『夜間飛行』

また靴を履いて出かけるのは何故だろう
未開の地なんて、もう何処にもないのに

『喰いたい放題』 色川武大

2013-04-23 | Books(本):愛すべき活字

『喰いたい放題』
色川武大(日:1929-1989)
1984年・潮出版社
1990年・集英社文庫
2006年・光文社文庫

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ドブロクなどは最高に贅沢な酒だった。

外国人たちが主に集落をつくってやっていて、密造と同時に呑ませてもくれる。


中二階のような個室が並んでいて、梯子段をトントンと昇って、円膳のまわりに坐り、ドブロクと豚の耳かなんかで呑み出すと、梯子段をとっぱらってしまう。

手入れのときには、さっとカーテンを引いて、押入れに見せるのだそうだが、刑事がカーテンをまくると、押入れの上段に我々が鎮座しているのがすぐ見えるのだから、あまり堅固な迷彩ではないのである。


一度、女の子を連れていって、店の人が梯子段を持っていったら、女がおびえた。

「あ、ここは何をするところなの。いや、あたし帰る、助けて」

ドブロクぐらいで騒がれちゃ、私も格好がわるい。


その女の子は結局、ドブロクで酔いつぶれて正体なく眠ってしまい、その夜泣きたくなるくらい帰り道で世話を焼かせた。 


(「酒は涙か」)
++++


繊細な心を持った人・・・と言ったら、まず頭に浮かぶのが色川さんだ。

その次が開高さん。


この2人には共通点がある。


2人とも戦後の荒廃の中で青春を過ごし、

「家で粗食をかじる親兄弟に悪いなぁ」

と自分を責めながら、闇市で自分だけ美味しい、そしてとびっきり粗悪な酒やメシを喰らって、ぶっ倒れたり切なくなったりしている。


前にも同じことを言った気がするが、そんな思いをした人たちに食の話をされて勝てるわけがないのだ。

↑の話も面白いよね。

いわゆる「角打ち」の発展系ですね。

この中二階で、俺も密造のドブロクを飲んで気を失いたい!

その迷惑な女子、捨てて帰れなかったんだろうなぁ。

色川さんだからなぁ。


ところで、戦後当時は店を良く吟味しないと、酒と偽ってメチルアルコールを出す店も多々あり、飲んで目が潰れたという例が枚挙にいとまがなかったそうな。

え、目が?

ああ、現代人で良かった、マジで・・・。(しみじみ)


そんで。

もちろん、色川さんは美味い店の話を書くのだって上手い。


++++

静岡の中村屋。

駅前から国道一号線を少し浜松方面に行き、昭和町通りに折れて共同石油のスタンドの角を曲がったあたり、これも小さな店だが、まアここは日本一の親子丼専門店だろう。

ただし近年はごぶさたしている。

まさか、やめました、ではないだろう。

やっていてくれますように、祈りたい気持ちである。


ここの親子丼もトリと煎り玉子を御飯のうえにのせたものだ。


俗に言う親子丼は、この店では”はんじゅく”と称している。

半熟、であろう。

まったく親子丼は、というよりたまご料理はすべて、半熟であるところに生命がある。


もうひとつ、”たきこみ”と称するトリのたきこみ御飯があるが、これもすばらしい。

まア喰べてごらんなさい。

いずれも四、五百円だった。


昔、静岡に行けばもちろんだが、新幹線を途中でおりて喰べに行ったこともある。

ここに行って、親子丼を喰べ、たきこみ御飯を喰べ、できればさらに”はんじゅく”を喰べたい。

腹が一杯になってそういかないのが口惜しい。


いつか永六輔さんがこの”中村屋”のことをいいだして、私は狂喜し、二人で百年の友のようにしっかり手を握り合ったことがあった。


(「おうい玉子やあい」)

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いや、新幹線を途中下車して親子丼はマトモな社会人がやってはいけないことでしょうね(笑)

でも、美味そうだ。

同じ店を愛するモノ同士の握手。

その気持ちはよく分かる。


あと、読んでて一番行きたくなる店はここ↓。


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現在まだ営業しているかどうか知らないが、椎名町にある”東亭”という中華風ゴハン屋さんがあって、とっても安いし、値段のわりにうまい物を喰わせるので、二十年ほど前は落合に住む友人を訪ねると家族同伴でタクシーに乗ってよく喰いに出かけた。


(中略)


日中は店を閉めている。

しかし夕方になると、ひたすら酒を呑みたくなってしまうので、店を開けてノレンを出したがらない。

暗くなって、カミさんと言い争ったりしながら、本当にかくれるように、ちょこっと出す。

ほんの三十分くらい、やってるかどうか。

客がとぎれると、すぐ閉めて、酒になる。

客がとぎれないと、調理場で、咳払いしたり、カミさんを叱ったり、いらいらしている気配がよくわかる。


私たちは遠くからわざわざ出向くのであるが、よほど間がよくないと、準備中、か、本日休業のフダがかかっている。


カミさんの話によると、店の前に人通りがあるときはノレンを出しに行かないので、ノレンを持ったまま、店土間でじっと、人通りのスキを狙っていて、投手のモーションを盗むランナーのような表情でおずおずと出しに行くそうである。


一度、親爺がそうやってノレンを出しに来たとたんに、我々が四つ角を曲がって姿を現した。

親爺はあわててノレンを持ったままひっこもうとする。


我々が追いすがって親爺を押すように店の中へ入りこんだ。

なにしろ我々は皿数を多く頼んで長居をするのである。


そんなにまでしても、営業であるからには、まるっきり店を開けないというわけにはいかない。

そこが面白い。

私たちはその店の喰い物と一緒に、親爺の二律背反的都合をも愛して、”東亭”によく行った。


(「ソバはウドン粉に限る」)

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・・・ああ、この話、大好きだ。

行きたかったなぁ、東亭!

■YOUはShock(食)!!
『壇流クッキング』 壇一雄 (1975)
『土を喰う日々』 水上勉  (1978)
『よい匂いのする一夜』 池波正太郎 (1981) 
『喰いたい放題』 色川武大 (1984) 
『酒食生活』 山口瞳 (2002)
『そうざい料理帖 巻二』 池波正太郎 (2004) 
『食の王様』 開高健 (2006) 
『やさしさグルグル』 行正り香(2008) 
『ちびちびごくごくお酒のはなし』 伊藤まさこ(2009) 
『ごはんのことばかり100話とちょっと』 よしもとばなな (2009)
『小津安二郎 美食三昧 関東編』 貴田庄 (2011)
『サンドウィッチは銀座で』 平松洋子 (2011) 
『ひと皿の小説案内』ディナ・フリード (2015) 

 

 

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