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いみしん新聞・常陸の国

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高速増殖炉もんじゅの判決疑問

2005-06-08 10:35:35 | 世相・意見
何故こんな事に?福井県敦賀市に設置されている・・
高速増殖炉もんじゅの「設置基準は安全審査で安全である」と国が認めたが「住民は安全でないのに国が許可したのは違法」と訴えたが20年間も二廻りした裁判は最高裁判決が2回もでる異常さである。・・何が問題か?
ひとつは行政府に必ず登場する恣意的に選ばれた無責任な専門家「安全審議会の答申」により政府が許可することである。直接影響を受ける住民は参加できない。設置場所が決まっていないからである。
従って一度原子力事故が起これば無責任な専門家は責任をとらない。
被害住民が苦しむだけである。今回もその例に漏れない。
裁判は①ナトリューム漏れ事故②蒸気発生器伝導管破損事故③炉心崩壊の恐れを想定・・最高裁は国がこれらを総合的に判断して安全であると「設置時に許可」したのではない。「起こりうる事故は極めて少ない」から安全であると設置を許可したのである。よって今回の最高裁判決は「国に責任はない」と言う判決になっている。これは「法律だけで解釈すればこう言う判決になる」最高裁は姑息な手段を使ったのだ。全く逆の判決が名古屋であった。何処が違うか「憲法まで踏み込んだ判決」だからである。
欧米では逆に疑わしき「ナトリューム漏れは水に触れると爆発する危険物である」と熱を取り出すのにはいいが「危険が大きい」と高速増殖炉を諦めたのである。欧米は安全第一にしたのが日本は初めに「高速増殖炉を作る」と決めてそれに合うように国はしたのである。これからわかるように現在日本の司法制度は「国民が安全に生きる判断を出来ない」のである。
これにより高速増殖炉もんじゅの稼働が行われれば次の事故では「未来半永久的数千年間以上放射能汚染で人は住めない地域になる」滅亡である。

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