アオの国から~徒然日記~

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3/3 第二回 長宗我部家臣磔刑七十三士慰霊祭のお知らせ

2012-03-01 23:24:56 | 戦国
 もっと早くにお知らせしたかったのですが、詳細を書いた紙をどこかに追いやってしまっていて、遅くなりました。すでにもう明後日に迫りましたが、長宗我部家が改易となり、山内一豊が土佐へ入国してから起こった事件。長宗我部家遺臣を恐れた山内家によってだまし討ちにあい、捕えられて磔にされた73名の長宗我部家遺臣達…。その彼らの慰霊祭です。



 なぜ第二回なのかと言うと……この事件は山内家の中でも汚点とされたのか、土佐藩山内家の公式の記録にはこの磔刑の事は記されず、ただ犠牲者の数だけが地元に伝わり殺された方々の名前・出自すら不明なまま、1601年3月から2011年3月までの410年間、一度も供養されていなかった方々でした。もちろん、お墓すらありません。ただ、一豊が遺臣達をおびき寄せるのに使った神社(奉納相撲大会と言う形をとった)に対してその鎮魂の祈りを捧げるだけでした。
 去年、高知の有志の方が考えるに、維新の原動力となった土佐の志士達。彼らの源流には何があったのか?と原点回帰の結果が長宗我部であり、山内家入国により何が起きたのか……。浦戸一揆、七十三士の磔刑、滝山一揆……新旧の領主の狭間で犠牲になった方々に想いを巡らせた時、上士下士と言ういう他藩より苛烈だった身分制度、それは山内侍対長宗我部遺臣であり、虐げられた下士の…彼らの延長線上に龍馬を始めとした土佐の志士達がいる。

 ただ、「龍馬、龍馬!」ともてはやすだけでいいのか?現在の土佐の高知に生きる者達が、龍馬に至るまでの歴史は見ず、土佐の若者が幕末という大舞台で活躍した事だけを取り上げて騒いで、それでいいのか!?

 その想いがあり、410年と言う長い月日をちゃんとした形で供養されていなかった方々にもう一度想いを馳せようと慰霊祭を実行された方は話されていました。話の受け取り方は私なりになっているので、もしかしたらちょっと違っているかもしれませんが、「龍馬しか見んのはいかんがじゃ。」とははっきりと言われていました。


 以下、詳細になります。お時間があったり、行けるようであれば訪れてみてください。


 日時:平成24年3月3日(土)  午後三時より
 場所:高知市種崎千松公園浦戸大橋高架下
    (なお午後二時半には、捕えられた七十三士が桂浜の浦戸地区から刑場であった種崎地区へ送られた当時と同じように浦戸から種崎へ来る舟があります)

 慰霊祭終了後、特別公演として徳島美波町後世山地区に伝わる「後世神社/顕節姫命(あきふしのひめのみこと)・月語り」の講演があります。
 
 講演:顕節姫命(あきふしのひめのみこと)・月語り …  記 和瞳 ・ 朗読 谷口さえ子
会場:国民宿舎 桂浜荘地下会議室  午後五時より(約四十分)
 参加費:無料

 このお話は、長宗我部信親の一人娘であり、長宗我部盛親の正室、北の方のお話です。大坂夏の陣後、捕えられ斬首された盛親の骨をせめて生まれ故郷の土佐に…と北の方は僅かな供と土佐を出て一路京都の連光寺を目指します。道中、女の身なりでは危険だからと長い髪を切り、男の格好をしての長旅……その道中で起こった悲劇のお話です。

 信親の娘に関しては諸説がありますが、この徳島に伝わる後世神社の話が真実の様な気がします……。長宗我部元親とその一族を快く思わない方が多い阿波の地で、400年以上も語られ守られてきたのですから…。



 なお、この講演だけの聴講も大丈夫だそうです。……個人的には慰霊祭にも出て頂きたいのですがね(笑)。
 更に、この講演が終わり次第、別室で直会も開催されますが、参加費5千円です……(汗)もちろん、希望者のみです。…参加者も…古強者のおじ様お爺様の方々が多いと思います(笑)。

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