野老の里

奥武蔵をメインに日帰りの山歩きを中心としたブログです

奥武蔵へようこそ 平成28年6月12日 四寸道と男滝

2016年06月15日 | 奥武蔵へようこそ
(北ヶ谷戸橋へ向かう道すがらのホタルブクロ)

ここのところ、旧名栗街道や大窪、岩井沢辺りの古い道を歩いている。こうした古道は現代人が作る木段だらけの登山道と違って、九十九折となっていたり、掘割の道となっていたりして、旅人にとって歩きやすい道になっている。今回もそうした古道が歩きたいと思い、越生町から高山不動を目指す四寸道を歩いてみることにした。

四寸道は大満(だいま)地区にある下ヶ戸薬師(さげどやくし)から高山不動までの道を指す(陽山亭のHP http://youzantei.la.coocan.jp/index.html 参照)とのことだが、今日は越生町の中心街に位置する越生駅から下ヶ戸薬師までの道もつなげて歩くことにする。下山ルートはエゴ辻から志田地区へ下りて男滝に寄って行く予定だ。7時前に越生駅へ降りると天気予報とは異なり、空は晴れ渡り、陽の光が降り注いでいる。今日は暑くなるかもしれない。駅前の道を進み、県道を渡ると法恩寺がある。町の案内板によると行基が開創した後、越生氏が再建したものだという。思ったより広い境内には白砂が敷き詰められ、格式の高い寺であることを窺わせる。

(法恩寺の境内)

門前を道なりに進むと世界無名戦士の墓へと続く広い道路に出る。山の中腹に見える白亜の建物が世界無名戦士の墓だ。交差点を過ぎると道は細くなるが、さらに道なりに進むと高取山の登山口である越生神社に着く。町の案内板によると八幡神社、八坂神社、日吉神社、琴平神社を合祀したものだとのこと。鎮守の森に覆われた境内の裏手に回ると高取山を示す道標が立つ。先行者がいるのか、熊鈴の音が林の奥から聞こえてくる。山道に入ると二手に分かれ、木段が付いたほうは高取山の山頂に直接上がることができる。しかし今日は行程が長いので、巻き道を登って裏手から山頂に上がることにする。

(山の中腹に見えるのが世界無名戦士の墓)


(越生神社)

巻き道は終始緩やかで左手に山頂らしきものが現れるとすぐに尾根上の鞍部に着く。山頂への踏み跡は薄いが、高い所を目指している内に奥社が建つ高取山の頂上に出る。奥社は木ではなく、コンクリートブロックでできた堅牢なものだ。奥社の脇には二本のスダジイの大木が立ち、強い日差しを遮ってくれる。往路を戻り、尾根を西へ登る。檜に覆われた斜面は緩やかで、歩きやすさでは天覧山・多峯主山に引けを取らない。再び道が分かれるが、ここでも巻き道を進む。広い山頂をぐるっと回り込むと山頂への道が分かれる辺りに赤い実を付けた木が多くある。キイチゴの木だろうか。山頂へ続く広い道を登りきると西山高取に着く。広い山頂にはベンチと案内板が設置され、南側は展望地になっている。男性が一人、立派なカメラを据え付け、撮影に挑んでいるようだ。ボクが近寄るとスペースを開けてくれたので、少しの間展望を楽しむ。眼下には越生町と毛呂山町の市街地が広がり、空気が澄んでいれば都心のビル群くらいは見えそうだ。

(巻き道を行く)


(高取山)


(キイチゴだろうか)


(西山高取)


(西山高取からの眺め)

