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野老の里

奥武蔵をメインに日帰りの山歩きを中心としたブログです

奥武蔵へようこそ 平成24年6月30日 越生あじさい山から大築山

2012年07月02日 | 奥武蔵へようこそ
(展望台から猿岩峠と右に大築山 猿岩峠の上に見えるは堂平山)

昨年2月にときがわ町の新柵山から越生町の大平尾根までを歩いた。あのとき当初の予定では大築山を経て六万部塚まで歩くはずだったのだが、道中怪我をして大平尾根を下ることになってしまったのだった。そこでその登り残しになってしまったルートは未踏のあじさい山を絡めて歩こうと計画を温めていた。そして今年の6月。梅雨時に現れる「何もしたくない」症状が出てしまって、山から一ヶ月以上も離れてしまっていた。だから今月はもう山に行く機会もないだろうと思っていた。しかし初夏から本格的な夏へと少しずつ空が変わっていくのを見て、蓑山か越生のアジサイを見に行こう考えるようになった。ネットで開花状況を調べると越生のほうは見頃を迎えているとある。6月の最終日に温めていた計画を実行に移すのも悪くない。金曜の夜に久しぶりに山歩きの準備をして、朝早く出かけることにした。

朝起きると空は微妙に晴れている。でもアジサイは雨が降っているくらいが美しいので、問題なく出かけることにする。6時に家を出て、7時には越生駅に着いているはず、だったのだが、実際にはタッチの差で始発の黒山行きを逃してしまった。次のバスまで30分以上の時間を潰さなければならない。日陰にいるといくらか風があるせいか、それほど暑いという感じはしない。ただバス停は座っていると日に炙られるので、立って待っていなければいけないのが面倒である。8時のバスがやって来る頃には幾らかバスを待つ人の姿もある。いつものように二人掛けに腰掛けると隣に荷物を置いても問題ない程度の混み様である。大高取山を北から回りこむようにバスは進む。見慣れた景色であるのだが、どことなく違和感がある。そうか。黒山行きに乗るのはこれが初めてだったのか。今までは下山時にしか乗ったことがなかったのだ。麦原入口で下車するとあじさいの里入口と書かれた道標がある。その脇の東屋で準備を整えてから出発することにする。

(バス停近くの道標)

越辺川(おっぺがわ)を渡り、麦原川と名を変えた川に沿って車道を西へ進む。ここから先、麦原集落まではあじさい街道と名付けられ、車道の両脇にアジサイが点々と植えられている。川沿いの道にしてはあまり涼しいという感じはしない。日陰が少ないので確りと炙られる。バス停から10分ほどで車道が二手に分かれる。左は昨年歩いた戸神へと通ずる道だ。今日は右の道を進む。ここからは未踏区間だ。地形図で見ると押し潰されそうな谷間を抜けていくように感じるが、実際には民家が点々と建ち、しかもその規模は立派なものが多い。エアリアにトイレと書かれた辺りは無料の駐車場になっている。看板によるとあじさい山まで「2km、40分」だそうだ。

(越辺川)








(あじさい街道のあじさい)


(麦原川)

再び道を左に分けると「ようこそ あじさいの里 麦原へ」と書かれた標柱が現れた。ここから先がバス停の名にもなっていた麦原集落である。あじさい山が近いだけあってアジサイの数も多くなってきた。やがて住吉神社に着く。初老の男性が立ち、有料駐車場となっているらしい。流石に集落の中心地にやって来たせいか、民家の数も増えてきた。正面に大築山の尾根が見えてくるとあじさい山入口なのだが…。思ったよりもアジサイの数が少ない。ネットでも紹介されていたのだが、数年前に流行した病気によりアジサイが大分減ってしまったという。新しく株を植栽したとのことであったが、まだ小さくあまり見栄えはしない。

(麦原の標柱)




(アジサイの数は少し多くなる)


(時計 定峰と同じくどこか郷愁を感じさせる)


(あじさい山入口)

