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なごみchan

毎日の中で起こる、ひとコマ、その中で分かち会いたい。そんなページです。

クリスマスの贈り物  ~忘れられない思い出~

2008-12-24 20:27:04 | 信仰の事
今日はクリスマスイブですね。
クリスマスはイエスキリストが
誕生する日です。

小さい頃はプレゼントが楽しみでした。
プレゼントって、その人の思いがこもっているので
とても嬉しいものです。

私が神様から頂いたプレゼントについて
書いてみたいと思いました。

私の子供がダウン症である事は
このブログの中でも幾度か書かせて
頂きました。

『障害児』
それが判ったのは生まれて
二日目でした。
顔つきで何となく察しがついたの
ですが、主治医は最初隠しました。

『告知』
そのタイミングはとても難しい物です。
自己申告で主治医に尋ねました。
「今くわしい検査をしているが多分あなたの
思う通りだと思うので併設の小児科の
医師から結果が出たら説明します。」と
言われ小児科の先生との面談の時を
待ちました。

小児科の先生の告知は辛い物でしたが
「おとなしくて育てやすい子ですよ」
「手をかければかけただけ答えてくれる子供です。」と
静かに優しく諭すように言ってもらえました。
でも、悲しみは無くなりませんでした。

聖書の中に子供は『神からの賜物、胎の実の報酬』と
書かれてあります。
なぜ、自分に、その子が与えられたのか
判りませんでした。

病院では「おめでとうございます」と言って
もらえる事はありませんでした。

退院して教会に子供の顔を牧師先生に
見せに言った時、牧師先生は
なんのためらいもなく慈愛に満ちた
笑顔で「おめでとう」と言って下さいました。
そして、さらに礼拝の日に子供を伴って行った時
教会中の人が「おめでとう」と
言って下さったのでした。

そして、今、子供は来年で十二歳に
なろうとしています。

この十二年間の間、様々な事が有りました。
途方にくれた事も何度もありました。

子供が生まれた時、聖書の言葉の中から
こんな言葉を贈って下さった方がおりました。

『わたしは貴方方のために
立てている計画を
良く知っているからだ
ー主の御告げー
それは災いではなくて
平安を与える計画であり
あなたがたに将来と希望を
与える為の物だ』

神様を恨んだりもしました。
怒りを牧師師の前でヒステリックに
ぶつけた事もありました。

でも、クリスマスイブの今日
今年最後祈り会があり
(教会の中では互いの必要のために
祈りあう日が週の半ばの水曜日に
あります。)
長い間、教会の先輩として、また
友として支え続けてくださった
七十歳になる方と共に祈りました。

「きっと貴方の子供は神様に
特別に祝福されているわね。
成長したら、きっと貴方方の
助け手になってくれるに違いないと
私は思っているの。」

涙で答えられませんでした。

なんで?の答えは与えられません。
でも、それは知る必要のない事なのかも
しれません。

先の神様からの言葉を
体言するかのような
今日の祈り会・・・・。

本当に
「クリスマスイブ」だと思いました。
きっと今日の事は忘れる事は無いと
思います。

一見マイナスと思える事から
事を起こされる主なる神様

「神様に期待してまいりましょう」と言う
牧師師の力強い言葉で会は締められました。

これからも色々な事が有ると思います。

でも、ここまで守られ続けた
私達を神様は尚も導いてくださると
信じていこうと思います。

~メリークリスマス~


「イノセントラヴ」の劇中で・・・・。う~ん、これは困った監修ミスか?

2008-11-08 18:45:45 | 信仰の事
今日
イノセントラヴの
ダイジェスト版が放映されていたので
見ていました。

本放送を、まるで見ていなかったのに
こんな事、書いていいのか迷いましたが
ど~~しても気になり
書くことにしました。

美月という女性が
「私は地獄に落ちるわね、だって聖花が
死んでしまえば良いと思ったんだもの
人は、大きい罪を犯したままだと地獄に
落ちるって教会で聞いたわ」と
言う場面が有ったのですが・・・・。