案内板の左手から尾根道に戻り、しばらくフラットな道を行く。大高取山はコースが多くて迷ってしまうものの、たいていはこうして整備された歩きやすい道になっている。324のピークに差し掛かる所はやや急な斜面。ここで熊鈴を鳴らしていた先行者に追いつく。が、急ぐ必要もないので、ゆっくりと後を追う。火気厳禁の看板が立つ324のピークに着くと男性の姿は見えなくなってしまった。どうやら急かせてしまったようだ。大高取山の山頂直下まではフラットな道が続く。途中道標のない分岐があるが、これは幕岩へと続く道だ。広い尾根にはよく間伐がされているのか、下生えが濃く、人が通る分だけ踏み跡が付けられている。大高取山の山頂直下には分岐があり、ここでも巻き道を行く。ややきつい登りをこなせば道標の立つ広い平場に出る。間伐がなされ、ここも明るい。山頂へは暗い道を更に登っていく。以前は檜に覆われた暗い山頂であったが、北東側が大きく伐採され、明るい山頂へと変貌していた。

(324のピークへ向かって)


(324のピークを過ぎるとフラットな尾根が続く)


(大高取山手前の平場)

大高取山の山頂(376.2)には三角点が埋設され、伐採地からは324のピーク越しに越生町や鳩山町を眼下に眺めることができるようだ。先行者の男性はボクが登ってくると同時に下りて行ったので、しばし一人休憩を取る。先行者の鈴の音も聞こえなくなったところで桂木観音へ向かって歩き出す。先ほどの平場から南へ下り、緩く登り返すと桂木山(370ほど)だ。山頂標識らしきものは見かけなかったが、西に延びる尾根に明瞭な踏み跡があったので、位置はわかりやすい。更に南へと下るとゆうパークおごせへの道が分かれる。そしてここは毛呂山町との境でもある。分岐から先は急斜面の下りで、ここだけは歩き難い。トイレの残骸が見えてくれば朱塗りの観音堂の建つ桂木観音だ。周囲には沢山の紫陽花の株が植わっているが、雨不足のせいかどれも花が茶色くなってしまっている。観音堂は中腹にあり、桂木地区へは更に木段を下っていく。車道に下り立つと花咲く里になっていて、トイレや駐車スペースもある。駐車スペースは展望台にもなっていて、東京スカイツリーや川越市街などが望めるという。今日は竜ヶ谷山や午頭山などが望める程度だ。

(大高取山 山頂)


(大高取山からの眺め)


(桂木山)


(桂木観音堂)


(駐車スペースからの眺め 右から午頭山 その奥に竜ヶ谷山)

紫陽花咲く車道を進むと民家の手前に道標があり、農地脇に小道が付けられている。ここを下り、西にある上大満バス停へと出る予定なのだが、道は三本ある。最短ルートは富沢沿いに付けられた林道を下るもので、当初はこれを使うつもりでいた。ところが分岐が今一つはっきりとせず、結局桂木峠へと下りてきてしまい、滝ノ入林道を下りてしまった。まあ峠の雰囲気も良かったし、古道として使われてきたのはこの林道だから良しとしよう。峠道は沢沿いの急坂で思ったよりも歩きやすい。問題は舗装された林道だが、木陰が多く、また真夏ほどの暑さでないことも幸いした。それほど苦しむことなく下ってくると黒山を示す道標が立つ分岐に出る。次に目指す越生駒ヶ岳が間近に望める。ここにはもう一度戻ってこなくてはならない。



(紫陽花咲く桂木地区)


(桂木峠)


(峠の切通)


(滝ノ入林道へ向かって)


(右の一番高い山が越生駒ヶ岳だと思われる)

分岐から下って橋を渡ると上大満バス停のある県道に出る。この近くに下ヶ戸薬師があるそうなのだが、特に案内はない。一段高くなった草地を眺めつつ歩いていると石段があり、踏み跡が延びている。踏み跡を登っていくと古びた下ヶ戸薬師堂がある。周辺は人の手が入っているようだが、建物はだいぶ傷んでしまっている。薬師堂の裏手には明瞭な踏み跡があり、これが四寸道なのだろう。往路を戻り、先ほどの分岐を西へ進む。舗装路歩きだが、ほどよく木陰があり、民家の無い山の斜面にはヤマホタルブクロの紫の花が鈴なりに咲いている。やがて四寸道を寸断した採掘場が見えてくる。大きなギャップが出来ており、あれでは尾根伝いに歩くことは不可能だろう。

(下ヶ戸薬師)


(下ヶ戸薬師前の草地から 鼻曲山だろうか?)


