先日、音楽仲間と大滝詠一の詞の意見交換をしました。
その方は「あつさのせい」の歌詞はスゴイ!と話されていました。これに対して、僕は「シャックリ・ママさん」が大好きなので、その魅力を力説しました。
・「洗剤値上がり 止めーーたいけれどぉ、ホッ♪」という、洗剤の値上がりが止まってない様子を歌で表現したところ、
・”洗剤”のような生活資材を歌にしたところ
が好きとの話をしました。
僕が「シャックリ・ママさん」で一番好きな箇所は「歌うーたうー」という節回し(U~トゥ・U~トゥ・U~)ですが、なにより「シャックリ・ママさん」という題材を歌にしようという発想自体が非常にユニークで、5本の指に入る大好きな曲です。
今回、「シャックリ・ママさん」の話が出たのを機に、改めて少し追いかけてみました。
〇「Peggy Sue Revisited in 1975」
公開されたレコーディングデータによると「シャックリ・ママさん」の録音日は次の通りです。
《Recording Data 1975》
Jan.26-31 Fussa Sessions I〜IV (林立夫 / 細野晴臣 / 鈴木茂 / 佐藤博)
Jan.26-31 Fussa Sessions I〜IV (林立夫 / 細野晴臣 / 鈴木茂 / 佐藤博)
30 「シャックリ・ママさん」Take 1~4
Feb.2 <お先にどうぞ> at Toshiba Studio
Feb.4-7 Fussa Sessions VII〜X(上原ユカリ / 細野晴臣 / 伊藤銀次 / 佐藤博)
Feb.4-7 Fussa Sessions VII〜X(上原ユカリ / 細野晴臣 / 伊藤銀次 / 佐藤博)
Feb.20-22 Fussa Dubs I〜III(鈴木茂 / 佐藤博)
21 「シャックリ・ママさん」(E.Piano / Guitar / Slide)
大滝詠一本人によると、この曲の原題は「Peggy Sue Revisited in 1975」とのこと。バディ・ホリーの命日である、2月3日前後に録音がされていて、スライドギターやエレキ・ピアノのダビングでより魅力的な曲に仕上がっています。
大滝詠一は、イーチ大滝として、ラジオ番組「Go!Go!Niagara」の中で3回にわたってバディ・ホリーの特集したほか、レギュラー放送においても、「Words Of Love」「Maybe Baby」「Peggy Sue Got Married」「Crying, Waiting, Hoping」「Rave On」「Fool's Paradise」「Early In The Morning」「It's So Easy」・・と、彼の曲を何度も取り上げています。
ライナーによると、「シャックリ・ママさん」の”シャックリ”は、バディ・ホリーの歌唱スタイル、"Hiccup"をもじった、シャックリ唱法からとったものだそうです。
ここで指摘したいのは、この"シャックリ唱法"という言葉自体も、大滝詠一本人が生み出した言葉だと以前、ラジオで発言していたことです。音の特徴をつかみ、自分の言葉で言語化することで、その音楽がより親しみやすいものになります。
奇しくも、ジョン・レノンは、同じころ、1974年10月25日に「Peggy Sue」を録音し、1975年にカヴァーアルバム『ロックン・ロール』をリリースしています。また、ポールも「Peggy Sue」を取り上げており、あっちでもこっちでも「Peggy Sue Revisited in 1975」という発想が同じ!!なのです。
John Lennon「Peggy Sue」
PAUL McCARTNEY「Peggy Sue」REHEARSAL 1975
『NIAGARA 45RPM VOX』ジャケット
福生45スタジオ併設の米軍ハウス内のポスターもバディ・ホリーだった
疑問1 「ママさん」の由来を追え。
まず、そもそも、大滝詠一が「シャックリ・ママさん」という題材をとりあげようとした、その由来を追ってみました。
遥か沖を眺めていると、モロコシの方角からママさんがシャックリしながらやってきて、浜辺の松に座って水を飲んだ、などということが起きれば、これが「シャックリ・ママさん」の由来だと、なるかもしれませんが(ならない)、そうでなければ、やはり歌に元があって、然りです。
・「帰れソレント」よりもさらに壮大な、Connie Francis「Mama」(1960年ヒット。 Bixio CherubiniやCesare Andrea Bixioなどのクレジット)
・ゆったりとしたワルツのB. J. Thomas「Mama」(1966年ヒット。Mark Charron作)
世の中の曲には、いろいろなママさんが登場していますが、自分のつたないナイアガラ関連の知識では、「楽しい夜更かし」が、Ernie K-Doe「いじわるママさん」のモジリ曲だったはずです。
また、ネットで検索すると、 Little Richard「True Fine Mama」という曲について書いている人もいます。
どこかでこの曲にも言及していたはずだと記憶していたのですが、どこだか忘れてしまったので、今回、改めて調べてみました。すると、2005年のライナーに、吉田美奈子の”ケッツペキ・ニイサン”に触れて、次の記載がありました。