園内は舗装された道を歩いていく。
登山者には優しい作りとは言えないが、靴を泥で汚したくない観光客には良いのだろう。あじさい山斜面右手、つまり西側には土日限定だが売店も開かれている。売店のある段より先は延々と木段が延びる。ゆっくり行くとしよう。高度を上げていくと周囲の見晴らしが良いことがわかる。アジサイは背が低いから元々見晴らしが良い所だったのだろう。道の脇にはガクアジサイの大きな株が目立つ。ホンアジサイのほうが病気に弱かったのだろうか。緑色濃い植林が近づいてきたらあじさい山展望台まであと少し。木段が終わり再び舗装路の上を歩く。途中立派な山道が尾根を乗り越していったが、おそらく赤坂集落を結ぶ道であろう。東屋の建つ一帯があじさい山展望台だ。あじさい山を一望するというほどではないが、その代わりこれから歩く予定の猿岩峠・大築山が眼前に迫る。猿岩峠の向こうに見えるのは天文ドームを頂く堂平山。南面に張り付く麦原集落の上には平たい凸レンズ状の弓立山が意外にも良く目立つ。梅雨時にしてはなかなか良い展望に恵まれた。ここで休む観光客や登山客も多い。

(舗装された園内)


(アジサイは疎ら)


(ガクアジサイ)


(展望台手前から ここから見ても園内は寂しい)




(尾根の向こうにひょっこり頭を覗かせるのは弓立山)


(猿岩峠の向こうに堂平山を望む)




(展望台からのパノラマ)

展望台からはパッと見た限り尾根を上がっていく道はない。さてどこから上がったらよいのやら。すると若いハイカーのカップルと中高年のグループのリーダーらしき人が何やら話している。耳をそばだててみると舗装路の左側に道が付いているという。覗き込んでみると水流によって抉られた跡がある。思わず「これが道かぁ?」とひとりごちた。もう少し良い道はないかと探ってみたが先ほど見た所以外にはないようだ。意を決し、アジサイの後ろに隠れた道へ踏み込む。意外と普通の道だ。だが少し進むと水流によって抉られた跡が出てくる。思ったより深いので跡を避けて歩くしかない。少し進んだところで先ほどの若い二人が立ち止まっている。どうやら進んでよいのかどうか逡巡しているらしい。確かに奥武蔵の道としてはかなり状態は悪い。しかし地形図を見るとこの方向で間違いはない。そこで迷っている彼らに代わって先へ進むことにした。しばらく上がると道ははっきりしてくる。踏み跡は水流の跡によって無きに等しき状態となっている。のんびりと歩いているとカップルも登ってきた。彼らに先を譲ってゆっくりと歩く。表土が失われ、岩盤が剥き出しとなった辺りはかえって歩きやすくなっていた。でも本来は登山道を横切るように水抜きの溝を付けるべきなのだろう。緩やかな傾斜の植林の道が只管続く。開けた所は全くなく現在地はわかりにくい。やがて人の声がしてくると昨年歩いた大平尾根の戸神分岐に出る。先に行ったカップルが休憩をしていたのだ。どこまで行くのか聞いてみると関八州見晴台から黒山三滝へと抜けるという。若いのに渋いルートを歩くものだ。

(抉れた道)

カップルのほうはまだ休憩していくようなので、先へ進むことにする。分岐から少し進むと名無しの展望台。草茫々の状態だが不思議と羽虫の類はいない。その代わりトンボが宙を舞っている。トンボは肉食だから羽虫の類は寄り付かないのだろう。展望台から見える市街地は坂戸か日高辺りだろうか。あまり見所のある山岳風景とは言い難いが、ミニ大岳山のような越上山の姿はやはり目立つ。

(名無しの展望台)


(展望台からのパノラマ)

展望台からは舗装された林道を歩く。山道も側に付いているようだが藪っぽいので林道をそのまま歩く。ヘアピンカーヴを曲がっていくと野末張(のすばり)展望台だ。今日は前回よりもすっきりとした展望が得られる。日向根集落辺りから羽賀山の尾根の奥には堂平山が良く見える。天文ドームなどは肉眼でも見えるほどだ。大築山は茂った木の葉で遮られ、山頂部が少し見える程度だ。昨年歩いた新柵山は大築山と見紛うほどに端整な形をしている。大築山の奥に見える山頂部が三角形を描く山は都幾山辺りのようだ。大築山の隣に双耳峰の如く聳える小築山の背後には弓立山が大きい。南側は坂戸か飯能辺りの市街地が薄っすらと見える。休憩を取っているとあのカップルがやって来た。「この辺はあまり人が来ないんですね」と言われ、苦笑してしまった。ガイドブックに載るようなルートではないし、藪も煩くなる夏場に訪れる人はそう多くはあるまいに。むしろ若いのにこんなルートを歩くほうがボクなんかからすると珍しいのだが。

