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「浦島説話」を読み解く

「浦島説話」の時代を生きた古代人の人間観を歴史学、考古学、民俗学、国文学、思想哲学、深層心理学といった諸観点から考える。

「玉匣」について

2010-10-07 22:32:59 | 浦島説話研究
秋本吉郎校注『日本古典文学大系 風土記』(岩波書店 1958年)は、「浦嶼子」中の「玉匣」について次のような注を施している。
「玉飾りのある櫛(化粧用具)の箱の意から、女性の持つ手箱。いわゆる玉手箱。霊性のある神仙女との結合を可能にするタブーの箱。下文によれば、神仙としての浦島の霊性(不老不死)を斎い込めた箱の意に解し得る」(p473)。
この注記では、二通りの解釈が示されている。一つは「玉手箱」という記述であるが、この表現は、室町時代に成立した『御伽草子』中の「浦島太郎」に「玉手箱」という表現があり、基本的にこれを継承したものであろう。「浦島太郎」と言えば「玉手箱」といえるように、今では馴染み深い必須アイテムとなっている。「玉手箱」は、作中に「左の脇よりいつくしき箱を一つ取り出し、「あひかまへてこの箱をあけさせ給ふな」とて渡しけり」とあり、片手で持てる程度の大きさであることが表現されている。それが女性の持つ化粧用具という意味に解されるようになっていったのであろう。大きさという観点からいえば、「逸文」中の表現も同程度と解せる書き方ではある。
もう一つは、「霊性のある神仙女との結合を可能にするタブーの箱」「神仙としての浦島の霊性(不老不死)を斎い込めた箱の意に解し得る」という抽象的な表現が付されている。
両者の認識には大きな相違があるが、現在、一般的に理解されている「玉手箱」のイメージは前者であろう。しかし、「逸文」の表記は「玉手箱」ではなく「玉匣」なのである。
湯浅泰雄氏は「「たましひ」という古語は「たま」に由来する。「たま」はいわゆる遊離魂を指すが、死者の霊魂だけでなく、生者にも入ってくることがある」と指摘している(湯浅泰雄 ユングと東洋 上 p15 人文書院 1989年)。おそらく、「玉匣」の「玉」は遊離魂の「たま」の意との関連に意を配る必要があるだろう。そうすると、前述の注記に関して言えば、本来、「玉匣」は後者の意味を持っていたはずである。つまり、「玉匣」それ自体が霊性を帯びた呪物そのものにほかならないのである。
そのように解するだけでも、「浦島説話」の原文は、我々が現在抱いているイメージとは本質的に異なることを前提としなくてはならなくなる。

浦島説話研究所