つばくろうのつれづれ日記

つらつら思ったこと、書いてます。

つばくろうの年末

2007-12-31 16:38:12 | つばくろう
昨日は旦那の実家で餅つきをした。
これは毎年のことで参加は義務である。
私はヨメだからもちろん断るなんて
もってのほかであるし、人一倍頑張ることにしている。

餅つきといっても近年ではまれになった
臼と杵を使っての餅つき。
薪でもち米を蒸すその匂いと
活気のある雰囲気は昭和のそれそのもので
懐かしくもあり、ほっこりとした気分になる。

旦那の実家は男手が足りない。
そこで女の割には力があるとされる私は、
(旦那の実家ではそういうことになっている)
杵で旦那とぺったんぺったんやることになる。

初めは「楽勝!」と思っていても
途中から息が上がってくる。
粘り気が出てくると本当に杵が重くなってくるからだ。
そして翌日の筋肉痛。
運動不足を毎年痛感する。

今年は以前書いたように足を切ったので
思うように動けないのだが
張り切りすぎて、昨日、傷口が
「ぱっくり」と開いてしまった。

今日、大分に戻ってきて電話を掛けると
救急外来が開いているということで
早速、病院へ行った。
また、縫合ということはなくてほっとしたものの
この不便さは当分続きそうだ。

年末の来年に向けた占い、
「開運、運がぱっくり開けるでしょう!」
とにかく、プラス思考!プラス思考!

今年はブログ元年でした。
思いもかけずたくさんの方にお越し頂き
本当に感謝の気持ちで一杯です。
また、全国のいろんな方と知り合え
ネットの力のすごさを痛感しております。

皆様にとって今年はどんな一年でしたか?
それでは、よいお年をお迎えください

ピーちゃんの自由

2007-12-31 16:17:04 | ピーちゃん
ピーちゃんが飛べるようになったと昨日書いた。

あれから、誰が教えるでもないにも拘らず
どんどん飛ぶのが上達していく。
もう、見当違いのところに飛ぶこともなく
ホバリングもお手の物。

よく、子供の頃に保護された動物が
本来の動きが出来なくて飼育員が困ったという話を聞くが
(たとえば鶴が飛べない、アザラシが泳げない等)
こと、インコに限っては鳥だから当たり前といえばそうなのだが
お手本がいなくても、さして練習するでもなく
難なく飛べるようになるのはさすが鳥だと思ってしまう。

羽繕いにしても、誰が教えるわけでもないのに
概してインコは同じやり方できれいに整える。
これは遺伝子に組み込まれているのだろう。

本来ならば、アフリカの空を自由に飛び回っている筈なのに
日本の寒い空の下、狭い空間で過ごさねばならない。
そんなことを考えて、少し罪悪感を感じることもある。
でも、日本で生まれ育ったのだから外では生きてはいけない。
やはり、人間の下で可愛がられるのが
この子の運命なのだろうし、幸せなのだろう。

私には信頼できる存在は他にもいるけれど
ピーちゃんには私だけなのだと思うと
ますます、いとおしくなる。
愛情を掛けていかに幸せな人生をともに
過ごすことが出来るか?
これが飼い主としての責任なのだと心した。

疑問解決~12/30~

2007-12-30 23:04:44 | ピーちゃん
ピーちゃんを飼うまで
疑問に思っていたことがある。

セキセイインコやオカメインコには
鼻の穴があるのに
コザクラインコはどこにあるのだろうという疑問。

そして、それは飼い出した日に解決した。
普通に嘴の上にある。
ヒナはまだ羽毛が揃っていなくて
普通に鼻の穴が見えていたのだ。
羽毛が生え揃っていくにつれ
鼻は羽毛に覆われて見えなくなる。

息をしにくくないのか?
鼻がかゆくならないのか?
新たな疑問が生じてきた。

家のピーちゃんもそろそろ見えなくなってきた。
かわいいのだけれど、ヒナヒナした面影が
失われていくようでちょっと寂しい。




写真は、「早くだして~~~!」と訴えるピーちゃん。
なんだか、妖怪っぽいですね^_^;

まだ、この頃は鼻の穴丸見えですね。

ピーちゃんの性別~12/29~

2007-12-30 23:04:09 | ピーちゃん
昨日、たまたまだったのかもしれないが
ピーちゃんのある行動を見た。

ピーちゃんが『お戻し』のようなことをしていた。
『お戻し』、本来、なんという呼び方なのかわからないが
インコが意中の相手や、ヒナに口移しにエサを与えるときに
喉の奥から「ぐふぐふ」といった様子でエサを戻す行為である。
幸い粟玉は出てこなかった。

1回こっきりだから、偶然なのかもしれないし、
飲み込んだものが喉に詰まりかけただけなのかもしれない。

でも、この前も、私の手に1回だけだが
おしりを擦り付ける様なことをした。
まだ、ヒナなので色気を持つとは思えず
偶然とは思うのだが・・・

色んなこと考え合わせると、
ピーちゃんはどうも男の子のように思えてきた。

ピーちゃん天国~12/28~

2007-12-30 23:03:41 | ピーちゃん
最近は、ピーちゃんやりたい放題。

特に私のメガネがお気に入り。
遊んでやっていると服をよじ登ってくる。
そして肩に到達するや、メガネに食らい付いて来る。
嘴でくわえて上下に揺さぶる。
フレームに足を掛けて顔によじ登ってくる。
レンズと顔の間に潜り込んでくる。
やめさせてもやめさせても、またする。
本当にしつこい。

ピーちゃん、羽毛が生え変わっているので
羽毛の軸のクズが出る。
丁度人間のフケみたいな感じ。
今日、家族から「フケが付いてるよ」と言われた。
考えてみたらピーちゃんが肩で羽繕いをしていた。
ご、誤解だーーー!!!

