マハサラカムあれこれ
カウントパートの妹(従妹)は翌日からクルンテープに出張とのこと、マハサラカムに行くのが一日遅かったら会えないところだった。
事前にわかっていたとはいえ、タイは夏休み、子どもたちは誰もいない、せめて食堂の子どもとおばさんはと思ったがソンクラン以来ずっと休んでいるということだった。
マハサラカムに4泊したが、ラジャパットのホテルに泊まったのは最初の2日、後の2日はタカシラーホテルに泊まった、ラジャパットのホテルが満室と言われた、まさか、ラジャパットのホテルがと思ったが、その理由は卒業式の練習のため保護者が予約していたのである。5月1日から3日間、卒業式の練習が行われた。ということは5日がナコンサワンでの卒業式ということになる。
お世話になっている教官は今年は卒業式の練習に立ち会わなくても良いようで、何かと付き合ってくれて助かった、ホテルの移動、クルンテープへ行く時のバスターミナルまでの移動等にも車を出してくれて助かった。
初日は地域訪問に一緒に行く職員と夕食をともにした。何を食べたいと希望を聞かれたのでムーカタを希望した。在任中はよく行ったムーカタの店、価格が上がっているためか、以前のように満席ではなかった。食事場所に象が来る、この日は子象、街の中で象を見るとタイだなぁと思ってしまう。今回は毎日、象を見た。
2日目は授業を組んだ2人と食事をする予定だったが約束の時間が過ぎても連絡がない、こちらから電話をしても出ない、この日に食事に行くことになったのは、提案されて決めたのに、久しぶりに彼女らもやはりタイ人だと思ってしまう、前日の約束はあてにならない、せめて電話ぐらいしてきたらと思うが全く連絡がなかった。夕食をどうしようかと思いつつ、ラジャパットの構内を散歩していたらセンターの3階で事務をしている男性がサイクリング中で、誘ってロータスで日本食を食べた。
翌朝、昨日はごめんなさいと電話が入る、改めて誘われたが夕食は日本人と約束があったので昼食をとることにした。タカシラーホテルの隣で昼食をとる、店員と姉妹(友達)だと言われ、4人で食事、暑かったので自分だけビールを飲む、サービスをしてくれたのか、260バーツの支払いだった。
マハサラカムでの4日間、ほとんどタイ語だけの生活であった。チェンマイやクルンテープは日本語でやっていけるし、英語で話しかけてくる人も多い。しかし、マハサラカムではみんなタイ語、一日中、タイ語のみの日もあり、タイ語の洪水、とてもついていけない、こんな状況で生活していたのだと改めて思った。忘れていた単語もかなり思い出した。