(ホタルブクロ)


(採掘場 大きなギャップができている)


(手入れがされた花壇だったようだ)

県道に合流し、5分も歩くと横吹峠への登山口とも言える北ヶ谷戸橋に着く。橋のすぐ手前に火の見下バス停もあるので、歩くのが面倒な人はここまでバスで来てもいい。橋を渡るとすぐに分岐に入る。日照水を示す道標もある。横吹峠までは延々と舗装路が続くので、今日の行程では一番きつい所といえるかもしれない。道なりに進むと分岐で花立松と龍穏寺を示す道標が立つ。花立松方面へ進めば猿岩林道を経て花立松ノ峠に出る。まあ林道を延々と歩くくらいなら四寸道を歩いたほうがはるかに楽だ。梅ノ久保の集落への道を分ける所は広い住居跡になっていて、一本杉峠のピークから越上山、雨乞塚までの連なりが見渡せる。ここから見える越上山は惚れ惚れするほどの威容を見せている。

(北ヶ谷戸橋 カーブミラーの裏手に横吹峠への道が延びる)


(住居跡から 左端は一本杉峠のピーク 中央右寄りが越上山)

分岐を過ぎると民家はなくなり、住居跡ばかりが目立つ。不便な山の上に住む人はもういないのだろう。道の両脇が杉檜の林に覆われると越生町が立てたハイキングコースの看板が見えてくる。登りきった先が横吹峠で、峠を越えると道は砂利道の林道となる。洗掘された掘割道が林道脇に延びていて、御嶽山を示す道標と奥武蔵でよく見かけるプラスチック製の小さな道標がある。ここが現在の四寸道のスタートだ。歩き難い洗掘された部分を登りきれば広くて整備された道が続く。傾斜は急なので楽だとはいえないものの、「山と高原地図」で破線路扱いされている割には歩きやすい。流石高山街道という別名があるだけのことはある。大きな九十九折をこなすと少し傾斜が緩やかになる。金属製の柱(「奥武蔵登山詳細図(吉備人出版)」には電柱と書かれている)が立つ辺りから越生駒ヶ岳の南側を巻いていく。顕著なピークは避けていくのも昔の人の知恵だ。鞍部へ出た所で山頂へと向かう。傾斜が緩やかな分、思ったよりも距離はある。藪っぽい道を抜けると下草が綺麗に刈られた越生駒ヶ岳(368.9)の頂上に着く。四等三角点の標石のほか、手製の山頂標識が置かれていた。

(横吹峠 なお矢印と逆に進めば龍穏寺に出られる)


(四寸道 道は広い)


(気持ちの良い掘割道)


(越生駒ヶ岳を巻く)


(越生駒ヶ岳山頂)

駒ヶ岳から下り、次の御嶽山を目指す。御嶽山は四寸道だけでなく、主尾根からも外れた所にあるので、明瞭な踏み跡が分かれていなければ見落としてしまう所だ。灌木やシダの藪を抜けていくと枝尾根の先に御嶽神社が見えてくる。ここが御嶽山(350)だ。神社の前は切り立った崖になっており、岩を越した小さなスペースからは大高取山と桂木山が見渡せる。かつて大和葛城山に行ったことがあるが、なるほどここから見る桂木山はどこかあの葛城山を思わせる山容をしている。

(御嶽山 岬のような所だ)


(御嶽山からの眺め 大高取山と桂木山)

四寸道は主尾根の南側を巻いて付けられており、御嶽山から戻るには尾根を越えて急斜面を下る必要がある。戻ってしまえばやはり歩きやすい道で、大岩のある峰山の北側を巻いていく。猿岩山との鞍部に近づくと傾斜が緩くなるので、ここでも峰山へ寄って行く。尾根に上がると峰山の南側には林道が延びていて、伐採も入っている。その分伐採された枝などが放置され、御世辞にも歩きやすいとはいい難い。峰山(456)の頂上は檜に覆われ、特に展望も山頂標識もない。ただ峰山と書かれたテープが巻き付けられているだけだ。

