代表的なお土産のひとつです。


途中、コーヒー園で車を降りて景色を眺めます。

コーヒーの樹の間に、ところどころバナナの樹があります。
これは日陰をつくるためだそうです。

ちょっと近くで見てみましょう。
こちらは私の愛する主人です。
と言いたいところですが、お世話になった通訳のリカルドさんです。

これが私たちの飲んでいるコーヒーの豆なんですねー。
赤く熟したものを摘むのですが、収穫時期は冬(といっても寒くはない)だそうです。
これは、学生のバイトにもなっているようです。
そういえば私も昔、お茶摘みをしてこずかいをもらいました。


だんだんと山の上の方に車がいきます。
そして、あるカーブに差し掛かったところに、人が集まっていました。
私たちの車も止まり、外に出てみました。

何だか、わかりますか?
あまりに保護色になっていて、動かないとわかりにくいですね。


樹木にぶらさがっているのは、そう、ナマケモノです。
何匹もいて、子連れであちこちの枝を移動しています。
(お腹の上に、赤ちゃんがいます。)
コスタリカに来て、これでひと通りの動物に会えたような気がします。

独立記念日

2009年04月20日 | 観光
【9月15日】

9月15日はコスタリカの独立記念日です。
コスタリカは、コロンブスの第4回目の航海(1502年)で
発見され、原住民らが身につけていた黄金から
「コスタリカ(豊かな海岸)」と名付けられたそうです。

1562年頃よりスペインの植民地になりました。
(植民地時代にかなり先住民の数が減ってしまった。)

1821年9月15日、中米五ヵ国
(グアテマラ・エルサルバドル・ホンジュラス
・ニカラグア・コスタリカ)がスペインから独立。
当時コスタリカはグアテマラ総督府領であり、
コスタリカ督府に独立の知らせが届いたのは
1ヵ月後だったということです。
(数年間は中米連邦共和国の体制でした。)


何も予備知識のない状態で行ってしまいましたが、
独立記念日があることはわかってましたので
9月15日の予定はフリーにしていました。

前夜、カニョネグロでの川下りからホテルに戻ると
ホテルの従業員たちがフロントに集まって
国家を歌っていました。
日本人にはなかなかわかりませんが
独立は、≪私たちが私たちであること≫の歓びでしょう。
大通りでは前夜祭が催され、
私たちは部屋のテレビでそのもようをうかがいました。



そして、当日。
大通りへパレードを見に行くことも
予定の候補にあがっていたのですが、
豊かな自然にもう少しふれたい、と思って
通訳さんと国立公園等に遠出することにしました。

運良く、その道中で地域のパレードに
遭遇しました。



先頭で国旗を持って歩く生徒は
優秀な生徒なのだそうです。
誇り高い気持ちで歩いていることでしょう。
生徒たちの制服は国旗と同じ配色です。


ここで、コスタリカの国旗について。
 青は海(カリブ海・太平洋)・希望・空  
 白は平和・領土資源
 赤は情熱・献心・愛国 (自由のために流された血)
を表現しているとのことです。
小学校の教室の扉にあった、この写真をご参考に。



国章(真ん中の絵・省略されることが多い)は
コスタリカの地理的特色をあらわし
7個の星(7つの県)と3つの山、2つの海が描かれています。

旅行8日目 その2

2009年04月18日 | 観光
【9月14日】

コスタリカでの川下り。
周辺は湿地のような感じで始まり、馬の姿もありました。
次第に川の両側の木が高くなり、遠くの景色が見えなくなっていきます。




よく見かけるのは鳥ですが、亀さんもいます。



あっ、猿です。



遊覧船の運転手が私たちの方をみて、「オナカノシロイ、サル」と言いました。
日本人の観光客がたびたび来るのでしょう。
確かに体の内側が白いです。
そして、通訳さんが、「ホッ、ホッ、ホッ!」と猿たちにむかってほえると
猿たちはそれに反応して「ホッ、ホッ、ホッ!」とほえるのでした。
家族で移動しているのか、にぎやかです。



これはなんでしょう。
先ほどの運転手さんでしたか、「コウモリ」と日本語で言ってくれました。
行列をなして、木にとまるのですね。
昼間はお休み中なのかもしれません。



これはわかります。
キツツキです。
頭を前後に振り、穴をあけている「犯行現場」でした。



日本の川と違って土色の川、そして周囲はジャングルのような木々。
アマゾン川などをテレビで見たときのような印象ですが
川幅はそれほど広くありません。

船は、生き物を見つけると速度をゆるめて、止まります。
みんなが指さす方向を見ていると様々な生き物がいることに気づきますが
なかなかわからなかったりします。

見えませんが、当然魚もいるのでしょう。
私たち遊覧船のほかに、手漕ぎボートに乗って
水面間近で何か探している人たちもいました。



何か、縞模様がみえます。
これは、もしかして…



ワニです!
しっかり保護色になっているので、意外と気付かなかったりします。



あっちにも、こっちにも。
ワニとの記念写真を試みていると、
ワニがぴゅっつっと目の前を跳びはね、水面をおよいできました。
ああ、びっくりした。
           

しばらくずっと進んでいき、折り返し地点で船からいったん岸にあがりました。
英語もスペイン語もわからないのですが、
そこはどうもニカラグアとの国境のようでした。
(国境というと、銃を持った兵士が両側でにらみあっているイメージでした。)
二つの国旗がかかれた碑がたっています。