(背後は堂平山)


(左に新柵山 右に大築山でその後ろが都幾山)


(手前が小築山 中央は弓立山)


(南側の眺め)




(展望台の様子)


(展望台からのパノラマ)

カップルが出発するのを見送って、大築山を目指して歩き始める。林道を歩いていくと城山(大築山)ハイキングコースの道標があるはずなのだが…、何と立入禁止のイエローテープが張られている。見たところ伐採工事の関係で立入禁止の措置がとられているようだ。正規の登山道は伐採された木材などで通行するのが難しいので、鞍部の藪に突っ込んで尾根に上がることにした。さて尾根に上がったはいいが、分岐となる所にあった道標が残っているものかどうか…。周囲をウロウロと探し回ると以前と同じ所にプラスティックの道標が残されていた。これでようやく懸案となっていた大築山に登ることができる。

(周囲には何箇所か立入禁止のテープが張られている)


(城山と書かれた道標)

地形図にも描かれているように下り始めは急斜面が続く。今日はストックを持ってきていないので、こうした急な下りには難儀する。急な下りは終わっても相変わらず尾根の細い所を進む。途中黄色いプラスティック板が付けられた所があり、山欅毛山と770のピークを結ぶ尾根が見えた。この展望地から先は地形図にも描かれた巻き道が延びている。だが出来れば尾根通しに歩いてみたい。巻き道を離れ、尾根に上がると杉林が広がる。緩やかな地形を形成していて現在地はわかりにくい。ただこの尾根はときがわ町と越生町との境界線となっているので、境界標を見失わなければ尾根を辿ることはできる。後でわかったことなのだがこの広い東側の斜面は「馬場」と呼ばれているらしい。踏み跡無き尾根上を進むと目に鮮やかな落葉樹が現れる。地形図を見ると尾根の西側には幾らか雑木林が広がっているらしい。

(山欅毛山と770のピークを結ぶ尾根)


(巻き道)


(広い尾根)


(雑木林もある)


(境界標 尾根通しに歩くならこれを探すほかない)

徐々に高度を下げてきた尾根も突然急斜面となってしまった。地図読みが間違っていなければこのまま下っても問題はないはずだが、どうも境界標が見当たらない。コンパスで方向を確認しても間違いはない。しかしこの急斜面をストックなしで下るのは流石に面倒だ。そこで一旦戻って東側の道のない斜面を遮二無二下っていく。すると大分下方に巻き道が見えてきた。そのまま巻き道を進むと硯水と書かれた標識が立っている。かつて山城として機能していたので、水場は必須だったのだろう。硯水のすぐ側には馬場と書かれた道標が置かれていた。巻き道もやがて急坂に差し掛かる。境界標が立ち、猿岩峠が近いはずだ。そう思って急坂を下りきると道標が立っている。裏に回りこむと猿岩峠と書かれていた。

(硯水)


(猿岩峠の道標)

猿岩峠から登り返すと道は二手に分かれる。大築山方面には確り道標がある。ここを緩やかに登っていくと椚平一望見晴台に出る。なるほど名の通り椚平そして日向根の集落が一望できる。日向根集落の向こうには堂平山がここでも見える。この展望台を過ぎると急な登りだ。ここが城だとするのならさぞかし攻略は困難なことであったろう。厳しい登りをこなすと大築山(おおづくやま 466)だ。中世の頃、都幾山を根城としていた慈光寺を攻略するために山城が築かれたことに由来している。藪に覆われた山頂からは椚平方面の眺めが少し得られる。

(椚平一望見晴台のパノラマ)


(大築山頂上)

大築山から双耳峰のような小築山へは地形図だと単なる鞍部の登降に過ぎないが、実際には掘割が尾根を寸断している。慈光寺と書かれた看板は方向を指示するだけで道標ではない。道は掘割を避けるため、南側斜面にトラバース気味に付けられている。掘割が鞍部に見えるのでどうにも惑わされて勝ちである。ここは踏み跡と標識が頼りだ。踏み跡にしたがって登り返すと小広い小築山(448)頂上に出る。展望は全くない。

(掘割)




(小築山頂上)

