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こちらは宇都宮敦の短歌ブログです。

兵庫ユカ「七月の心臓」を読んで

2006-05-21 15:20:00 | 歌集評

ごぶさたしてます。宇都宮敦です。今日は歌集の紹介にあがりました。
 
兵庫ユカ「七月の心臓」(BookPark)
 
ちいさなころ、わけもなく怖いものがいっぱいあった。たとえば、下りのエスカレータ。すくなくとも小学校低学年くらいまで、ひとりでのれなかったように覚えてる。親にしっかり手を握ってもらってはじめてのれた。それでもいやでいやでしょうがなく、デパートとかで、2階から1階にいくだけなのに強硬にエレベータを使おうよと主張していた。世界の不如意さが凶暴に牙をむく(だからこそ世界はまだ輝いてもいるのだが)子供時代にくらべれば、大人になってからの生きにくさなんてたかがしれてる。でも、それは子供の頃の無力さを解消したからではないだろう。正直にいえば、大人になった今でも下りのエスカレータが苦手だ。とくに一歩目、手すりのベルトコンベアに捕まらないと踏み出せないし、なにかが軋む。それでも、ごまかしたり、だましたりしてやり過ごす。大人だから。そうしてるうちに、自分のなかの無力さを都合よく忘れる。

蟹がいる教室の鍵持ったまま日直のままおとなになった

目が覚めて泣きたくなった どこまでも葡萄狩りには行けないこども


兵庫ユカは、ごまかしたりだましたりしないで、自分のなかにいる子供と向き合う。ごまかしやだましなんていうと言葉が悪いけど、個人的には、それらを一概に悪いと思わないし、むしろ大抵の局面では肯定的に思うし、よくここまでこれたな、と何かに感謝したくなるときもある。あるんだけど、兵庫のこういう歌たちにはとても心うたれる。僕が教室で世界への不如意さにおしつぶされそうだったとき、同じ教室で、しずかに本を読んでいたあの女の子もおなじような重みに耐えていたのではないのか、って思いを呼び起こさせてくれる。そして、今もどこかでやりきれない思いに耐えたり、あるいは忘れたりしてなんとかやってるんじゃないかって。だから、兵庫の歌を読んで起きるのは、やあ、よくここまできたね、と握手を求めたくなるような気持ちだ。

掃除機に何か詰まって神様に祈ったことをすべて取り消す

手応えでだめだとわかるクローゼットの扉のレールのわずかな歪み

防腐剤無添加ですが腐ってもいます冷蔵庫って風が冷たい


ごまかしたり、だましたりしない兵庫は、いちいち律儀に世界の残酷さにつまづく。掃除機に何か詰まらせたときに去来するのは、実際がそうでないとしても、もうとりかえしがつかないという思いだし、レールの歪みはわずかだからこそ決定的だ。防腐剤無添加でなおかつ腐らないなんてユートピアが存在しないのは、わたしが世界を産んだのではなく、わたしが世界に産まれたからだ。そこに吹く風は冷たい。でも、ぬるい風に吹かれるよりは圧倒的によい。

最後に、歌集中、一番好きだった歌をおく。

敢えて「僕」のさみしさを言う 雪の日にどこかへ向かうレントゲンバス

歌葉 歌集販売サイト http://www.bookpark.ne.jp/cm/utnh/detail.asp?select_id=52


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あと、おくればせながら僕の知ってる(好きな)村上春樹短歌のご紹介。

さあ明日は鍵束と花束鳴らし村上春樹の骨をひろおう/正岡豊



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