えっと人は「罪で地獄落ちる」と言う
教理はキリスト教には無いと思います。

少なくとも私の通うプロテスタント教会では
そのような事が語られたことは一度たりとも
ありませんでした。

美月は、むしろ神様に近いと思いました。
「私は地獄に落ちるわね」と良心の呵責を
覚えるセリフを口にしてるではないですか

これは、ものすごく大切な事です。

聖書の中に
「心の貧しい者は幸いです
天の御国(みくにと読みます)はその人のものだからです」と
イエスキリストが皆に述べ伝えている箇所があります。

イエスキリストは罪を自覚する者こそ、救われると
言っているのです。

『私は正しい者を招くためではなく罪人を招く為に
(この世に)きたのです』と、まで言っています。

私達は・良心・という性質を誰でも持っています。
この性質は神様が私達に与えられたものなのでは
ないだろうかと私はつねづね思っています。

それは、それとして、普通、宗教等が
少しでも話しに係わる場合、きちんとした
宗教家、ないしはキリスト教大学の教授などの
監修が入ると思うのですが・・・・・。

どうなんだろう・・・・・・。

美月と言うキャラクターの心情を表わす為に
語られたセリフだとは思うのですが・・・・。

すみません。クリスチャンとして言わせて下さい。

憎んだり恨んだり怒ったり人は様々な感情を
持ちます。

それらマイナスな感情を神様は罰する方では
ありません。

美月さん、あなたは地獄には落ちません。

絶対に。

つい、熱くなってしまいました。

おゆるしください。


信仰を持ったら幸せになれる?

2008-08-29 10:42:11 | 信仰の事
いきなり、信仰の事を載せられて
面食らわれる方もいらっしゃるかもしれないとは
思ったのですが、「信仰」と言うと、すごく特別な事で
あまり、近寄りたくないと思う方が大半だと想像いたします。
書いてる私自身まさかクリスチャンになるなんて
思いもよらなかった、それこそ想定外の出来事でしたから。
でも、もしかすると「信仰」って何だろうと日ごろ思われている
方もいらっしゃるかもしれません。
読んで頂いているブログを使ってモロ信仰の事を書くのは
どうなんだろう・・・・・・と悩みました。
信仰の“宣伝”になってしまうかもしれないから・・・・・。
でも、信仰に興味が有る方の一助になる可能性もあるかも
しれないと考え自身の信仰感を載せてみようと
思い切って書きました。
もしも、興味が有って読んでやろうかなと思われた方が
いらしたら目を通して頂けましたら幸いに思います。


『これら、すべての事の中に有っても圧倒的な勝利者となれるのです。』
カトリックで言うところの聖パウロ
(聞いた事が有る名前だなと思われる方が
いらっしゃると思います。)の言葉です。

『神はどのような苦しみの時にも、私達を慰めてくださいます。
こうして、私達も、自分自身が神から受ける慰めによって、
どのような苦しみの中にいる人をも慰める事ができるのです。』
これもまたパウロの言葉です。

信仰を持てば何もかも上手くいってハッピー、
ラッキーな日々が続くようになる
と、言う事はありません。

じゃ、何も変らないのかと言うと断言します。
変ります。物事の受け止め方が
変えられて行きます。

どう変えられるのかと言うと、
たとえ辛い事が有っても
それには必ず意味が有ると信じられるようになります。
とはいえ痛み、苦しみが直ぐに取り去れる訳ではありません。

でも、教会の中には、さまざまな人々がおり、何よりも自分の為に
・祈って・頂けるようになります。この・祈り・が私達、
信仰を持つものの原動力となって行きます。
祈りを重ねられる中で、どうしても受け止め難かった
事柄が真っ向から受け止められるようになって行きます。

一見、不幸だと思える事の、その向こう側を
見させて頂けるようになります。
それは牧師や教会自体の洗脳では決してありますせん。

信仰を持ち聖書の言葉を読み疑ったり、悩んだり、
時には神様を恨んでしまったり
と、いう中で励ましてくれる信仰の先輩との
交流や牧師の助言や、様々な人との出会いとかの
方法が与えられ、気が付くと、切り抜けていたというような事が沢山
起こります。

何かを求めていく時、たとえば音楽家になりたくて
音楽学校に行くと楽譜や
楽器が与えられ、それらを使って向上を目指して行くと思います。
それと同じに『聖書』という羅針盤が与えられ、それから目を離さず
求め続けていけば、いままで無かったような人との深い触れ合いで
慰められたり力づけられたりというような事です。

人生、なかなか自分の思い通りにはなりません。
イヤになってしまう事が沢山ありますが
私は信仰を持って幸せだと思っています。
「神様」と言う自分を作られた方と出会う事が出来たのですから。
そして、
『まことに主は、あなたのために、御使い達に命じて、すべての道で
あなたを守るようにされる』との約束を与えていただく中に
生きる事が出来るのですから。

教会の結婚式って普通と違う?