山頂に巻き付けられたテープを頼りに大楠へ向かって下る。踏み跡は明瞭で迷いようがない。エアリアだと破線扱いとなっているが、これは詳細な周辺図が用意されていないためであろう。分岐には西行杉を示す道標がある。尾根伝いに行ったほうが楽な感じはするのだが、せっかくだから西行杉へ寄ってみる。予想通り道はどんどん下る。分岐から5分ほど下ると西行杉だ。西行法師が69歳のときに麦原を訪れたのが由来らしい。周辺に似たような木が立つので一見すると見分けはつきにくい。西行杉からは東に急な斜面を下ると林道に出る。ここはエアリアだと赤実線に潰されてわかりにくい。それに比べるとディジタル地形図はクネクネと曲がる林道がはっきりと表示されているのでわかりやすい。途中尾根に上がる山道があり、それがエアリアの実線ルートのようだ。だがボクはそれに気付かず、ずっと林道を歩き通してしまった。

(西行杉)


(林道脇のアジサイ)

やがて遠くに越生飯盛山が見えてくると林道は二手に分かれる。巨大な金属製の道標にしたがって進むと道は砂利道となる。この砂利道をクルマで下るのはかなり難しそうだ。ここまで入ってきたクルマがあったが、確かにあの道標では紛らわしい。一旦開けた民家脇を通った後は沢沿いの長い下りが続く。不安になる頃、「上谷の大クス」と書かれた標識のある分岐に出る。林道や山道が錯綜している割には案内があまりにも不親切と感じるのはボクだけだろうか。分岐の舗装路を上がるとエアリアにもあるトイレがある。ボクの持っているエアリアは2010年度版なのだが、この辺の記述はかなりいい加減なようだ。舗装路を上がっていくとカーヴする辺りで数軒の民家が建っている。ここが上谷の大クスへの分岐だ。民家脇の小道を上がっていくと植林の中に巨木が現れる。上谷の大クスだ。案内板によると埼玉県内第一位の巨木だという。立入禁止となっているウッドデッキには山ガールたちや初老の男性が上がり込んでいた。ちょっと気は引けたがデッキに上がってみる。久しぶりに写真に収められないほどの巨木に出会った。

(越生飯盛山方面を眺める)


(大クスへと続く砂利道)


(砂利道脇の石仏)




(上谷の大クス)


(民家の後ろに立つ大クス)

大クスへの山道はさらに六万部塚へ延びているような感じがしたが、ここは次回の宿題として今日のところはこれで下山することにした。往路を戻り、沢沿いの長い舗装路を下っていく。途中数頭の馬を飼う家がある。ロープに繋がれていない犬がいたが、大人しく襲われる心配はなさそうだ。舗装路歩きにも飽きてきた頃開けた農地が広がる。向こうに見えるのは大高取山らしい。最勝寺を過ぎると周辺には梅林が広がる。完熟した梅の実からは爽やかな甘酸っぱい香りが漂ってくる。越生梅林の脇を抜ければバスが走る県道に出る。梅林入口バス停はすぐ側にあるが、今日はもう少し歩く。越生駅へ向かって少し歩くと「清酒 越生梅林」で知られる佐藤酒造店がある。醸造所からは日本酒の香りが仄かに香ってくる。直売所で一本買い込み、中津久根でバスを待つ。どうやら30分以上時間があるようだ。バス停には日陰がなく、かなり暑い。そこで直売所前のベンチでバスを待つことにした。時折吹き抜ける風がどこか梅雨を感じさせて、夏にはまだ遠いようであった。

(犬)


(馬)


(大菅の地蔵尊)


(大高取山を望む)


(梅の実)

DATA:
越生駅(朝日自動車バス)麦原入口8:31~8:42戸神(龍穏寺)分岐~8:50無料駐車場~9:12住吉神社~9:20あじさい山入口~
9:48あじさい山展望台10:00~10:34戸神分岐近くの展望台~10:46野末張展望台10:59~11:17大築山分岐~12:08硯水~
12:13猿岩峠~12:19椚平一望見晴台12:27~12:32大築山~12:44小築山~13:05西行杉~13:43上谷の大楠~
14:27越生梅林~14:32中津久根(朝日自動車バス)越生駅

朝日自動車 越生駅~麦原入口 230円 中津久根~越生駅 190円
トイレ あじさい街道無料駐車場 あじさい山 上谷の大楠 
地形図 正丸峠 越生

例年アジサイの見頃は6月下旬から7月上旬です。越生町のHPでも開花状況を確認できます。全般に体力的には易しいルートですが、大平尾根から大築山への分岐と大築山周辺の地形はややわかりにくいです。地形図とコンパスを持って歩きましょう。 

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