雨が降ってきたので、帰りは少し急ぎ足で船が行きます。
動物たちもあまり姿が見えなくなりました。

でも、こんな川で、そして雨が降ってきたのに
泳いでいる子供たちの姿が今度は見えてきました。



私たち観光客に見てもらおうと、
勢いよく川に飛び込む、パフォーマンスもありました。
ワニが泳いでいる川で、大丈夫でしょうか?

さっきの手漕ぎボートの人たちも、襲われてもおかしくありません。
実際に年に何人か、子供がワニにおそわれているとのことです。
でも、日本では人間が通りがかりの人間に襲われたりしますから
どこにでも危険は存在すると言えます。

遊覧船から降りて、サンホセへ。
帰りの景色ものどかです。





旅行8日目 その1

2009年03月07日 | 観光
【9月14日】

この日はコスタリカらしいツアーです。
カニョネグロ野生保護区へ行き、ボートで川沿いを探索します。

専用のマイクロバスがホテルまで迎えにきて、目的地へ向かいました。
途中でしばらく停車したまま、ガイドさんがしきりに電話で連絡をとっているので
何かトラブルが起きたらしいことを感ずるのですが
言葉がわからないために、何が起こっているのかわかりませんでした。 
もしかしたら、専門の詳しいガイドさんが来ていなかったのかもしれませんし、
目的地が変わったのかもしれません。
 (永遠に何が起こったのかわからない、私たち夫婦…。)

とにかく出発しました。
しばらくすると車がとまりました。
どうしたのかな?
レストランのそばの木に何かいるようです。

保護色になっていて最初は気付かなかったのですが、
よく見ると木の上に、それもまるで鳥がとまっているかのように
たくさんいます。

そう、これはイグアナだったんですねぇ~。 感激!
私はこういった外見は苦手なのですが、おとなしそうです。


相変わらずスペイン語と英語の繰り返しの解説を子守歌にしながら
景色はいろいろ変わっていきます。
やがて昼食の場所につきました。

食事を受け取る場所はこんな感じです。
この隣に小さな土産物店もありました。


そして食べる場所はこちら。
屋外に設置された休憩所で、日差しや雨をよける緑や布地があざやかです。
途中で大きな雷にびっくりしましたが、こういった光景に気分的にたすけられました。



レストランを出て、またしばらく車で行くと目的地らしいところに着きました。
乗り場の近くには、貧しそうというか
今まで見たコスタリカ人とは何となく違う印象の人々が大勢いました。
コスタリカにやってきたニカラグアの人々なのかもしれません。
カニョネグロはニカラグアとの国境近くにあるようです。


とにかく、川下りの始まり、はじまり。













旅行7日目

2009年02月10日 | 観光
【9月13日】
コスタリカでの旅行は
荷物等の便宜をはかり、同じホテルをずっと利用していたのですが、
少し遠出ができるように、1泊2日のツアーも入れていました。
今回はアレナル火山とタバコン温泉、
カニョネグロ野生保護区ツアーと自然が満喫できそうです。

市内観光と同様に、ホテルに混載車が迎えにきて
他の外国人たちと一緒になり、スペイン語と英語の解説がはじまりました。
このときはひたすら居眠りをしていた気がします。

行きには、サルチ村(飾り牛車で有名な民芸村だそうです)の
土産物店に少し立ち寄りました。
帰国後、コスタリカにとっての「牛」「牛車」はどんな意味があるのか
訊ねられたのですが、今のところ不明です。

なだらかな山を少しずつ登っていくと
風景も牛の放牧などでますますのんびりしてきます。

アレナル火山が近づいたレストランで、昼食をとりました。
カラフルな植物、鳥のさえずり …… 《楽園》に来たようです。
(車にカメラを置いてきて写真をとれず。)

火山については、運が良ければ溶岩が流れ出す様子が夜みられるということでしたが
この日は難しいようでした。

そして、コスタリカらしい食事がバイキング形式で出ました。
バターライスに、小豆の煮物(煮汁)。
ケチャップ風味の肉の煮物、揚げバナナ、
生野菜にトロピカルフルーツのジュース。
そんなものがコスタリカには多かったと思います。
小豆のかかったご飯は日本人にとって食べやすいものでした。
ですから、隣で食べていたイタリア人のお兄さん達は
「美味しい!美味しい!」と皿を空にしている私たちを見て
こんなまずい物がよく食えるな、という顔をしていました。

