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椿の杜

キャメリアの花に囲まれて・・・

297件目

2008-10-01 | Weblog



 今年の2月21日からこのブログを書き始めた。書くからには続けなきゃと頑張った。

 履歴を診ると、7日しか休まなかった。 本件が297番目になる。



 離婚してから、地に足が着いていないと感じる。 毎日フラフラ感がある。

 ずっとコレで良いのだろうか、この先どうなるのだろうか? 朝の目覚めまで案ずる夜もある。



 ★松山は、有名な二人の彷徨い人の所縁の地だ。


 一人は、鎌倉時代に浄土系「時宗」を開祖した一遍上人   生まれは、松山市道後

 「 捨ててこそ 」 をキーワードに、一遍上人は片時も留まることなく諸国を遊行し続けました。

 まるで、留まることが ” けがれ ” であるかのように・・・・・ 今の私に絶妙にシンクロするんです。

 捨ててこそ、こうつぶやくと直面する苦悩や怒りが、取るに足らない事に思えてくるのです。

 そうやって札くばりと踊り念仏により爆発的に時宗は民衆の宗教になりました。


 旅ころも 木の根 かやの根いづくにか 身の捨られぬ処あるべき(時宗宗歌)

 左の写真は、この句碑がある道後宝巌寺です。



   



 もう一人は、種田山頭火 <ラーメン屋ではありません> 漂泊の生涯と自由律俳句の俳人

 妻子を捨て、世間を捨て、自分を偽らず,行乞の人生と酒と自然を愛し,亡くなる前日まで句を詠みました。

 三頭火が昭和15年10月10日、松山で生涯を閉じた処が、右:御幸町の一草庵です。


 全8万4千句の中で私の一番好きな句は、「 分け入っても分け入っても青い山 」 躍動的です。

 もう一つ、実は私の気になる句は、 「 捨てきれない荷物の重さまへうしろ 」 ・・・ だから人間なんです!!



 だからと言って、上記二人の様な人に愛される有名人になりたい訳ではない。

 人並みの幸せを欲している訳でもない。

 今自分に何が足りないのか? どうすれば更に自己を高める事が出来るんだろうか ・・・・

 まだまだ私の彷徨いは、これからも続きそうなのだ。






椿の杜

2008-02-21 | Weblog


  『パパ、侘び寂びって何?』 と愛娘に聞かれたら、必ずこの花を引用したい。

  西洋の代表的な花:ひまわりやチューリップは、真っ直ぐ伸びた茎の天っぺんに花を付ける。
  椿の花は、本枝から沢山に延びた枝の先端の双葉の下から花を覗かせる、寒さ厳しい季節にも凛として美しい。


           なんとも侘しくて寂しいではないか・・・・・  


  椿の花の枝落ちは、武士の首切りと同様に花弁が散るのでなくそのまま落ちるので縁起が良くないと言われた。
  明治時代以降の逸話だそうだ、明治時代には武士はもういない。

  かつて椿咲くこの庭には、子供達の笑い声が耐えなかった時代があった。
  夏は三兄弟がプール遊びに戯れ、息子の散髪をしたり、娘の自転車初乗りを試した。
  まだ僕が椿と山茶花の区別がつかなかった頃・・・・
  今の家を設計した当初、この空間を部屋が向かい合う両親と孫たちの笑顔の交差点と名付けた、今は僕一人。

  居相の氏神は言わずと知れた、伊豫豆比古命神社(通称椿神社)。今でも境内の藪椿の群生は見事だ。
  大好きな椿(英名:キャメリア、姉妹都市サクラメントも市花)と神社にあやかって【椿の杜】のブログを開設する。

  もう一度、我が家を椿と笑顔溢れる杜にしたいから・・・・