2008-07-01 13:18:09 | 信仰の事
自分の行っている教会の結婚式の様子を
お伝えしようかな・・と何故か思い立ちました。

そうですね・・一言で言ってしまえば
『厳粛』
ですね。
でもとても感動します。

教会員同士の結婚式の場合、半年位前に
婚約式と言う物を行い公にし、そして結婚となります。

で、式の内容ですが
バージンロードを父親と並んだ花嫁がパイプオルガンの曲に
合わせて一歩一歩、進んできます。
ドレスを着た小さな女の子が指輪を持って後に続きます。
とても可愛らしいです。
そして父親は花婿にバトンタッチし手を取らせます。
花嫁はウエディングベールを目深にかぶったまま
花婿と共に司式をする牧師に正対します。
ここまでは結構、世間にあるキリスト教式の結婚式と
変らないと思います。

私が一番すごいと思ったのはー成約ーでした。

「ーそれゆえ、男はその父と母を離れ、
妻と結び合い、二人は一体となるのであるーと
聖書にかかれてある通りに、なんぴとであっても
この二人の結婚をおかす事は出来ません。
もし、この結婚に異議のある者が有るのであれば
今、この場にあって申し立てるように。」と
牧師が宣誓を誓うような雰囲気で会衆に向かって言います。

これは凄い!と本当に驚きました。

キリスト教においては結婚は厳粛なものなのだと
結婚してからクリスチャンになった私は
改めて結婚という事について思い知らされた瞬間でした。

そのあと指輪の交換があり、この時、花婿は初めて花嫁の
ウエディングべールに手を触れて顔が向き合うように、そっと
後ろへ持って行きます。
そして、指輪の交換をし、書類にサインをします。

誓いの口付けは全くありませんでした。
でも、そんな事が無くとも、この二人は結婚するまで
互いに祈りあい清潔に愛を育んできたのだと実感するしか
ありません。

なんだか私の稚拙な文章ではもどかしいような感動が有る
結婚式でした。

牧師の促しによって二人は始めて会衆に顔を向けますが
もう感涙!です。
そして、高らかに音楽が鳴り二人はバージンロードを
腕組みして会場を後にしますが会衆の拍手は鳴り止まない。

これが信仰を持った人々の結婚式でした。




先の記事の補足です。

2008-04-26 16:30:26 | 信仰の事
「教会にいらしてみて下さい。」と申し上げましたが
プロテスタント、カトリックに似て非なる・教会・の
看板を掲げている所も実際有ります。
『今、近くに教会有るけど、そこ、行っても大丈夫?』と
疑問に思われる方も、いらっしゃるかもしれません。

この二つのサイトは[モロ]教会のサイトですので
・引いて(^^;・しまわれる方も、おられるかと思いますが
責任を持って『妙な教会』では無い所を紹介している
サイトです。

・ヤフーなどの検索エンジンで「ライフライン」と入力なさって
ください。Be.Happyi「ライフライン」(PBA)と表示されたら
そこが主に埼玉県の教会の情報を持っているプロテスタント
教会サイトです。TV埼玉で土曜、朝八時から放送される番組の会社の
サイトです。

・やはり検索で「日本FEBC」と検索されますと、こちらは短波ラジオ
伝道をしているキリスト教サイトが表示されます。
自分で見てみたら電話番号が書いてないので、私はここから新聞を
取っているので封筒にTELNoが書いて有るので載せます。
0422-52-1566 FAX0422-52-1586となっております。
サイトではメールで問い合わせするような形になっています。


すっかりキリスト教サイトの宣伝になってしまって誠に恐縮ですが
もしも、「遊び行ってみよっかな教会」と思われて嫌な思いを
されるような方がいらしたら、最悪です。

お役に立てたらと書かせて頂きました。

ねがわくは良き出会いが有りますように。