(峰山直下 右に巻いていく踏み跡が見える)


(峰山 山頂)

鞍部に下ってくるとすぐ近くに猿岩山がある。この辺り林道が交錯していて、昔年の面影はなくなっているのだろう。猿岩山は四寸道を外れた小さな丘のような所で、周囲を林道が巡らされている。檜に覆われた山頂(461)は峰山と同じくテープが巻かれただけの殺風景な所だ。猿岩山を過ぎると一旦猿岩林道に出る。林道を右に進むと尾根へ上がる踏み跡がある。やや急な斜面をジグザグに登ると尾根に出る。四寸道は529のピークを南に巻いていく。奥武蔵登山詳細図に「展望」と書かれた辺りは低木の藪になっており、グリーンラインが少し望める程度で特筆すべき所ではない。奥武蔵の一般ルートと遜色ないほどに整備された道は、傾斜が急な所も九十九折となってきつさを感じない。道の良さをじっくりと味わうには良い所だ。

(左手に見えるのが猿岩山)


(詳細図に展望と書かれている所から)


(歩きやすい道が続く)

再び猿岩林道に出ると四寸道はしばらくの間林道を登ってから七曲峠への山道に入る。しかし今日は向かいの尾根にそのまま上がって蟻ノ戸渡りを経て関八州見晴台へと登る予定だ。奥武蔵登山詳細図に「取付悪い」とあるように擁壁をよじ登った後も転げ落ちそうなほどの急坂だ。ここを何とかこなすと予想に反して明瞭な踏み跡が延びている。岳岩直下までフラットな尾根が続き、バリエーションルートとして見てもかなり状態は良い。岳岩の直下は急斜面で下から見ても岩が突き出しているのがわかる。巻き道もあるが、まずは岩の上に出てみる。岩を越えること自体はそれほど難しくなく、鞍部には「武巌琴宮」と彫られた石碑がある。その先の岩を巻くと樹木の生える小さな平場でここが岳岩の頂上といえるだろう。そしてその先にはナイフリッジの岩尾根が下っている。ここが蟻ノ戸渡りだ。四寸は約12cmなので、四寸道はこの岩尾根に由来するとの見方もあるようだ。一旦は下ってみようかとも思ったが、この岩尾根はロープでもないと難しいだろう。岩尾根の北側に巻き道があるのでそれを下る。踏み跡が細いので、ここもできれば下りたくない所だ。

(石積みのような所から擁壁をよじ登る)


(この辺りもキイチゴらしき低木が多い)


(意外にも状態は良い)


(岳岩を仰ぎ見る)


(東端にある大岩 左から巻いていける)


(武巌琴平の碑)


(この岩は右から巻いていけたはず)


(岳岩頂上)


(蟻ノ戸渡り)


(巻き道はちょっと展望が開ける)


(蟻ノ戸渡りを仰ぎ見る)

岳岩を越えると二度の急斜面を経て関八州見晴台の北にある建物の前に出る。最後の登りがかなり藪っぽいので、逆ルートだとわかりにくいだろう。今年だけで3度目の関八州見晴台(771.1)はお昼時ということもあって相変わらず混み合っている。ベンチで休憩することもできないので、水分だけ取って高山不動へ向かう。花咲く低木の道を下っているとゼッケンを着けたトレイルランナーとすれ違う。小江戸大江戸トレニックワールドによるトレラン大会が開かれており、ボクが今日歩いてきた大高取山や四寸道もコースとなっていた。この辺りですれ違えたのは結構ラッキーだったのではないだろうか。

(関八州見晴台からの眺め)




(花咲く道を下る)


(エゴノキだろうか?)

