一番のメリットは海外からと、海外への留学がし易くなると云うことだろう。
高校からの入学と云う点では、両面あると思う。 即ち高校卒業してからの大学受験に余裕が出来る、その分だけ高校生活と勉強に余裕が出来ると云う事。 また就職活動にも余裕が出来ると云うこともある。 デメリットとしては、秋入学と春入学の大学がばらばらに存在すると、上記メリットは生かされなく、逆に煩わしいことになる。
全ての大学に秋春両方の入学過程を設けると云う案もあるが、これは大学側にとって負担が大きい。 教授の数、講義のカリキュラム、施設等々 又入学式も2回、卒業式も2回、すべて倍になる勘定だ。 だが実際にそのような大学もある(国際基督教大学)。 だから工夫次第では出来ると云うことだ。
企業側が新卒にこだわらず柔軟な採用形態にすれば、良いと思う。 高卒は春卒業だが、秋に就職もできるし、何時でも就職できると云うことになる。 企業側も卒業時期にこだわらず人材本位で採用すればいい。
僕のもう一つの持論は、大学の受験を廃止することだ。 そうすれば不毛な受験勉強、受験戦争をなくせる。 これにどれだけ小中高の生徒は本来の能力をスポイルされていることか? ゆとり教育と云うのとは違う。 本来小中高で学ぶべき知識をきちんと学ぶと云うことだ。 受験の為の知識、テックニックでなく、人生に必要な基礎知識、素養を身につけると云うことだ。 それと考える力、独創的な能力、社会生活上の人間力等々である。
そもそも大学とは何のためにあるのか? 本来は一段と高い学術を学び、素養を身につけ社会に生かす、自己達成に役立てることではないか? その結果磨き抜かれた人材が国家企業のリーダーとして活躍できると云うことだ。
社会が学歴重視を止め、人材本位で評価するようになれば、すべて良くなると思う。
受験勉強は全然精神的に強くするどころか弱くしてしまうし、大学入学後は一転して遊びふけって勉強しないなど意味の無いことばかりです。
私はイギリス、フランスみたいに統一テストを受けさせ、それである程度の基準に達していたら大学に入学させるとか北欧諸国みたいに希望者は大学入学させると言うシステムにするべきだと思います。
今の日本は異常だと思いますし、大学で勉強せずに、アルバイトをしていた方が就職しやすいとか大学自体が崩壊していますが、企業は大学の新卒ばかり求めるなど何の為の学歴かと思ってしまいます。
ABCニュースのキャスターをしていましたピーター・ジェニングスの様に高卒でも幅広い教養だと著名なジャーナリストになりますし、欧米では大学の授業が詰まらないので、中退し、中年以降に再入学し、卒業する等多様になっていますが、日本では全然認めていないどころかますます窮屈になっています。
私も反省しますが、教養と高学歴は一緒でないと思いますし、営業能力などは学歴とは全然比例しません。
私は一応大学院まで行きましたが、その大学院の内容を見ますとお粗末だし、外国語能力も乏しい人ばかりだし、大学の教員も英語さえも出来なくて、論文を書かない人も多いです。
もうそろそろ高学歴社会を見直しても良いのではないでしょうか。
偏差値の高い大学の学生が教養深いとは言えない事をニュースで示しているのに、雑誌は今でも東京大学合格者の学校別としているのに空しさを感じないのかと思いました。