自分はいらないモノを捨てている。
不要だときっちり認識したモノ。
…それなのに、どうしてこんなに不安なんだろう
それは、不安でいる方が心地よいから。
不安というのは、実はコンフォート・ゾーン。
不安がない世界に不安を覚えるので、不安でいる方が逆に安心だという不思議。
幸せになるのが怖い…という心理と似ている。
こんな私が幸せになっていいのだろうか…。
私が幸せになんて、なれるわけがない。
私には幸せは似合わない。
本当は幸せになりたいけれど、
そんないいいこと私には無関係、どうせ私なんて…と端から諦めている。
幸せになることに、何故か付きまとう罪悪感のような感情。
だけど幸せになっちゃいけないなんて、誰が決めたの?
不安を手放して、自信を持って生きちゃいけないって、誰が決めたの?
貴女は幸せになっていい。
いちいち不安を感じずに生きていい。
誰に気兼ねすることもない。
自由になっていい。
人と人との関係は、金平糖のようなもの。
ぶつかりあい、こすれあって、棘が少しずつ削れ、やがては丸くなる。
だがあまりにも激しく傷つけあって、えぐられるような関係はいただけない。
では棘の落としあいとえぐりあい、どこで線を引けばいいのか?
明確なラインはない…とひでこ先生。
ただ自分が常に被害者意識を持つようになったら、
それは互いを成長させる関係ではない。
被害者になることで、加害者への優位性を保ったとしても、
そこに愛はないし、負の感情しか生まれない。
いつも直感に従って行動してきた女性。
楽しそう、役に立ちそう、やってみたい…そう感じたら、すぐに決断し、迷うことはなかった。
ところが断捨離を始めたら、これまでのように決断できない。
いちいち迷う。いちいち考える。
物事がスピーディに運ばなくて、仕事も滞り、嫌な感じ…。
人には感性と知性がある。
両方のバランスが取れていることが望ましいが、
たいていはどっちかに大きく偏っている。
この方は感性の人で、直観力が抜きん出ている珍しいタイプ。
頭で考えたことより、心で感じたことに正直に生きる。
でも断捨離でひとつひとつのモノと丁寧に向き合った結果、
心で感じるだけでなく、思考も重視するようになってきた。
感性と知性がバランスを取ろうとしているのだ。
今はその過程なので、決断ができない。
元々秀でた感性を冷静な思考がバックアップするようになったら、
この方には、きっと爆発的な飛躍が訪れることだろう。
…どれも、断捨離講座のシェア会で飛び出した深イイ話だ。
断捨離がただモノを捨てる片づけ術にとどまらないことを、雄弁に物語っている。
断捨離は、生き方のトレーニング。
目に見えるモノを通して、自分の内面を整えていくトレーニング。
トレーニングだから、しんどいこともある。
だけど実行すれば、確実に何かが変わる。
まずは1個でもいい、目の前にある不要・不適・不快なモノを取り除くことから。
シェア会の様子をスライドショーにしてみました
断捨離講座in金沢・シェア会
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