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支流からの眺め

武漢ウイルスで見直す国々(6) インド

 世界の覇権国や日本の近隣国には必ずしも当たらないが、拮抗した対立関係にCasting voteを握り得る国として印度を、このシリーズの最後に取り上げる。

 印度大陸には中央アジアからアーリア人が入り、古代には仏教国のマウリア朝、ヒンドゥー教国のグプタ朝などが興亡した。11世紀に北方からイスラム勢力が侵入、16世紀にはティムール帝国の末裔バーブルが南下し、ヒンドゥー教も宥和しつつ、イスラム教国であるムガル帝国(モンゴルの意味)を建国した。最盛期の17世紀には、有名な世界遺産タージ・マハルが建立された。しかし、宗教的理由から国内は対立し、16世紀よりはポルトガルを初めとする欧州各国の侵略を受けた。18世紀からは英国の植民地となり、1858年にムガル帝国が滅亡、1877年に英領インド帝国となった。その後70年間に及ぶ英国支配が続き、第二次世界大戦後の1947年に独立を果たした。

 独立後には、宗教的対立から西パキスタンと東パキスタン(1971年よりバングラデシュ)が分離した。米ソの冷戦時代には、パキスタンとの軍事衝突からソ連との関係が親密化したこともある(中ソ対立や米中国交復活の原因ともされる)。冷戦終結後は、特にIT関連業種を中心に頭角を現し、英語力も生かして多数の印度人が各国で活躍している。国土と人口は共に日本の約10倍もあるが、GDPは日本の60%程度である。しかし、近年の経済成長は著しく、軍事費は600億ドル(露国並み、日本の1.5倍程度)で核保有国でもある。インド人民党のモディが首相を務め、国内政治では民主制を敷き、国際的には中立非同盟を基本としつつも、今は中国との対立から米英と共同路線を取っている。

 印度が抱える課題は、宗教対立である。主な宗教はヒンドゥー教(人口の8割を占める)とイスラム教(同1割)である。ヒンドゥー教には開祖や根本経典はなく、多数の神を崇める。片やイスラム教は、開祖モハメッドが定めた戒律や経典が支配する一神教である。人口的には多数派のヒンドゥー教が他の宗教に寛容であることも、対立を招いているのかもしれない。マハトマ・ガンジーの暗殺も、イスラム教徒への寛容的態度がヒンドゥー原理主義者から敵視されたからとされる。首相を務めたインディラ・ガンジーとラジーヴ・ガンジー(初代首相のネルーの娘と孫に当たる)は、共にイスラム系のテロ攻撃で暗殺された。

 印度の深淵さは、人類をそして多くの日本人を魅了している。あの茫洋とした大地から、多様性への寛容と内的思索に支えられた独自性が生まれた。強烈な一神教であるキリスト教やイスラム教に晒され、政治的、軍事的侵略を長年受けながらも、それらの宗教に改宗する者は少なかった。印度人固有の多様性と一神教は相いれないのであろう。また、印度は仏教が生まれた地でもある。釈迦の本来の教えは、阿弥陀様や経典への信仰や帰依ではなく、物事を突き詰める思索・瞑想を通した解脱である。特定の国と組むのを潔しとせず、自立・非同盟を保とうとする姿勢の原点も、そこにあるのかもしれない。

 印度人の寛容といえば、ガンジーの非暴力主義が思いつく。確かにガンジーは、「暴力は非暴力に劣り、懲罰は寛容に劣る」としている。しかし、名誉を守るための暴力は否定せず、寛容は懲罰を与える力がある場合にのみ可能とする。つまり、弱者が名誉を傷つけられた場合の暴力は許されるし、寛容は強者だけがその資格を有するということである。深い洞察に基づく独自性の例としては、東京裁判での印度人パール判事があろう。日本を悪とする一方的な罪状認定だけでなく、裁判の正統性自体をも糾弾し、暴力や怨念で思考停止した吊し上げ裁判にあって、その法理的見解は異彩を放った。

 わが国にとっての印度は、民主主義を尊重し多様性を容認する国として、また共に中共帝国に敵性を認める国として重要である。覇権や謀略を好む国民性でなく、国際関係では基本的には非同盟を保持しており、地理的にもわが国の脅威となる可能性は低い。今後の発展の潜在性を見越せば、特に経済的な関係を強化すべきであろう。それだけではなく、東洋と西洋の境界にありながらアジア的寛容を失わなかった印度に学ぶところは多い。ヒンドゥー教の世界観や一神教への拒否感は、日本人の宗教観とも共通する。印度で生まれた仏教は諸国で独自に変質したが、その内省的な特性は日本で禅や(究めるべき)道の哲学に引き継がれている。

 思い迷った時には、菩提樹の下にあって思索した釈迦の答えを聞いてみたいものである。それが無理でも、わが国が迷った時には、多様性を許容する智慧者印度の考えを聞くのは悪くない。



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