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新・我歩我遊

~walkman・徒歩日記~

     

高田馬場の下宿屋さん。

2010-09-26 | ◆建築物探訪

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閑静な馬場の街中にある賄い付きの下宿屋さん日本館です。
戦争をくぐりぬけ、この街では少なくなった下宿屋さんですが、いまでもモダンな建物が街のシンボルになっているような気もします。全盛期は数十軒あった賄い付き下宿も数軒に減ってしまったとか、あの神田川の映画に出てくる暗い小さなアパートと違いどこかレトロ風でもあり、モダンな建物が今でも通じる洒落た建物のように見えます。

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竣 工] 1936年(昭和11年)
所在地 東京都新宿区高田馬場
構 造 木造2階建て


近代日本の象徴

2010-09-22 | ◆建築物探訪

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【富岡製糸場】
日本で最初の官営工場として、フランスの技術者を雇い創建された富岡製糸場です。建物探訪を始めて気がつくことは、やはりこの外壁の赤レンガがこの頃の時代を物語るようで、昨日の変電所同様にどこかレトロ感覚がくすぐられるようです。100年以上経ったいまの時代でも充分通用してしまう美しさには圧倒されるばかりでもあります。
ついこの間、1987年(昭和62年)3月に操業を停止するまで110数年あまり現役工場として活躍し、市に寄贈された後、現在はユネスコ世界遺産暫定リストに登録されました。

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[竣 工] 1872年(明治5年)
[所在地] 群馬県富岡市富岡1-1
[構 造] 木骨煉瓦造2階建て、桟瓦葺


アブトの道の変電所。

2010-09-21 | ◆建築物探訪

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アブトの道をめがね橋から歩き幾つかのトンネルをくぐり抜けていくとこの変電所に辿り着きます。碓氷峠の電化に伴い建てられ、鉄道の心臓部の役割を果たし、レンガ建築最盛期の建築物のひとつでもあります。あくまでも用途が変電所であったため装飾も少なく派手さでは物足りなさも感じるかもしれません。
2000年から2年に亘り、廃虚同然だった建物から大改修が行われ現在の落着いた格調高いレンガ造りの建物が甦りました。
汗をかきながら歩いたアブトの道、遠くに見えた赤いレンガ棟がなにより清涼剤にもなりました。
[国・重要文化財]

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[竣 工]    1912年(明治45年)
[所在地]    群馬県


美しきレンガの館。

2010-09-09 | ◆建築物探訪

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【法務省・赤レンガ棟】
桜田門というとあの七人の刑事に出てきた警視庁の建物を思いだしますが、いまは新しい建物になってしまいました。その目の前に建っているのが、この赤レンガ造りの法務省の建物です。昔は、この横に都電も走り真横を通っていながら目の前にしてじっくり見るのは初めてです。ドイツの建築家に設計依頼し、いまになってもまったく違和感がなく、堅苦しい街並みのなかでもヨーロッパの香りが漂う一際美しい建物でもあるようです。
震災での被害は少なく、空襲の時に、まわりのレンガと床を残し、ほぼ焼失されました。戦後、改修され法務省本館として使用され、平成6年に大改修を経ていまに至っています。
[国・重要文化財]

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[竣 工]    1895年(明治28年)
[所在地]    東京都千代田区霞ヶ関1丁目1番1号
*平日には、建物の一部が見学ができるようです。


あのマッカーサーも・・!!

2010-08-15 | ◆建築物探訪

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【明治生命館】
日本銀行小樽支店、歌舞伎座、ニコライ堂修復など大正から昭和にかけて数々の話題になった作品を手がけてきた岡田信一郎氏の設計です。
この建物は外壁の美しさとコリント式列柱のおりなすリズムが話題になり古典主義洋式の最高傑作と評価されたと言われています。
違う見方でみると1945年(昭和20年)から1956年(昭和31年)までの間、アメリカ極東空軍司令部として接収、1952年(昭和 27年)まで2階の会議室が連合国軍最高司令官の対日理事会の会場として使用され、あのマッカーサー総司令官もこの会場で開催された会議に何回も出席していたということです。
皇居二重橋を目の前にしたこの明治生命館、お堀端、丸ノ内のライトアップ時には何度も来ていながら感心を持ち始めた今、やっと訪れることができました。
1997年重要文化財登録。

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[竣 工]1934年(昭和9年)
[所在地]東京都千代田区丸ノ内2丁目
[施 工]竹中工務店