失敬の天才
鍛冶屋の峯さんの家に、お手々の長い職人が居りまして幹公(みきこう)と云う、金盥(たらい)だのバケツだのと方々から提げて来る誠に始末の良くない人物。或る時、お釜の中に飯の附いているやつを持って来た。「オイみきさん/\お前、夫れを何処から持って来たんだえ」「之れかえ、こりゃア台所から拾って来たんだ」「お前ねえ、そんなに上手なら俺のこの仕事をして居る竿を盗れるか」「小父さん、そんな物アわけア無えや」「然うか、盗れるなら盗って見な。お前に遣るから」処が暫く経つと、幹公がやって来て「小父さん、其仕事をしている竿を勘定して見な」一イ二ウ三イと、数えて見ると成程一本足りない。何時の間に盗られたか判らない。竿忠もつくづく感心した。幹公の天災的手腕に依るものとはいえ、夫れだけ仕事にかゝると竿忠は仕事に熱中して、其方へ釣込まれて了うのです。仕事には油断があっちゃア不可ないと云うけれど、竿を作る唯夫れのみに精神を集中させて了うから、何時の間にか他念が失われて了うのです。
鍛冶屋の峯さんの家に、お手々の長い職人が居りまして幹公(みきこう)と云う、金盥(たらい)だのバケツだのと方々から提げて来る誠に始末の良くない人物。或る時、お釜の中に飯の附いているやつを持って来た。「オイみきさん/\お前、夫れを何処から持って来たんだえ」「之れかえ、こりゃア台所から拾って来たんだ」「お前ねえ、そんなに上手なら俺のこの仕事をして居る竿を盗れるか」「小父さん、そんな物アわけア無えや」「然うか、盗れるなら盗って見な。お前に遣るから」処が暫く経つと、幹公がやって来て「小父さん、其仕事をしている竿を勘定して見な」一イ二ウ三イと、数えて見ると成程一本足りない。何時の間に盗られたか判らない。竿忠もつくづく感心した。幹公の天災的手腕に依るものとはいえ、夫れだけ仕事にかゝると竿忠は仕事に熱中して、其方へ釣込まれて了うのです。仕事には油断があっちゃア不可ないと云うけれど、竿を作る唯夫れのみに精神を集中させて了うから、何時の間にか他念が失われて了うのです。