歩道橋に立って遠くを眺めてた 空は近くて遠くは遠い 加藤千恵
それほど高いというわけでもないのに、「歩道橋」の上というのは不思議な開放感がある。わりとごみごみした街でさえも。だから、イメージ的にも感情的にも上句はひとつの共感に収斂しやすい。しかし、下句を読んでしまうとひとつの疑問が浮かぶ事によってその共感はたやすくほどけてしまう。「空」が「近」いというのなら、主体は何を眺めていたのだろう。「空」が「近」いというのなら、街路樹もビルも道ゆく人も目に映るすべては「近い」はずだ。ここで「遠く」が、自分の未来とか、目では眺めることができないもののある種の比喩的な表現ととる事も出来るかもしれないけど、やっぱり、僕は「遠く」をほんとうに眺めてたと思う。しかし、その「遠く」は、下句のような認識が頭をよぎるとたやすく消えてしまうものだ。「空」を「近」いと認識した事によって、上句が嘘になってしまったということではない。「空」も街路樹もビルも道ゆく人も目に映る全てを眺めながら「遠く」を眺めていたのだ、「遠く」を「遠い」と認識するまで。
(加藤千恵『ハッピーアイスクリーム』マーブルブックス、2001年/中央公論新社(中公文庫)、2003年/集英社(集英社文庫)、2011年)