このアルバム・リリース後、吉田美奈子が「シャックリ・ママさんの続編作ったヨ。”ケッツペキ・ニイサン”!ということがありました。もともと私が「ステキなママさん」と「いじわるママさん」からヒントを得て「シャックリ・ママさん」としたものですが、それが”ケッツペキ・ニイサン”と、発想の連鎖となったわけです。
ということで、遠方の唐土ではなく、さらに遥か、細哈連(ニューオリンズ)の地より、「ママさん」をインスピレーションしたということが、分かりました。
R&Bの楽曲としてカヴァーせず、バディ・ホリーのシャックリ唱法を掛け合わせて、3コードのロックンロールにした、というところに、この曲の独自性があると思います。
そして、この曲はシングルを切るべきだったと思いました。片面サイダーというので考えていて、会社との交渉がうまくいかず、シングルが出なかったのかもしれません。
自分が選ぶなら、私家版としては「ナイアガラムーンがまた輝けば」がB面でしょうか。通常販売版は、「ロックン・ロール・マーチ」か「ハンド・クラッピング・ルンバ」のどちらかになると思います。両A面というのもありかなとか、夢?が膨らんでしまいました(^^;)。
図「すてきなママさん」と「いじわるのママさん」と「いじわるママさん」
大滝詠一本人もサイトで取り上げていましたが、「いじわるママさん」の曲調の曲として、The Rivingtons「Love Pill」のようなニューオリンズ曲も楽しいですね。
さて、ここで終わらず、もう1歩踏み込んで、「ママさん」の由来を追いかけてみることにしました。
疑問2 ステキでいじわるな日本のママさんを追え
大滝詠一の「シャックリ・ママさん」が「ステキなママさん」と「いじわるママさん」からヒントを得ているとして、そのいじわるママさんは何からヒントを得ていたのか、自分に身近な「父・母」を歌詞にとりあげる、一親等が歌詞に出てくる曲が出てきたのはいつ頃なのかという疑問にこたえるべく、「日本のママさん」系譜の追跡にも挑戦してみました。
まずは、「いじわるママさん」ですが、スリー・ファンキーズがカヴァーしているので、その歌詞を書いたのは誰なのか、しらべてみました。
ネットのオークションなどにレコードのスリーブが掲載されています。
見つけたLP『スリー・ファンキーズ ヒット・パレード』のスリーブを、拡大してみると「みナみかズみ作曲 トーセン作曲」との文字。作曲が2回あるので、最初が作詞の誤記と考えられます。
みナみかズみ作詞 (アラン・)トゥーサセン作曲ということでしょう。
せっかくここまで追いましたが、ここで、題名はみナみかズみが手がけたとするのは少し短絡的かもしれません。東芝のディレクターが手がけた、宣伝の人が邦題をつけて作詞家みナみかズみに渡した、色々な可能性が考えられ、ここは当時の記録がないとわからない部分かと思います。
一度振り返って考えると、この「いじわるママさん」は1962年の作品ですが、アーニー・ケード(Ernie K-Doe)「いじわるのママさん」が1961年。“アーニー~”のいじわるのママさんの方が先です。
また、リトル・リチャード「すてきなママさん」(キングレコードLED-96、B面の邦題には触れずにスーっといきます)は、1958年発売。
ということで、リトル・リチャードの名前を付けたキングのディレクターがキーパーソンといえるのではないでしょうか。(名前までは追えませんでした)
話を日本における「ママさん」の歴史に戻し、少し広い範囲で探索を続けています。
みナみかズみ(のちの安井かずみ) の手掛けた詞には、例えば、ダニー飯田とパラダイス・キング「悲しきあしおと」があります。このダニー飯田とパラダイス・キングの代表曲「シェリー」、漣健児作詞です。
「シェリー」の歌詞は、次のようなものです。
「シェリー そおっとおいでよ さあ出ておいで パパもママも ぐっすりとお休みだけれど♪」
この漣健児が、歌詞でほかに"ママ"にふれた作品といえば「大人になりたい」 が挙げられます。
伊東ゆかり「大人になりたい」
「夜遅くに帰ると ママから お目玉 いつも 10時に寝るの それがきまりよ♪」
洋邦問わず、ママが登場すると、恋の手ほどきをしてくれたり、早寝早起きで夜遊びをたしなめてくれたり、人生の先輩としてのママが描かれることが多いようです。
・サム・クックのようなサウンドのThe Shirelles「Mama Said」(1961年、Luther Dixon)
・それを推し進めたようなサウンドの、カーティス・メイフィールド作Jan Bradley「Mama Didn't Lie」
・ダンスを教えてくれるママ:Eydie Gorme 「Mama, Teach Me to Dance」
Christine Quaite 「Tell Me Mama」 (1963)
・もういなくなってしまった想い出のママ:Patti Page「Mama from the Train」、Stan Kenton「Mama Sang a Song」
など、ママの登場のしかたも様々です。
そして漣健児に登場するママには、もう1つタイプがあります。
飯田久彦「ルイジアナ・ママ」
「あの娘は ルイジアナ・ママ やってきたのは ニューオーリンズ♪」