こんな感じでピーちゃん1羽独裁が
当家の中で猛威を振るっています。

ピーちゃんが飛んだ~12/27~

2007-12-30 23:03:19 | ピーちゃん
ピーちゃんが数日前から飛ぶようになった。

狭い飼育ケースの中で時折バタバタやっているだけだったのに
あれだけの練習で飛べるようになるとは
さすが鳥だと妙に感心した。

今では、ケースから自分で出てくるのはもちろん、
私の肩にも羽ばたきながら乗ってくる。
(まだ、ポーン飛び乗るまでいかず
下から羽ばたきながらよじ登ってくる)

今までは飛べないと高をくくっていたのだが
これからは油断できない。
あちこちに移動して誤って屋外に出て行くことが無いよう
気を引き締めてケースから出さなくては。

ピーちゃんの今日この頃

2007-12-26 00:50:21 | ピーちゃん
飼い出して日は浅いが
鳥といえども性格や癖というのが
あるというのがわかる。

ピーちゃん、とにかく狭いところに潜り込むのが好き。
潰れてしまわないかと心配になるようなところへ
極限に挑むかのごとくトライする。
そして、無事潜り抜けられた暁には
とても得意げ。

眠たいとき、眠るとき、歯軋り?をする。
人間の歯軋りと同じように
嘴をこすり合わせて「ゴジゴジ」と音を出す。

飼育ケースを掃除していると
必ず猛烈な勢いで襲ってくる。
嬉しいのか興奮気味で挑んでくる。

そして、最近は今まで聞かなかったような
低い「ジュグジュグ」といったような声を出すようになった。
時たまここでも「ピちゃん」といったような音が
するように感じる。
(これは単に親バカかもしれないが)

人の気を引く術を身に着けていく。
大したことないのに「キキッ!」と痛そうな声を出す。
頭かきかきしていても、場所がツボからずれただけで
そんな声を出す。

そんな、ここ数日のピーちゃん。




写真は飼育ケースの中で敷き草をガジガジしているところ。
敷き草のふりかけをしてみました。
意外と嫌がらず(気付かず?)一時このままでした。


貴人のお迎え

2007-12-26 00:00:03 | ばら
昨日、家に貴人が2人やってきた。

一人は『プリンセス・ドゥ・モナコ』
もう一人は『ピエール・ドゥ・ロンサール』

と言っても、実はばらの苗。
ばらに限ったことではないが花の品種には、
人の名前が往々にしてつけられることが多い。

プリンセスはホームセンターで一目惚れした。
由来はいわずと知れたモナコのグレース王妃に
捧げられたことによる。
白基調で花びらの淵がピンクに染まる。
詩人は以前からお迎えしたくてやっと縁があった。
この花は花びらの数が多く、ぼってりとした感じ。
にもかかわらず、白が真ん中に行くにつれ
ピンク色に染まり、さわやかで気品があって
ころんとした花形も可愛く重さは感じられない。

ただ、ばらの栽培は結構難しい。
貴人をお守りし美しい姿に出会えるよう
頑張らなくては。

本当に日本人だけ?

2007-12-25 23:06:50 | 文化
「フランダースの犬」日本人だけ共感…ベルギーで検証映画(読売新聞) - goo ニュース
確かに外国人は物の機微だとか風流さとか
そういうものの感じ方が日本人と違うというのは
聞いたことがある。
(鈴虫の声を聞いても、雑音にしか感じないとか)

でも、本当に日本人だけなのか?
ならば「おしん」が外国でも受け入れられたのは何故?
結果、オーライなら勝ち組だというのか?
確かに、「小公女」「小公子」みな勝ち組である。

また、日本人にはカルピス劇場シリーズで
この作品の知名度は高いけれども
諸外国ではこの作品の知名度自体が
あまりないのではないかという疑問もある。

それにしてもアメリカ人は難しいとしても
ヨーロッパ(ベルギーを除く)はどうなのだろう?
特にフランス映画など悲劇が多いと思う。
「禁じられた遊び」なども
子供が可哀想という意味では同じと思う。
アメリカ映画でも「スターリングラード」で
ソ連側で活動した子供がドイツ軍に吊るされたが
あれを可哀想と思う心理があれば
ネロを「負け犬の人生」というので
片付ける心理は理解できない。

フランダースの犬の原作はどうなのかわからないが
TVを見る限り、貧者に対する、大人が子供に対する
非情な差別であって、魔女狩りさながらである。
作者が真に何を伝えたかったのかは解らないが。

作者はヴィーダというイギリスの女流作家だ。
私の記憶が確かならば、彼女は旅行が好きで
住まいも転々とし、旅行先で確か客死していた。
居場所がなかったと考えるならば
ネロと共通点はある。

19世紀~20世紀あたりのイギリス文学は
流行なのか似たような悲劇が多い。
「嵐の国のテス」(本当の題名は「ダーバビル家のテス」)
「林檎の木」など・・・
イギリス人なら日本人のこの感覚、解るかも知れない。

人間社会は、うまくいかない大勢がうまくいく人間を
支えているピラミッド構造であって
みんなが成功者など悲しいけれどありえない。
「終わりよければすべてよし。」
確かにそうだといいのだけれど
何か、こればかりでも疲れるというか
日向ばかりで影を認めない心理は
ある意味病的なのではないかと思う。




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