しばらくするとタバコン温泉に着きました。
ゆっくりお風呂につかりたい頃だろうという、旅行会社さんのはからいで
このコースが組まれたのですが、本当におすすめです。
「日本と違って、水着をきて入る温泉です。」と言われたのは予想してました。
でも、温泉とはいっても日本とはだいぶ違います。

中に入ると川が流れているのですが、湯気が立っています。
もしかして、これは温泉?
そうです。やはり、そうです。
ここでの滞在時間はかなりありました。
希望すればエステやマッサージもあります。
事前にツアーを手続きしてくださった方から、鍵やタオルの扱いを聞いていたので
その通りにしてロッカーにいき、着替えて、川のような温泉へ。

周囲は南国の植物に囲まれ、うっそうとしていますが、
明るい色彩なのでアダムとイブになった気分になりました。
「きっと知恵の実がどこかにあるんじゃない?」

足が何本もある珍しい樹もあり、興味をそそられます。
こんな植物の間に散歩道が設けられていて
そこを散歩できます。
そして、時折好きな場所の温泉(川)に入ります。
場所によっては、すべりやすかったり、足に当たる石が痛かったり…です。
滝のようになっている所もあります。

お散歩し、周囲の景色を楽しみながら、温泉。
ああ、リゾートってこういう場所をいうのだなぁ、と思いました。
コスタリカに来て、やっと新婚旅行らしい一日を送りました。

旅行6日目 続き

2009年02月06日 | 観光
【9月12日】

《カルタゴの市場》


時間に余裕もあるということで、少し市場にも寄りました。
コスタリカでのはじめての買い物です。
翌日は温泉に行くことになっていたので、
通訳さんのリカルドさんの手助けをいただきながら
夫は水着を探し、商店街のスーパーで水着がわりになる服を購入しました。

食料品が主の市場には、所狭しとはだかの状態で果物や野菜が並べられ、
肉類やソーセージなどは結構グロテスクな感じです。
市場のなかの様子は、売り場の人にカメラを向けにくかったので
残念ながら写真は撮っていません。
写したかったものの一つには、マリア像もあります。
市場のなかにも礼拝する空間があったのです!
日本でいえば、道ばたのお地蔵さんみたいな感じでしょうか。


《カルタゴの大聖堂》

(今日は石川県にいて資料が手元にないので、ここは後日文章を加えます。)

こちらではカトリックの神父さんとの面会を依頼していました。
実は日本的な感覚で「観光客の多い教会だから、
教学的なことはあまり深くない神父さんかもしれないな」などと推測していたのですが
聖書を携えた敬虔そうな姿を見て、自分のあさはかな考えに恥じ入りました。

平日はミサが1日4回、土日は8回あったような気がします。(また後でメモを確認します)
そして、その合間には信者からの懺悔を聞いておられます。
それだけで1日が終わってしまうことでしょう。
ただただ、祈る。

コスタリカの宗教はカトリックが主ですが、やはりその経緯には
スペイン人による植民地政策もあったようです。
ここに教会が建てられたのは、マリア信仰に関する、ある奇蹟がもとでした。
カトリックでは、聖人と認められるには「奇蹟をおこす」ということが条件としてあるようです。
それにまつわる伝説が絵になって残されていたのですが
そのせいでしょうか、聖堂の裏側には、信者の祈りのグッズ
(日本でいえば、絵馬やおみくじのようなものでしょうか)が
ケースのなかにたくさん飾られていました。



「耳が治りますように」
「心臓がよくなりますように」
「子どもに恵まれますように」
「足が治りますように」
そんな、祈りのメッセージがきこえてきます。

家の形のものもありました。
「家が建ちますように、でしょうかね?」
どこかで表彰を受けたらしい、メダルやトロフィー、賞状も飾られていました。
「この栄光は神様によるものです、ときっとお礼に持ってきたのでしょう。」
病床のベッドで笑顔を向けた写真、そして手紙。
「神様のおかげで奇跡がおこりました! って書いてありそうね。」

宗教が日常的に浸透はしているようだけれども、
神への祈りの中身は、やはり欲望・願望なのでしょうか。

残念ながら、ミサの様子を見学する時間がなかったのですが
これらの飾りはショッキングでした。



《スーパーでの買い物》

カルタゴからサンホセに戻り、この日のスケジュールは終わりでしたが
リカルドさんにお願いして、買い物に付き合っていただきました。
16日に小児科病院を訪問することになっていたので
何か手土産を、と思い、絵本を選びました。
レジにならび、「米ドルで」と伝えます。
おつりはコスタリカの硬貨の「コロン」で返ってきました。
意外だったのは、レジでかごを置いても店員さんは何もしてくれないのです。
客がかごから商品を出して並べるのでした。
すると店員さんが、レジを打ち始めます。
そして、会計の済んだ商品を店員さんが袋詰めをしてくれるのでした。