また、ニューオリンズが登場してきました(^^)。
「ルイジアナ・ママ」は、「フジヤマ・ママ」系のママです。
スラングなどを扱うUrban Dictionaryによるとmamaという単語は、”a very attractive woman”を指すそうです。
いずれにしろ、日本語のママもどちらかの系譜に属することになると思いますが、留意が必要なのは、いずれも「ママ」・「パパ」として登場していて、これらの曲は「ママさん」、「パパさん」としての登場ではないことです。
このため、ママさん、パパさんと、きちんと”さん付け”されている歌詞について、追ってみると、次の曲にいきあたりました。
雪村いづみ「夢のマンボ」作詞:井田誠一
「すぐにすてきなお方が来て お嬢さん踊りましょうよ 恋の花園へ行きましょう パパさんもママさんもみんな 誘いましょうよ マンボ踊りましょう」
「すぐにすてきなお方が来て お嬢さん踊りましょうよ 恋の花園へ行きましょう パパさんもママさんもみんな 誘いましょうよ マンボ踊りましょう」
マンボ時代は「パパはマンボがお好き」という曲があるように、パパや、ママが頻繁に登場します。
それでは、ママさん、パパさんの歴史はどこか?なんだかんだ調べてみると、国立国会図書館の歴史的音源配信で調べると、森岩雄作詞のバートン・クレーンさんにいきつきました。
図 バートンクレーン作品集と「のんきなママさん」
「のんきなパパさん」は「It's a Long Way to Tipperary」から、
「のんきなママさん」は「よさほい節」をカヴァーしているということで、バートンクレーン作品集に行きつきました。1933年7月発売とのこと。
石田一松「酋長の娘」では、「私のラバさん、酋長の娘♪」という歌詞があり、恋人はラバさん(Loverさん)と呼ばれていたそうですが、単に〇〇とつかうより、〇〇さんというほうが、対象に対して愛着がわきますね。
映画界でも“ママさん”を使われる動きがあり、春原監督の「おヤエのママさん女中」(1959)などもありますが、ノーマ・シアラー主演「陽気なママさん」(Let Us Be Gay)が1930年で、そのころからママさんという言い方があったようです。
「Let Us Be Gay」(1930) Robert Z. Leonard監督、Norma Shearer主演
ということで、「シャックリ・ママさん」のルーツは、意図するしないにかかわらず、「陽気なママさん」だろうというのが、今ところの結論です(^^)。
疑問3 歌詞はどこから?
もう1点の疑問は、この歌詞を書く時に、歌詞全般をどこから思いついたのか、アイディアの源泉は?どこにあったのか、です。
僕が好きなのは背中にラジオを背負いながら掃除しているシーンです。『ナイアガラムーン』のライナーに「うちのスーもよくシャックリをします。」と書いている通り、実体験に基づいているのでしょう。台所、水道、掃除などいかにも漫画的な歌詞です。
ということで、以下推測です。
「シャックリ」→シャックリ唱法をやってみるが基本のアイディア。
シャックリママさん台所
水を飲んでも びっくりしても
どうにもシャックリ止まらない
1番では、しゃっくりを止める方法は水を飲むことなので、ここをまず忠実に歌にしようという発想です。
シャックリママさんお洗濯
洗剤値上がり止めたいけれど
まずはこのシャックリ止めて
2番は社会の記録です。1973年、中東戦争でアラブ産油国が石油輸出を停止し、原油価格が高騰したことがよくわかります。はっぴいえんど「抱きしめたい」で「とても素速く飛ーび降りるので♪」の逆バージョン。
シャックリママさん庭掃除
帚かかえて歌唄う
背中で鳴ってるトランジスター・ラジオ
そして問題の3番。掃除のシーンです。
色々考えたけれど、よくわからない中、落語を聞いていたら全然違うところに
これかなと思うヒントがありました。
これ「山号寺号(さんごうじごう)」じゃないでしょうか?
お寺には、金龍山浅草寺というように山号寺号があるということで
「〇〇さん、〇〇じ」というのを幇間が挙げて小遣いを稼ぐいくという噺。
例えば談志の演目でも、途中で次のような場面が出てきます。
「えーっと、向こうの方でおかみさんが働いています。
おかみさん拭き掃除っていうのはどうでしょう?」
「床屋さん、耳掃除」、「酒屋さん、味噌下地」、「蕎麦屋さん、卵とじ」
、「時計屋さん、今何時」、「肉屋さん、ソーセージ」・・・。これまで聞いたことがない噺でしたが、春風亭柳枝などもやっているようで、わりと有名なものでしょうか。
単なる語呂合わせかもしれませんが、「・・さん、・・じ」となったところに面白さがあると思います。
シャックリママさん編みもの 手を止すませて呟いた どうも浮世は儘ならぬ
シャックリママさん大欠伸 手で口押さえお茶にごし 肩がこったとひねる首
4番の
「大欠伸」(ただのあくびではない)、
「止すませる」(敢えて止めるという字を使う)、
「お茶にごし」
というのは、何からきているのか、これは今後の課題です(^^)v。
ということで、次々疑問点の探求が
さしかけになっているような気もしますが、「一旦退"散"、これ年中行"事"」!?
おあと大勢。