裏道から高山不動へ下り立つと不動堂の前にはエイドステーションが設置されていた。東屋で休憩を取るランナーは少ないので、それほど気兼ねすることなく休憩を取ることができた。不動堂の先のスロープを下って石段下の広場に下りてくる。ふと奥の建物が気になって近寄ると飯能市立高山小学校とある。高山地区に小学校があったことは聞いていたのだが、境内にあるとは思わなかった。建物はあまりにも小さく、校舎は別にあったという。石段下の広場は運動場として使われていたのかもしれない。建物の奥は野原になっていて、ヤブヘビイチゴが赤い実を付けていた。

(高山不動の植え込みはツツジだったようだ)


(高山不動堂)


(石段下にある大銀杏からの眺め)


(石段下 かつては運動場として使われていたのではないだろうか)


(旧飯能市立高山小学校)


(ヤブヘビイチゴ)

野原を抜けると舗装路に出る。少し登れば嶽ノ越への入口がある。よく整備された山道を行くと3月にも訪れた嶽ノ越に着く。高山方面から来ると確かに峠の雰囲気がある。ここから八徳へと下っても良いのだが、できる限り舗装路歩きは避けたいので、エゴ辻から樽沢コースを下ることにする。整備された道を快調に進み、エゴ辻から樽沢コースに入ると途端に道が悪くなる。いやここも古くからある道で、急斜面を九十九折に下るなど歩きやすい工夫はなされている。問題は明らかに歩く人が少ないということだ。下草が繁茂した所や枝葉が堆積した所が目立つ。下山後に休暇村奥武蔵で入浴できることを考えるとどうしても大窪峠方面へ向かう人が多いのだろう。

(嶽ノ越へ向かう よく整備されている)


(嶽ノ越 こう見ると峠だ)


(樽沢コース 道は歩きやすいが、下草が煩い)

樽沢林道を下りきり、八徳林道に合流する。後は吾野駅まで舗装路を歩くだけだが、道中男滝・女滝という二つの滝があるという。まずはすぐ近くにある男滝を見てみよう。八徳沢沿いに不動尊の石碑が立ち、水の流れ落ちる音が聞こえてくる。ところが林道からは滝を全く見ることができない。石碑の脇に踏み跡らしきものもあるが、崩れていて下るのは無理だ。滝壺らしき淵は見えているのでそれなりに立派な滝ではないかと思うのだが…。林道を少し下ると川床が近くなるので、草藪に入り、転石踏んでいくと男滝が見える。滝口が右に寄っており、落差は3mくらいだろうか。滝を間近に見られるよう道を整備すれば訪れる人も多くなるとは思うのだが、樽沢コースの惨状を見れば、それは望むべくもない。

(男滝上にある不動尊の碑)


(不動尊の碑前から覗き込む 滝は見えない)


(男滝)

志田地区の民家がポツポツと見えてくれば女滝と聖天様があるはずなのだが、やはり林道から覗うことはできない。聖天様らしき社は見つかったが、八徳沢を渡る方法がないのだ。民家脇から沢に下ることはできるものの、小さなダムを越えるのはずぶ濡れになることを覚悟しなければ無理だ。ここは次回訪れたときの宿題としておこう。瀬尾川との合流地点は林道の分岐点となっており、大窪方面へ進めばクルマで高山不動に上がることができる。ここには石地蔵があり、隣には大きな石灯篭が置かれている。高山地区の廃茶屋街にも同じものがあり、どちらも40年くらい前に西武鉄道が奉納したものだ。かつては西武鉄道も奥武蔵の観光開発に力を入れていた時期があったということか。下長沢地区まで下り、吾野小学校の厳しい坂道を越えれば吾野駅が見えてくる。スマホで時刻表を確認すると次の電車まで10分しかない。急ぎ足で駅に向かうと5分前に着いた。顔を洗ってホームに上がるとすぐに電車はやってくる。それなりに混んでいて席に座ることはできなかったが、思ったよりも体は疲れていないようだ。7時間超の長丁場ではあったが、やはり四寸道は歩きやすい道だったということなのだろう。

(志田の民家)


(石地蔵 そばにある石灯籠は不動茶屋付近にもある)

