図書館から持って帰りしな、腕が抜けそうになった、ぶっとい上下巻(文庫版は全4巻)の超大作
「終戦のローレライ」。
物語スタート5ページ目からラストまで延々と続く、「1ページ縦2分割に割り付け」された本文を見たときには、さらに腰も抜けそうになった。
BSマンガ夜話(機動戦士ガンダムの回)で、「特に美人でもないのに、死の瞬間、ほどけた髪をなびかせて”女”として死んでいくんですよ・・・」と、えらくフェティッシュな切り口でミハルの死を熱く語っていた著者、福井氏。
その風貌もあいまって、個人的には「マニアックそうな趣味のヒト」という印象だったのだが、小説の方は、戦争を背景に”生と死の意味”という深遠なテーマを、作者なりに消化して書いた硬派な物語だった(まあ、パウラの設定自体に、福井氏の趣味を感じないでもないが・・・っていうか”硬派≠マニアック”ってわけでもないか)。
叙情/叙景/叙事でいえば圧倒的に後半2つに特化した文章で、「ノベル」というよりは「ノベライズ」っぽいため、これだけ壮大な長文を読んだわりには、「読後の達成感(?)」は少な目印象(話の筋は充分面白いんですが)。
映画に関して「アニメみたいだった」という批判を時々目にするが、原作自体が実はかなり「まんが」なので、仕方ないっちゃあ仕方ないような。
というか、「元々映画化を念頭に書かれた小説」とのウワサのわりに、このボリュームを2時間の映画にするのは無謀な気もするので、「アレを数時間にカットして、それなりにつじつまも合わせて”ひととおり観れる内容”にしてあった」だけで、映画はすでにけっこうな偉業だと思った。
(なもんで、個人的にはギバと佐藤隆太の殉職シーン以外、あえて映画に関する批判はナシ。フリッツが出てなかったのも可)。
ちょっと気になったのは”恐怖エピソード”の数々。
描かれている内容(食人とか人体実験とか)のわりに、あまり身に迫る恐怖感を感じられないのが不思議だったのだが、「
悪魔の飽食」や「
きけわだつみのこえ」や大岡昇平の作品群の方が、より生理的に怖いって辺りから考えて、「実際の体験」からにじみ出るリアリティの差なのかも、と思った。※
実は、抑制の効いた文体のせいかとも思ったのだが、同じく抑制の効いた文体でも「
クリムゾンの迷宮」の餓鬼のが圧倒的に怖かった辺りから考えて、やっぱ叙情表現が甘いせいかも、とも思った。(「クリムゾン~」と「終戦の~」では、主体の”餓鬼として喰う””餓鬼に喰われる”関係が反転してるから、比較対象としては的確じゃないかもだが)
個人的に一番気に入ったのは、お伽話的「そして、いつまでも幸せに暮らしましたとさ」EDではなく、その後、平凡な市井の民として生きる二人を描いた終章がついていた点(これがなかったら”生と死の意味を作者なりに消化”って印象なかったかも)。(ネタバレ自粛)
パウラのモノローグ「私はローレライ。魔女は長生きするものと、昔から相場が決まっている。」には号泣必至です。(ネタバレ終わり)
また、戦闘シーンのスピード感あふれる文章、特に「スキニーアンクル(3発目の原爆)を装備した<ドッグスレイ>を、連装砲で砲撃」がかなりの名文とか、映画の方で感じた「潜水艦」と「浅倉大尉」の最期に関する多少の違和感も、原作の方では納得の展開だとかも、◎。
熱いオヤジ達が、少ない選択肢なりにも、キッチリ自分の人生に落とし前をつけてゆく「潜水艦の顛末」は、涙ナシには読めない鬼気迫る筆致で、一読の価値アリです(「”宇宙戦艦ヤマト”の比喩は(構成人員と)ここか~」とは思ったが)。お時間の余裕とご興味ある方は、是非。
※ ちなみに、個人的に一番怖い戦争映画は「ジョニーは戦場に行った」と小学生の時体育館で見た「ピカドン」だったり。子供心にも「戦争だけは駄目だ・・・・」と思った有無を言わさぬあのリアリティ、いま思えば、ちょっとトラウマになったかもしれない。
どうでもいいけど、田口(映画でピエール瀧がやってた役)が原作だと”70割増”くらい大活躍だったのにはビックリだ。
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