DATA:
越生駅6:53→7:03越生神社→7:18高取山→7:36西山高取7:41→8:12大高取山7:41→8:36桂木観音→8:50桂木峠→9:14下ヶ戸薬師→9:38北ヶ谷戸橋→9:54横吹峠→10:16越生駒ヶ岳→10:26御嶽山(御嶽神社)→10:49峰山→10:57猿岩山→11:42岳岩(蟻の戸渡り)→12:11関八州見晴台→12:33高山不動12:41→12:48嶽ノ越→12:54エゴ辻→13:24男滝→13:34石地蔵→14:03吾野駅

地形図 正丸峠 越生

トイレ 桂木観音 高山不動

蟻ノ戸渡りルート以外は歩きやすい一般ルートです。大高取山をカットする場合は川越観光バスで上大満バス停(下ヶ戸薬師近く)か火の見下バス停(北ヶ谷戸橋近く)が便利です。

なお、7,8月は山歩きを休む予定です。更新も止まる可能性があるのでご了承ください。

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4 コメント

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Unknown (Yuki)
2016-06-16 22:25:34
緑の濃い山の様子を見て、6月ってこうなんだなと思いました。
暑くなってきて、すっかり山から遠ざかりました。

野老の里さんは歩いていらっしゃるのだなぁと見ていましたら、
やはり夏場はお休みされるのですね。

踏査日記で見ていた蟻ノ戸渡り、野老の里さんのアングルからの写真を見て、一層イメージがふくらみました。

今回歩いていらした道は、とても魅力的でした。
花々はわたしの知らない季節のものでした。
写真と文章で追っていると、蜘蛛の巣もなく、快適に疑似山行を味わえました^^
返信する
コメントありがとうございます (tokoro)
2016-06-16 22:44:34
Yukiさん、こんばんは。いつもコメントありがとうございます。

>やはり夏場はお休みされるのですね。
以前7月に正丸峠から丸山まで歩いたことがあるのですが、
熱中症寸前になったことがありました。
それ以来夏場は奥武蔵の山を避けています。
でも夏場だからこそ行ってみようかなと考えている所もありますが、
今年は一応休む予定でいます。

>踏査日記で見ていた蟻ノ戸渡り、野老の里さんのアングルからの写真を見て、一層イメージがふくらみました。
今回の記事を付ける前に私も参照させていただいたのですが、
あちらのアングルのほうが実情に近いと思います。
登りなら行けるって人は結構多いんじゃないでしょうか。

>今回歩いていらした道は、とても魅力的でした。
大高取山は以前にも取り上げて歩きやすいことはわかっていたのですが、
四寸道も良い道でした。
昔の道というのはよくできているんだなと改めて感じさせられました。

>蜘蛛の巣もなく、快適に疑似山行を味わえました^^
そういえば歩いていて蜘蛛の巣にはほとんど引っかかりませんでした。
トレランの大会関係者が事前に払ってくれていたみたいですね。
返信する
Unknown (Yuki)
2016-06-17 06:40:53
具合が悪くなられた山行のお話は、いろいろ見ていたとき拝見したと思います。
あれは熱中症になりかけていらしたのですね。(それとも違うときのお話かもしれませんが。)
山に慣れている野老の里さんでも状況次第で陥りかけるとは、熱中症というのは恐ろしい・・・・・・

今回は古い道の面白さがよく出ていて、雰囲気のいいところだなぁ、と思いました。
ホタルブクロなどこの時季の花も綺麗でした。

トレラン大会に蜘蛛の巣払いの効用があったとは!
面白いですね。なるほどと思いました。
返信する
コメントありがとうございます (tokoro)
2016-06-17 20:03:21
>今回は古い道の面白さがよく出ていて
古道だった所も林道や車道に置き換わってしまった所は多いのですが、
高山不動や子ノ権現へ向かう道は古い地形図と照らし合わせると殆ど変わっていないみたいです。
あの辺り何処歩いても歩きやすいわけだ、と感心しています。

>トレラン大会に蜘蛛の巣払いの効用があったとは!
大会前は準備で入ってくれるので、まあ有り難いですよね。
返信する

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